第44話 オーク達の知恵を舐めてはいけない

 攻略困難な鉄壁を誇る左ルート、森林部屋。

 しかしその実態はおそらく、レッドオーク達が籠城に見せかけた罠だろう。

 俺達を退かせるのではなく、倒すために敷いた策略なんだ。


「どういう事や彼方?」

「まさかテメェ、この期に及んで時間稼ぎするとかじゃねぇだろうな?」

「そんなんじゃないですよ。もし俺達が退けば、その時点で俺達の敗北となるかもしれないって事です」

「「んなっ!?」」

「奴らは俺達が退くのを待っているんだ。そうなるように状況を差し向けてね」


 たしかに籠城戦にシフトする理由もわかる。

 味方の総数も減ってダンジョンにも閉じ込められ、人に追い込まれているから。


 だが本当にそうだろうか?


「考えてもみてください。なぜ奴らはわざわざダンジョンコアのある中心部屋から分かれてこっちに立てこもってるんですかね?」

「そ、そりゃ仲違いとかそんなんじゃ……」

「生死が懸かっているのに? 人数が減ったなら結託して中心部に集まり、そこでこの人質作戦を使えばもっと確実に生き残れると思うんですよ。なのにわざわざ分散している。それは非効率です」

「そ、それは……」


 司条遥や四位チームが戻ってこない時点で他ルートにも魔物がいるのは明白。

 という事はつまり、奴らはあえて分かれて俺達を迎え撃っているという事だ。


 それは単に、奴らに勝算があるからこそ。


「おそらく、奴らは俺達が退いた途端に前へ出てきますよ。別ルートへと進む俺達の背後から挟撃するためにね。今は籠城していると思い込ませてるだけなんです」

「なんやとぉ……!?」

「それだけ人間に対して理解が深いんですよ、奴らは。俺達が人質を簡単に攻撃できない事も知っている。だからこうすれば撤退する、ってね」

「な、なら、退いたと思わせて迎え撃つか?」

「いや、相手にはきっと索敵魔法を使える個体がいる。知性があるという事は、俺達と同じ能力を持っていてもおかしくないんです。だから小細工はすぐにバレると思っていい」

「だがそれでも――」

「あと人質を盾にされた状態で、しかもあの巨体をこの狭い通路で迎え撃てますか?」

「そ、それは……」

「無理だ。物理で押されたらそれこそ人間側が不利です。減ったとはいえ、奴らの方が多いし大き過ぎる。肉で潰されて一巻の終わりですよ」


 人間側の強みは素早い動きで縦横無尽に戦える事。

 鈍重な魔物相手であれば特に、足元や頭上を飛び回って翻弄できるんだ。


 でも狭い通路上ではその長所が死ぬ。

 すると今度は物量と体積のある魔物側が有利となってしまう。


 そんなのに強引に押し込まれでもしたらどうだ。

 どんなに強くても仲間ともども押し返され、態勢を崩された上でまとめて圧殺されかねない。

 俺は良くても、他のメンバー達が到底耐えきれないだろう。


「だ、だがそれは相手の人数が多ければの話だろうが! 数が少なきゃ俺達なら押し返せる!」

「本当に少ないと思いますか?」

「――えっ?」

「もし奴ら側にも俺達と同じ、他部屋に通じる通路があるとしたら?」

「そ、そんなバカな!? 動画にはそんなの映ってなかったぞ!」

「当然ですよ。ダンジョンがいつ俺達の味方になったと思っていたんです?」

「「「はっ!?」」」


 やっぱりみんなも勘違いしていたのか。

 ダンジョンっていう特異な存在が中立であるのだと。


 そんな訳がなかったんだ。

 俺達にとってしてみればダンジョン自体が侵略者みたいなもんなんだから。

 中の映像を見せてもらえるから中立なように錯覚させられるが、実は違う。


「ダンジョンが俺達に有利な情報を与えてくれる訳がない。全部見せているようで、実は巧妙に隠されているんですよ。実際、左右ルートともども部屋の奥は障害物だらけで見えない。中央も説得シーンばかりが映っていたから奥の一角だけが不明瞭なんです」


 周囲すべてが敵。

 その状況下で俺達は安全を確保して進まなきゃいけない。

 ゲームでなら再挑戦コンティニューができたりすると言うが、これは残念ながら現実の事なんだ。やり直しはきかない。


「じゃあワシらが退けば、奴らは別の部屋からも人数集めて突っ込んでくるっつう事かいな!?」

「その可能性が大いにあり得ます」

「そしてのこのこやってきた俺らをまとめて挟撃して潰すってか!? クソッ!」

「しかもここで待っていても状況はどんどん悪くなるはず」

「「「えっ!?」」」

「ここは所詮、囮に過ぎないんです。そして、中央部屋もね」

「な、なんやと!?」

「中央ルートにコアがある――先日のチームが持ち帰ったその情報さえ奴らはエサにしているんだ。それで侵入者全員が来れば儲けもの、分散しても自然と人が集まってくるってね」


 そして現実のレッドオークは俺達が思う以上にずっと賢い。

 策略、戦術……自分達の能力を最大限に活かしているんだ。


 出現したばかりなら体勢も整っていないから対処も楽だろう。

 しかし敵がいる事を報せ、一日余計に置いてしまったからこそ、奴らは迎え撃つ算段を完全に構築してしまった。


「ダンジョンコアを守るボスは奴らの要だ。やられればおしまいというのは理解しているはず。だからこそ絶対的な信頼を寄せられて中心に居座っているんでしょう。あえて自らをも囮にして」

「たしかに、まだダンジョンコアは破壊されていないわ」

「司条遥がてこずっているんだ。となると囮には充分と言える。ならつまりだ、奴らにとっての本命は――」

「まさか……右ルートかあああ!!!??」


 そう。

 奴らの本命は、もっとも布陣が薄いと思われていた右ルート部屋。


 だから今頃、東北チームと四位チームが苦戦を強いられているはず。

 想像を絶する大軍団を前に、退路を守るので必死になって。


「じゃあ俺らはまんまと誘い込まれたって事かよ……!?」

「ああ。トップスみたいな強い奴が来る事を見越している。その上で叩き潰そうとしているんだ。その殺意の高さはさっきの精密射撃でよく読み取れたよ」

「となると入口のアレもワシらの冷静さを削ぐための策かいな。なんつう小賢しさや」


 この状況下においてもっとも正しい対応は司条遥のチームが退く事。

 けどそれはまず間違いなく絶対にありえない。


 それにこの全員で突撃させればそれこそ被害は無駄に増えるだけだ。


「ならどうしろってんだ。このまま黙って見てろってって事かよ……!」

「いや、こっちにもやれる事はあります」

「何……?」

「引くのがダメなら、押し潰す。それ以外の手段は有り得ない」

「なっ!? テメェあの防衛網を突破できんのか!? そのために一体どれだけの被害が出ると――」

「できますよ。それも俺だけで」

「「「なにぃぃぃ!!!??」」」


 ならもう俺が突破口を拓くしかない。

 その上でこの状況を利用し、逆に奴らへの反撃の狼煙にしてやろう。


 そのためにもまず、この大部屋を速攻で片付けないとな!

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