第八話 大灯台と灯火の魔女

「わふん!」


 気付けば二人と一匹は、大灯台の中にいた。

 大灯台は中もやはり真っ白で、外から見るよりも、少し広く見えた。

 中央の太い柱には、ぐるぐると大きな螺旋らせん階段が巻きついていて、どこまでも上に続いているように見える。

 そしてジェサーレの目には、淡く光る不思議な丸い紋様がはっきりと映っているのだった。

 それはどこかで見たことがあるような、けれど見たことがないような気もする紋様だった。


「すいませーん!」

「ごめんくださーい!」

「わふ!」


 二人と一匹は大きな声で、どこにいるかも分からない大灯台のあるじに声を掛けるが、それに返事はなかった。


「セダ、ここは間違いなく杭だね」

「ふうん、やっぱりそうなんだ。……ところで、ねえ、やっぱりのぼるしかないよね?」

「うん、のぼってみようよ!」


 好奇心に満ちた顔をしているジェサーレに比べて、セダは無限に続くような螺旋階段を登るのが嫌なのか、早くも疲れた表情をしている。

 それでも、使命感からか、好奇心が勝ったのか、はたまたジェサーレだけ一人で行かせるわけにはいかないと思ったのか。どの気持であるのかは定かではないが、ともかく二人と一匹は大きな大灯台の大きな螺旋階段を、一歩一歩のぼり始める。


 螺旋階段もやはり真っ白で、幅はジェサーレとセダが並んでもまだ余裕があった。

 セダが掴む手すりは、彼女のお腹よりも少し上くらいの高さで、転落の心配はなさそうだ。

 二人と一匹は、お喋りもせずに黙々とのぼっていくが、たまに窓から外を眺めては、夕陽でキラキラと輝く銀の海を綺麗だと言う。

 そして一定間隔で現れる、床が広くてベンチまである平らな場所で休憩しては、「疲れた! もうのぼりたくない!」などと言っては笑いあっていた。


 そうしながら一時間ほどのぼり続けた頃だろうか。


「うわあ! 広い!」

「え!? なになに!?」


 二人と一匹の先頭を歩いていたジェサーレが、突然立ち止まって声をあげたものだから、セダは彼のポヨンとした背中に当たってしまったが、それでも好奇心が勝ったらしい。

 急に元気になった足でジェサーレの隣に立つと、延々と続いた螺旋のその頂上は、これまでよりもずっとずっと広かった。

 天井はドームのように丸くて、ジェサーレたちの五倍ほども高いところには、大きな炎が煌々こうこうと輝いている。

 周囲には壁がなく、なぜか夜空の星がよく見えていた。

 二人と一匹はしばらく口を開けて圧倒されていたが、そのうち、机やイス、それと大きな本棚があることに気が付き、更には、そのイスに誰かが腰掛けていることにも気が付いた。

 その人物が身につけているのは先が垂れた大きな帽子に、夜空のような色のローブとマント。本に出てくる魔女そのものの格好だ。


「いらっしゃい。こっちへおいでよ」


 大きくはないけれど、不思議とはっきり聞こえる声で魔女が言う。

 ジェサーレとセダは顔を合わせて無言で頷いた後、いつもの歩き方ですたすたと魔女に近づいた。


「やあ、こんばんは。待ちかねたよ。さあ、遠慮せずにかけたまえ」


 角が丸い机には、魔女が座っているものも含めてイスが四脚。その机の一辺の長さは、ジェサーレの腕の長さなら一本半ほどだろうか。

 セダが一番に魔女の向かい側に座り、ジェサーレとジャナンはそれぞれ斜め前の席に腰掛けた。


「こんなところによく来たね。大方、ケレムのお使いだろうけど、まあ、なんにせよ久方ひさかたぶりの来客だ。ゆっくりお茶でも飲んでくつろいでいってくれたまえ」

「あ、あの!」

「うん? どうしたんだい、少年?」

「僕の名前はジェサーレです!」

「私の名前はセダです!」

「わふん!」

「おお、そういえば自己紹介がまだだったね。私としたことがすっかり失念しつねんしてしまっていたよ。私の名前はイシクだ。恐らく、灯火ともしびの魔女という名前の方が有名だろうけどね」

「灯火の魔女! 本当にいたんだ!」

「魔女ですって!?」


 灯火の魔女と聞いて、ジェサーレもセダも大いに鼻息を荒くした。

 ジェサーレにしてみれば、英雄王マリクの冒険に出てくる正体不明の登場人物であるし、セダにしてみればあこがれの魔女であるから、無理もない。


「お茶もまだだったね」


 イシクが指をとがらせて右手を少し上げると、彼女の前に二段式のティーポットが一つ、真っ白なティーカップとお皿が二セット、現れた。

 その上の段のティーポットをイシクがひょいとつまんで、ティーカップに色鮮やかな紅茶を注ぎ、お皿の上に乗せる。

 その様子を見てジェサーレとセダは、今度はどんな魔法を使うのだろうかとわくわくしたが、イシクは魔法を使うこともなく、こぼさないように一つずつ手に持って、二人の前に順番に置いただけだった。


「わー、綺麗な紅茶ですね。僕、こんなにいい紅茶は見たことないや」


 ジェサーレはそれでも上機嫌に紅茶の匂いを楽しんでいたが、セダはイシクの容姿に改めて驚いていた。魔女と聞いて、しわくちゃのお婆さんや、年配の女性の容姿を勝手に想像していたのだが、間近で見た彼女はとても若かったからだ。


「ほれ、ジャナン。お主には水をやろう」

「わふ」


 そう言って水が入った少し深いお皿を差し出すイシクは、どう見てもセダやジェサーレと同じ年齢にしか見えない。


「あ、あのイシク様はおいくつなんですか?」

「うん? そうか。この見た目のことだな」

「そうです、その通りです」


 イシクが紅茶を少し飲み、二人と一匹がそれに続いて一息ついた後、彼女は何事も無く返事をする。


「これはね、魔女だから、としか答えようがないな。年齢もあってないようなものだ。だから忘れてしまったよ」

「魔女だから……私もマギサになったらそうなるんでしょうか?」

「ああ、君はマギサと魔女を混同しているんだね。安心したまえ。魔女とマギサは違うものだ。君がマギサになっても、私のようにはならないから」

「そ、そうなんですか」


 セダは少し安心したような、がっかりともしたような苦笑にがわらいの表情を浮かべるが、ジェサーレには見えていないようだ。


「イシク様、ここは杭なんですか?」

「うむ。その通りだよ、ジェサーレの坊ちゃん。正確に言えば、我々の頭の上にある、あの大きな火の玉が杭の本体で、この大灯台はそれを維持して守るための装置だね」

「やっぱりそうだったんですか」

「うむ。ケレムにお願いされただけあって、坊ちゃんにはしっかり見えているようだね。そうそう、説明するまでもないかも知れんが、杭にはなんの問題もないぞ。私がしっかり管理しておるからな」

「分かりました。ところで、英雄王マリクは本当にここに来たの?」

「ああ、本当に来たとも。そのときのことを話してやろうか?」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 そうして三人と一匹は夜遅くまで昔話を楽しみ、ジェサーレとセダとジャナンは、そのまま大灯台の最上階に泊めてもらうことになった。

 大灯台の大きな火の玉はとても明るかったが、ジェサーレもセダも、幸せな顔ですぐに眠ることができたのだった。



   *  *  *



「やあ、いらっしゃい。こんな辺鄙へんぴなところまでよく来たね。まあ、座ってお茶でも飲みたまえよ。ところでジャナン、君がここに誰かを連れてくるなんて実に珍しいね。しかもそんな軟弱そうな男とは。外で何か事件でも起こったのかい?」

〔英雄王マリクの冒険・第五章より〕

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