第四話 制御盤

溶鉱炉ようこうろの温度を上げられない?」


 いざ話を聞いてみたものの、ジェサーレにもセダにも、もちろんジャナンにもさっぱり理解ができなかった。


「まあ、見てもらった方がいいね。中に入りなよ」


 セミフはそう言って、高い高い煙突の建物の、その頑丈そうな鉄の扉を開けて、建物の中に入っていった。二人と一匹は、最初顔を見合わせたが、セダがジェサーレの背中を押すようにして、ジェサーレ、セダ、ジャナンの順番で入ってゆく。

 煙突の建物の中は、予想した通り天井もとても高く、中央の辺りにはレンガでできた大きな大きなかまがある。

 外から見えた煙突は、どうやらそこから伸びているようだった。


「ほら、こっちに来て」


 二人と一匹が声の方を見ると、セミフは窯の斜め前の、石碑のようなものがある場所にいた。その石碑のようなものは黒い石で作られているようで、高さはセミフのお腹よりも少し高いくらいだった。

 そして、その石碑のようなもののてっぺんには、同じように黒い石のテーブルがあって、セミフはそこに右手をついている。


「そこで、窯の中を見ててごらん」


 セミフがそう言うと、暗かった窯の中が赤く光り始め、それはセミフが黒い石のテーブルから手を離すまで続いた。


「この黒い石碑のようなものは制御盤せいぎょばんと呼ばれていて、私たちの一族が制御盤に魔力を通すことによって鉄を作ってきたんだ。だけど――」

「温度が上がり切らないんですね」

「うん、セダちゃんの言う通りだ。一応は鉄を作れるが、先代までのように高い温度を出すことができなくて、いい鉄がまったく出来なくなってしまった」

「先代の族長様はどうしてるんですか?」


 セダの次は自分の番だとばかりにジェサーレも質問した。


「父は、三カ月前に突然病気で死んでしまったんだ。それから私が引き継いだんだが、継承の儀式を行わなかったせいか、どうもうまくいかなくって」

「じゃあ、その儀式を行なえばいいんですね。僕たちが儀式のお手伝いをすれば解決ですね」


 無邪気な顔をしてジェサーレが言うが、事はそう簡単なことではないらしく、セミフの表情は暗いままだ。


「それがね、継承の儀式で何をしていたのか、何をすればいいのか何も残っていなくって、儀式をやろうにも出来ないんだ。継承の儀式のときに、あの制御盤の動かし方を教わっているんだと思うんだけど、困ったものだよ」

「え、でも、さっき窯が赤くなってましたよ。あれはどうやっているんですか?」

「あれはね、制御盤に手のひらをつけて、魔力を流すと赤くなるんだ。しかも誰でもできるわけじゃなくて、困ったことに私の一族だけにしか反応してくれないんだ」

「そういうことなら」


 そこでセダは何かアイディアを閃いたらしく、期待のこもった眼差まなざしでセミフを見て言う。


「そういうことなら、たぶん、魔力の量か流し方に問題があるんだと思う」

「ふむ……量、流し方。だとするとどうすればいいのだろう?」

「魔力の量なら、そうね。フォトスフェイラの魔法で分かるかも知れない。ジェサーレ、ちょっとやってみて」

「え?」

「大丈夫よ。セミフさんは悪い人じゃないと思うもの」

「うん、じゃあやってみるよ」


 ジェサーレはそうやって頷くと、小さく呼吸をしてから、右手の人差し指を前に突き出した。


「輝け、フォトスフェイラ」


 ムチムチとした柔らかそうな右手から放たれた光球は、通常のものよりも二倍は大きい。明るさに至っては比較することが無意味に思えるほど輝き、窯に当たって簡単に消えた。

 セミフがそれを目撃してどのように思ったのかは分からないが、少なくとも驚く素振りは見せていない。アイナの住民であれば驚き、マゴスではないかと疑うものなのに。


「セダちゃん、私も同じようにフォトスフェイラを出せばいいのかい?」

「あ、はい」


 セミフはこれまでと変わらない表情でセダに問い、ジェサーレと同じように右手の人差し指を前に出して、魔法の呪文を唱えた。


「輝け、フォトスフェイラ」


 するとどうだろう。

 セミフのごつごつとした頑丈な手からも、ジェサーレが出したものと同じ大きさの光球が現れたのだ。そして、やはり同じように窯に当たってあっさりと消滅した。

 そうなると目を丸くして驚くのはジェサーレとセダであり、「セミフさんもマゴスなの?」と、二人で声を合わせて同じ質問をしてしまう。


「マゴ……ス? ああ、そうか、そうだね。私はマゴスだったのか。うん、確かに私は他の人よりも大きな魔法が出るね。だからマゴスで間違いないと思う」

「町の人からいじめられたりしなかったんですか?」


 ジェサーレの頭には、どうしてもアイナで起きたことが浮かび、セミフも同じような目にあっているのではないかと、心配になってしまったのだ。


「そんなことは全くなかったよ。父さんもお爺さんも他の人よりも魔法が強くて、町の人からは尊敬されていたように思う。だからこそ、窯の温度を上げられるんだと、みんな思っていたのだろうね」

「だとしたら、窯の温度が上がらないのは、やっぱり魔力の流し方に問題があるんじゃないかしら」


 ジェサーレはどうしていいのか見当けんとうもつかずに黙っているだけだが、セダにはなにか思い当たることがあるようで、積極的にセミフに意見をぶつけてみた。


「今にして思えばそういうことなのかも知れない。だけど、正しい魔力の流し方なんて教わってないから、どうしたものだろう」

「学校で魔法を習ったことは?」

「あるよ」

「魔力のコントロールについての授業はありましたか?」

「うーん、どうだったかなあ。無かったかもしれない」

「僕もなかったよ。セダは?」

「私は……ほら、魔法辞典があるから」

「ほうほう。セダちゃんは魔法の辞典を持っているんだね?」

「そうなんですよ」


 セダは丈夫な革のエプロンの大きなポケットに手を入れ、立派な革表紙の本を両手で取り出しては、得意気とくいげにセミフに見せた。


「確か最初の方に……」


 それから、慣れた手つきでペラペラと数ページめくると、人の姿が描かれたページで指を止める。


「うん。この本によるとね、魔力というのは心臓、お腹、頭を中心にぐるぐると体中を巡っているものなんだって」

「へえ」

「ほほう」

「わふん」


 魔力の授業が始まれば、セミフもジェサーレもジャナンも、真剣そのものといった目つきでセダの声に耳を傾けるのだった。

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