第二部 第七章 ケファレ山のガラスの峰
第二十七話 おかえり
マリクと
「今だ! 封印を!」
鏡花の魔女ジャナンは、マリクの合図に合わせ、杖を高々と掲げて封印の呪文を唱えます。
するとフェナリクの下に魔法陣が現れました。
フェナリクはその魔法陣に吸い込まれて、どんどん小さくなり、そしてとうとう消えてなくなったのです。
こうしてマリクと魔女のジャナンは、悪しき霧から
だけど、二人の旅はまだ終わりではありません。
封印を守っていかなければ、フェナリクはいつだって復活してしまうからです。
だから二人は、この大陸に王国を作ることにしました。
みんなが争わなくなれば、いつまでも封印を守れると思ったから。
二人は今の王都の辺りに大きな村を作ることから始め、徐々に賛同者を増やしていきます。
そして何年か
木霊の国はこうしてできたのでした。
〔英雄王マリクの冒険・最終章より〕
「お母様、私たち、もうそろそろ出発しなくてはいけないの」
キズミット・ソルマがアトパズルの町に戻ってきてから一週間が経った。
セダとジェサーレと犬のジャナンは、その間、屋敷でずっとキズミットの看病をしていたのだが、ケレムから頼まれた杭の確認を放置するわけにもいかない。
幸いにして、キズミットの体調はどんどん良くなり、今は少しの時間なら、通常通りの会話をすることもできるようになっていた。
「そう、私のかわいいセダがいなくなってしまうのは、お母さん、とてもとても寂しいのだけれど、使命があるのなら仕方がないわ。必ず使命を果たして元気に戻ってらっしゃい」
「はい」
「ところで次はどこに行くの?」
「ケファレ山のガラスの峰というところに行くの」
「まあ、ケファレ山に登るだなんて、それは大変ね。あ、でもアジュの森の方から登るのはやめてね」
「アジュ族よね」
「そうなの。あの人たちと町に住む私たちは仲が悪いから、襲われるかも知れない。だから、アイナの方から登るといいわよ」
「アイナからも登れるの?」
「ええ、登山道があるって、若い頃に旅のお爺さん聞いたことがあるわ」
「教えてくれてありがとう。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
* * *
「セダがそのエプロンをしてるの、久しぶりに見た気がする」
「もう隠れる必要はないから」
アトパズルを出発したセダは、前と同じように、
背中まで伸びていた髪も短く整え、それはもうすっかりジェサーレが見慣れたセダだった。
ジェサーレとジャナンもアトパズルで髪を切り、いつもより小ざっぱりとしている。しかし、元々髪が伸びてもあまり差がなかっただけあって、セダほど見た目に変化はなく、ジャナンに至っては、自慢のモフモフを切られてどこか不服そうにも見えた。
他愛もない話をして、ときにはジャナンとじゃれ合って、乗合馬車は進む。
途中、ユズクで乗り換えると、そこから一日と経たずにアイナの町と、その向こうの海が見えてきた。
セダは以前と同じようにどこかソワソワしているが、はしゃいだりしないあたり、少し大人になったのだろう。
馬車はじきに、アイナの門の外にある停留所で停まった。
「ジェサーレにセダの嬢ちゃん、それに……ワンコ! こっちだ!」
荷台から降りた二人と一匹に、少し前までたくさん聞いていた声がかかる。
二人が揃って振り向くと、声の主はデミルだった。
デミルは二人と一匹に向けて、こっちへ来いと、ぶんぶん手を振る。
ジェサーレとセダは途端に明るい表情になり、デミルに駆け寄った。
ジャナンは名前を覚えてもらっていなかったためなのか、そっぽを向きながら駆け寄るという器用な動きをしていた。
「デミルおじ……お兄さん、お久しぶりです。どうしてここにいるんですか?」
ジェサーレが若干言い間違えたが、久しぶりに二人に会ったデミルがそんなことを気にすることもない。
「おう! ソルマ家から書状が届いてな、二人がこっちへ来るからよろしくって書いてあったんだよ。それからというもの、タルカン様の命令で、毎日ここで、お前たちを待ちぼうけというわけだ」
「いつ到着するのかも分からないのに、ありがとうございます」
セダが深々とお辞儀をしてお礼を言うと、デミルは慌ててそれを訂正する。
「なに、手紙が来てからまだ二日しか経っておりませんから、大したことではありませんよ。それよりも、ソルマ家の跡取りがこんなところで頭を下げたら、俺がタルカン様に怒られちまうんで、頭を上げて下さいよ」
「デミルさんもセダがお姫様だって知ってたの?」
「そりゃあ、まあなあ。あんなに上等な絹の服を着ていて、しかも刺繍の模様がアトパズル周辺のものとなれば、タルカン様と一緒にいる時間が長い俺みたいな人間には分かってしまうもんだ」
「ずるいや。僕にも教えてくれたら良かったのに」
「知ってたら、何か変わったのか?」
「……ううん、何にも」
「ほら見ろ。そういうことなら、お前が余計な口を滑らせないようにした方がいいってもんだ」
ここで、セダが咳払いを一つ。
「コホン。デミルさん、ここで待っていたということは、私たちに何か用事があるんじゃないですか?」
「おっと、そうだ。いけねえ、いけねえ。ジェサーレときゅーかつとやらをジョしていたら、時間がどんどん経っちまった。えーと、ジェサーレ……くんと、セダ・ソルマ様。屋敷でタルカン様がお待ちです。このデミルめが、
そのデミルの様子がどうにもおかしくて、ジェサーレもセダもつい笑ってしまい、デミルもつられて大笑いしてしまった。
けれど、門をくぐって町の中を歩き始めると、その空気はどうしたって一変してしまう。
「見ろよ、マゴスだ」
「帰ってこなくていいのに」
「出ていけよ、マゴス」
ジェサーレの耳には、悪意に満ちた言葉がどんどん飛び込んできた。
それは正面に立って直接言われるようなものではなく、道のわきから三人と一匹を眺める住民が、隠れてコソコソと言っているものだったのだが、それだけに、余計、ジェサーレの心を沈ませてしまう。
だけど、今はデミルとセダがいる。
「おう、お前ら。この二人と一匹はタルカン様の客人だぞ? 文句があるならかかってこい!」
そのようにデミルがすごんでみせ、セダは陰口を叩いた者のことごとくを、その宝石のように綺麗な
セダの睨みは、効果が無かっただろうが、デミルのお陰で、タルカンの屋敷までジェサーレは安全に行くことができた。
「ジェサーレ君、セダのお嬢ちゃん、それと犬のジャナン、よくぞ無事に戻ってきてくれた」
アイナのカラフルな家をそのまま大きくしたような屋敷に着くと、白髪に白ひげのタルカンがニッコリと微笑んで出迎えてくれた。
「さあ、中へ入ろう。ご馳走をたくさん用意しているぞ」
「あの、タルカンさん。僕たちはまだ旅が終わったわけじゃ……」
「もちろん、君たちがこれからケファレ山に登ることは知っておるとも。だが、今日の食事会はどうしても君たちを
「そうだぞ、坊主。目の前に美味しい食べ物が並んでいたら、お腹いっぱい食べた方がいいぞ」
「分かりました。やっぱり、そうですよね」
「えー、本日はお招きいただきまして、ありがとうございます。このセダ・ソルマ、料理の数々を楽しみに――」
「セダのお嬢ちゃん。今夜はそう言うのはなしにしようじゃないか。儂もさっきからセダ様とか呼んでおらんだろ?」
「あ、はい。ではタルカンさん、料理は遠慮なく平らげますね」
「うむ。そうしてくれ。では、二人とも、準備はいいかな?」
「僕のお腹の準備はばっちりです」
「ははは。坊主、そいつはいいな」
キィと音を立てて、両開きのドアが開く。
その向こうには、大きなテーブルとたくさんの魚料理。そして――
「せーの、ジェサーレ、おかえり!」
ジェサーレの両親と、姉のメルテムが待ち構えていた。
その光景はジェサーレには眩しすぎて、ずっと我慢していた涙がすぐに溢れた。
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