第七話 爆弾
翌朝、うっすらと霧が残る中で、ジェサーレとセダ、そして元気に尻尾を振る犬のジャナンは、大灯台を訪れていた。
真っ白な
だが、ジェサーレの足でも普通に歩けば五分で一周できるところを、十五分ほどかけて念入りに観察してみたところで、やはり入り口も無ければ窓も見当たらず、
「入り口、見つからないね」
「そうね。でもここで、うんうんと腕組みをして悩んでいたってしょうがないわ。もしかしたら他の場所に入口があるかも知れないから、町の中も探してみましょうよ」
「うん、そうだね」
そうして二人と一匹は、まずは大灯台から少し離れたところにある、
お店の前のやや斜めに
その奥には、店番のおじさんが
これは何か話を聞けるかも知れないと、期待しながらジェサーレが質問するも、その返事は「分からん。すまんね」と期待外れに終わってしまう。
「大灯台に人が出入りしていたのを見たことはありますか?」
「うーん、俺も毎日のようにここにいるけど、見たことはないねえ。夜になると上が明るくなるんだから、
「そうなんですか。ありがとうございました」
それから二人と一匹は大灯台を離れ、入り口を探して町の中をうろうろと歩き回るも見つからない。
何かヒントになるようなことでも聞ければと思い、目に付いた人に出来る限り声を掛けてみるも、やはり答えは土産物屋のおじさんと同じだった。
お腹も減り、諦め顔で宿屋に戻ろうとしたとき、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
「きゃー」
「うわあ」
数人分のその声は、どうやら大灯台から聞こえてくると見当をつけた二人と一匹は、大灯台目指して一目散に走る。
踏みならされたかたい土の道から外れて近道すると、背の高い雑草を抜けた先に人だかりが見えてきた。
人々の隙間を見つけて人だかりをすり抜け、騒ぎの中心を探し当てると、そこには大灯台の前に陣取る兵士たちの集団がいたのだ。
お揃いの鉄兜に、お揃いの青紫色の服を着て、大灯台の壁にツルハシを振ったり、大きなノミをあててトンカチで叩いたりしている。
「あれは、バルクチュ家の兵士たちね」
「凄いね。どうして分かるの?」
「お揃いの青紫色の服を着ている兵士は、バルクチュ家の兵士と決まっているのよ。そもそもここはバルクチュ家の領地だしね。ちなみにソルマ家の兵士は若草色の服を着ているわ」
「へえ、そうなんだ。セダは物知りだね」
「そ、そうでもないわよ」
照れて頬を染めるセダをよそに、バルクチュ家の兵士たちはキンキン、コンコン、ガンガンと、一生懸命に大きな音を立てて壁を壊そうとしている。
だけど、真っ白な壁には穴どころか、傷も汚れもついていないようだった。
鉄兜に羽根飾りを付けた男の指示で、兵士たちが白い壁から離れたと思ったら、今度は真ん丸から細い線が出ている物体を、大灯台の壁の周りに置き始めたのだ。
「爆弾だ!」
誰かの大きな声が聞こえてきて、人だかりはあっという間に大灯台から離れた。
ジェサーレとセダとジャナンも、これは危ないと思って人だかりと一緒に離れ、土産物屋の裏に隠れた。二人と一匹が耳をふさいでドキドキしながら待っていると、すぐにドカンととても大きな音と揺れがやってくる。
ジェサーレもセダも体を震わせてびっくりしたが、ジャナンはあまり驚いていないような様子である。
それから少し待ってみたが、それ以上の物音は聞こえてこない。二人と一匹で建物の影からそうっと顔を出して大灯台を見てみると、大きな穴は開いておらず、それ以上の爆弾は仕掛けられてないようだった。
それどころか、大灯台には汚れの一つも付いていないように見える。
バルクチュ家の兵士はといえば、ヒゲが生えた一番偉そうな男が顔を真っ赤に悔しそうな顔をしていて、他の兵士に後片付けを指示しているようだった。
「いいか、本日ここで起こったことは
他言無用と言われてもなあと土産物屋のおじさんが言えば、周りの住民もうんうんと頷くばかり。これはしばらく、住民たちの井戸端会議や酒の
ジェサーレも周りの住民たちに合わせて、うんうんと頷いて笑っていたが、セダの表情は冴えない。
「浮かない顔をしてるけど、どうかしたの?」
「どうしたもなにも、あなた、ちゃんと考えてる?」
「な、なにを?」
セダの心配もジェサーレには伝わらなかったようだ。
彼女は盛大に溜め息をつき、右手の人差し指で、彼の柔らかいお腹をつつきながら言うのだ。
「大灯台の入り方に決まってるでしょ。ツルハシや爆弾を使っても穴が開かないというのに、杭が見えるあんたときたらまったく
「あ、あ、うん。僕、一生懸命考えるから、そんなに怒らないでよ」
「わふん」
「ほら、ジャナンも怒らないでって言ってるよ」
「怒ってません!」
「あ……あ、そうだ、そうだ。マリクはね、物語の中で夕方にあの中に入ったんだ。だから、今みたいな夕方なら、何か分かるかも知れないよ」
「具体的なことは書いてないの?」
「うん、書いてなかった。ま、まあ、ともかく大灯台の近くまで行って見てみようよ。何かわかるかも知れないよ」
そうして二人と一匹は再び大灯台に近寄ることにした。
あちこち荷物や箱などを兵士によって勝手に動かされていて、住民たちはその後片付けや噂話に忙しく、二人と一匹を気にする者もいない。
真っ白い大灯台は夕陽で少しオレンジ色になっていたが、だからといって、急に入り口が現れたりはしておらず、ジェサーレとセダとジャナンは首を傾げる。
穴が空くほど大灯台の壁を見つめるが、そうしたところで、残念ながら穴はできたりはしなかった。
ただ、長くなった二人と一匹の
「うーん、マリクは夕方に中に入れたから、今なら入れると思ったんだけどなあ」
ジェサーレはぶつぶつといいながら、壁に近づいて手をついて寄りかかろうとした。
するとどうだろう。
彼の腕は壁をすり抜け、支えを失ったふくよかな体は、そのまま大灯台の中に消えていくではないか。
「ジェサーレ! 大丈夫!?」
セダがおろおろしながら慌てて駆け寄り、同じように中に入ろうとする。
しかし押しても引いても、或いは思い切り蹴り飛ばしても、セダの体は壁に
「あいたたた……僕は大丈夫だよ、セダ。君も早くこっちに来なよ」
悪戦苦闘するセダの耳に聞こえてきたのは、無事を知らせるなんとも呑気な声である。
ほっと息を吐き出すが、こちらがこんなに心配したのにと、セダの心中は穏やかではない。
「入ろうとしても入れないから困ってるのよ! 呑気なことを言ってないで、どうすれば中に入れるのか教えなさい!」
セダにそのように言われると、ジェサーレも慌てて声を張り上げた。
「えっとね! 壁に手をついたらね! 確か自分の影がある場所だったよ!」
「よく聞こえるからそんなに大きな声を出さなくても大丈夫よ!」
「ご、ごめんね」
「えーっと、影があるところに手をつける、ね」
セダはそう言いながら、壁に映る自分の影に手を伸ばしたが、そこにはしっかりと壁の感触があり、ジェサーレのようにすり抜けるようなことはなかった。
「あれ? ちょっとジェサーレ、やっぱりできないわよ」
「ええ? おかしいなあ」
そう言ってジェサーレが大灯台の中から顔を覗かせれと、セダは「きゃ」と小さく悲鳴を漏らす。
ジェサーレ本人からどう見えているかは分からないが、セダの目には、白い壁からジェサーレの
「ほら、こんな風にすり抜けるよ」
体を全部外に出したジェサーレが、もう一度、影に手を付けると、それはやはり面白いように壁を突き抜けていく。
「む、むぅ」
セダも再度試みるが、そちらはやはり成功せず、彼女は頬を膨らませて
ジャナンは何が面白いのか、尻尾を盛んに降って、嬉しそうにそれを眺めている。
「もしかしたら、手をつないだら通れるようになるかも知れないね」
そうしてジェサーレは、ムチムチとした手で、セダの
「ちょ、ちょっと待ってね。心の準備と、ぶつかったときのために手をグーにするから」
セダは深呼吸を何回かして、「よし、いいわよ」と声をかけた。
ジェサーレは「うん」と頷き、二人で歩調を合わせて大灯台の壁に向っていく。
先頭はジェサーレで、セダは二番目だ。
ジェサーレの体が大灯台の中に消え、外に出ているのはセダの左手を握る右腕のみ。
うまくすり抜けられなかった場合に備えて、ゆっくりと引っ張る。
今回もダメなのではないだろうかと、セダは思っていたが、
「通った!」
自身の左手が壁の向こうに消えて、思わず声を出して喜んだ。
そうして、セダの体は引っ張られるままに壁の中に消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます