第三話 セミフ

「ほら、ジェサーレ。お金だっていつなくなるか分からないんだから、さっさと探しに行くわよ」

「ふぁ、ふぁい」

「あんたねえ、そんなにめそめそしていたら、目の前が見えなくなって、杭を見つけることなんて出来ないわよ。そうよね、ジャナン?」

「わふん」

「ほら、行くわよ」


 セダは努めて明るくそう言うと、ジェサーレよりもずっと華奢きゃしゃな体で、ジェサーレのぽっちゃりとした背中を押し始める。

 ジャナンも犬なりに思うところがあるのか、セダと一緒になってジェサーレの脚を頭で押した。


「うん、セダちゃん、分かったよ」

「前にも言ったけど、ちゃん付けはやめて。子供みたいで嫌なの」

「でも、僕らはまだ十四歳だよ?」

「この国では十五歳で成人なのよ? だから、いつまでも呑気なことを言ってちゃだめなのよ。……それにしても、あなた重いわね」

「わ、わぁ、ごめんなさい」


 ジェサーレは今の状況を思い出して恥ずかしくなり、ようやく歩き始めた。けれども、思う。


「ねえ、セダ。杭ってどこにあるのかなあ?」

「私に分かるわけないじゃない。あなたにしか見えないんだから」

「そっか」

「でも、ケレム様はクルムズパスの赤竜せきりゅうの舌って言ってたわね」

「赤い竜の舌ということは、この町のどこかにドラゴンがいるのかな?」

「まさか。ドラゴンって山のように大きくて、口から火を噴くんでしょ。そんな生き物がいたら、王都やあなたがいたアイナでも知らない人はいないはずよ」

「そっかあ。じゃあ、歩き回って探すしかないかな」

「私もそれがいいと思う。英雄王マリクの冒険に書かれているんだから、誰か知っていると思うしね」

「わふん」


 そうして二人と一匹は、赤竜の舌を求めて、あてもなくクルムズパスの町を歩き回った。

 しかし――


「赤竜の舌? 知らないねぇ」

「あんなものはお伽噺とぎばなしだけに存在するものだぜ。坊やたち、知らないのかい?」

「さあ。見たことも聞いたこともないなあ」


 いくら歩いてもジェサーレの目には杭の丸い紋様――魔法陣は見えず、セダの目にもいわくつきのものは映らなかった。たまに物知りそうな人に声を掛けて聞いてみても、知らない、そんなものは存在しない、との言葉が返ってくるのみである。

 そればかりか、タルカンから聞いていたクルムズパスは、金槌が鉄を叩く音がいくつも鳴り響き、たくさんの人が行き交う活気のある町だという話だったのに、その金槌の音も、行き交う人も少なく、どこか寂しい雰囲気が感じられていた。


「あとは、町の真ん中にある、あの大きな煙突の建物だけだね」

「わふん」

「そうね。赤竜の舌とは関係なさそうだけど、行ってみるしかないわね」

「わふん」


 空もうっすらと赤くなり始め、一日中歩き回って疲れ切った二人の声に、同じく疲れているはずのジャナンはとても嬉しそうに返事をして、少し早足になる。


「わわ、待ってよジャナン」


 ジェサーレも頬っぺたをぷるぷると揺らしながらジャナンを追いかけるが、そのジャナンはニョキニョキと煙突が出ているレンガの建物の前で、屈強くっきょうな男にはばまれていた。


「なんだ? この犬は坊主のか?」

「あ、はい。そうです。……それで、あの、僕たち赤竜の舌を探していて、それで、この中を見学してもいいですか?」

「そいつはダメだ」

「……どうしてですか?」


 疲れてへとへとなところに、断られたことで、ジェサーレの目には、またしてもうっすらと涙が浮かび始めた。だが、それでも調べなければならないという思いから、屈強な男に上目遣いで潤んだ瞳を向けると、その男は大袈裟に溜め息をついてから理由を説明するのだ。


「いいか、坊主。この建物の中では、材料をとても熱い炎でドロドロに溶かして、鉄を作っているんだ。だから、坊主みたいな素人しろうとにはとても危険な場所なんだよ。……中は危険だけど、外は好きに見てっていいぞ」

「ありがとう。おじさんはいい人だね」

「本当、恐い人かと思っていたけど、おじさんはいい人よね。ありがとう」

「わふん」


 屈強な男は二人のお礼の言葉に少し顔をゆがめていたが、それでも煙突の建物の周りをうろうろとし始めたジェサーレとセダに、「気を付けろよ」と声を掛け、町の方へ去っていった。

 そうして、二人と一匹は杭を探しながら煙突の建物の周りを二周くらいしたが、結局、太陽が沈む直前になっても、見つけることはできなかった。


「見つからなかったね」

「見つからなかったわね。もう帰りましょう」

「そうだね」

「わふん」


 そうやって帰ろうとしたとき、セダは煙突の建物から一人、青年が出てきたことに気が付いた。

 薄暗くてよく見えないが、明らかに肩を落として、とぼとぼと歩いている。

 何か失敗でもしたのだろうかと思いながら少し観察していると、いつの間にかその青年の近くにジェサーレがいた。

 ジェサーレは帰ることに頷いていたのに、それでもまだ何かを探しているようで、青年に気付いていないようだ。青年もまた下を向いて歩くばかりで、ジェサーレのことに気付いていないようだった。


「危な――」


 セダがそう言いかけたときにはもう遅く、青年がジェサーレに横から当たってしまったのだ。

 ジェサーレはポヨンポヨンと音がしそうに地面を転げたが、青年はというと、驚いたように目と口を開けて微動だにしていない。

 線は細く見えるのだが、やはり彼の体も鍛冶仕事で鍛えられているのだろう。

 その青年はよほど考え事に没頭していたのか、ジェサーレが立ち上がってから、ようやく人間にぶつかったことに気が付いたようだ。


「ああ、ごめん、ごめんなさい。君、大丈夫かい?」


 麻の半袖と半ズボンに付いた土を手で払うジェサーレに、青年は慌てて駆け寄って二言ふたこと三言みこと声を掛けた。

 見たところジェサーレに怪我はなく、少しおびえた表情をしていたくらいだったが、青年以外にもセダとジャナンが駆け寄ったことで、いつもの表情に戻っていた。


「あ、はい。大丈夫です。僕もよそ見をしていましたから、お互い様ですよ」

「ジェサーレ、歩くときはちゃんと周りを見ていないとダメじゃない」

「わふん」

「は、はあい」


 青年はそんな二人と一匹と一匹のやり取りを見て、思わず笑いかけたが、すぐに元の気難しい顔に戻ってしまう。


「お兄さん、なにか悩んでいることでもあるの? 僕たちにお手伝いできることはある?」


 つい先ほど転倒させてしまったぽっちゃりとした少年が、下から覗き込むように自分を心配し、声を掛けてくれている。それだけで、青年の心は救われたような気がして、申し出を断ろうとしたが、喉から言葉が出かかったところをどうにか飲み込んだ。


「いや……、あ、ああ、そうだね、うん、そうだ、そうだね。こんなことを会ったばかりの君たちに言うのもどうかと思うけど、確かに私は今、困っている。だから、その、話だけでも聞いてくれるとありがたいかな」

「うん、分かった」

「お兄さんもジェサーレもちょっと待って」

「どうしたんだい、可憐な娘さん」

「セダ、どうしたの?」

「私たちはあるものを探しているんです。それは杭と呼ばれていて、古くて不思議なものなんですけど、話を聞いたらそれについて教えてくれますか?」

「そっか。流石はセダだね。僕はすっかり忘れてたよ。えへへへ」

「ちょっと、忘れないでよ」

「うん、分かった。それについては心当たりがあるから、私の心配事が解決したら話をしてあげよう」

「私たちが話を聞くだけじゃなくて?」

「うん、そうだね。さっきはああ言ったものの、君たちからは不思議な雰囲気が漂ってくるから、もしかしたら私の悩みも解決できるかもしれないと思ったのさ」

「分かったわ。約束よ」

「うん、約束しよう。このイーデミルジュ族族長セミフの名にかけて誓おう」

「族長!? ということは、この町で一番偉いの?」


 二人で声を揃えて驚くが、セミフの顔はやっぱり冴えない。


「うーん、偉いことは偉いんだけど、まあ、実際に私がやっていることは雑用みたいなものさ。それに、私がいま悩んでることの関係で、私という奴は皆から信頼されていないのだよ」

「どうして? 偉いのに?」

「こら、ジェサーレ」


 ジェサーレが無邪気に聞けば、セダは肘で小突いていさめた。だが、ジェサーレはどうしてセダに小突かれたのか分からずに、キョトンとするばかり。


「あ、いや、えーっと……」

「私はセダです。こっちはジェサーレ、そしてジェサーレによく似た犬はジャナンといいます」

「そう。教えてくれてありがとう。それでね、セダちゃん。私は確かにこの町で一番偉いんだけど、だけどね、そんなに胸を張れるような人間じゃないんだよ」

「いったい何があったんですか?」

「わふん」


 今度は普通にジェサーレが質問をして、心無し、ジャナンが寂しそうに鳴いた。


「私は族長失格なんだ。なにせ代々引き継いだ溶鉱炉ようこうろの温度を上げられないんだから」

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