第二話 鉄の町クルムズパス
ユケルバクの町を出た一行は、明るい森の中の道を北に進んでいた。
ここを真っ直ぐに進めば、やがてクルムズパスの町に到着するというこの道に、今日は金属や重いもの同士のぶつかる音が響いている。
「うわ! 危ねえ!」
ぎりぎりで剣を避け、思わず叫んだのはタルカンの護衛のデミルだった。
ルスの里に到着する前に負ったケガは、まだ完全には治っていないが、それでも彼には剣を避けなければならない理由がある。
今、ジェサーレたち一行の行く手を阻んでいるのは、新品の剣を持ち、新品の鎧に身を包みながらも、剣の腕がそれほどでもない若者たちだ。
全部で三人はいるだろうか。
それが奇声を上げながら馬車の前に躍り出てきて、震える声で「金目の物を出せ」と剣を突き付けてきた。
結果、デミルが相手を買って出ては、すぐに近くにいた二人をパンチで気絶させ、残り一人も、というところだったのだが、そううまく事は進まなかった。
彼がどのような心境であったのかは知る由もないが、最後の一人となったとき、少々値段が張りそうな剣をやたらめったらに振り回し始めてしまったのだ。
素人の振り回す剣など、デミルからしてみれば隙だらけであることは間違いないが、それだけに、無茶苦茶な軌道で迫ってくるものでもあった。しかし、結局のところそれも意地を見せただけに終わった。最後の一人もデミルによって簡単に転ばされた上、三人まとめて縄で縛られて、クルムズパスまで連行されることとなったのだ。
山賊や
しかし、どこかおかしいとタルカンとデミルは思ったのだろう。馬車は少し遅くなってしまうが、二人は慎重に行動することを選択したのだった。
そうしてクルムズパスに到着するまでの間、山賊と思われる三人はずっと押し黙ったままで、デミルやタルカンがクルムズパスの衛兵に引き渡すことを話したときも、無言で首を振っただけである。素性など、話す気配もない。
そうなると、山賊などという普通の人間にとっては恐怖の対象でしかない者の、その
それでも、クルムズパスの名物である高い煙突が見えてくるにつれ、二人の目は輝きを増していく。
「それじゃ、二人は
タルカンはそう言って、デミルが操る馬車に乗り、山賊たちと一緒に大きな建物がある方へ進んでいった。
「それじゃ坊ちゃんとお嬢様。タルカン様の言いつけ通り、今夜の宿を探しましょうか」
初老に差し掛かったくらいの、白髪まじりの御者の男がそのように声を掛けると、ジェサーレとセダの固く閉じた口は、ようやく「はい」と開くことが出来た。
「あ、この宿が良さそうだよ。……満室だってさ」
「あそこなら泊まれそうね。……閉店してたわ」
「わふん」
「あそこならどうです? 宿の名前も赤竜亭と、いかにも坊ちゃん好みじゃないですか」
比較的幅の広い道を、三人と一匹できょろきょろと探した結果、確かにジェサーレの好きそうな名前の宿があった。
あるにはあったのだが、その赤竜亭という名前の宿屋は、ジェサーレとセダの目から見てもどうにも古臭くて、人の気配も感じられないような外観である。
「こういうところは昔からずっと潰れずに続いているから、意外と質が良いものなんですよ」
そのように御者が言うのだから、ジェサーレとセダも、そしてジャナンも口を出さず、ただ御者の後をついて、宿屋のカウンターに行くのみである。
そうして宿屋の中に踏み込んでみると、はたして御者のいう通りだった。
おんぼろとも言える外観からは、ホコリやカビのニオイ、穴の開いた床などを想像するものだったが、実際に内部を見れば床も柱も、天井すらも掃除が行き届いていて、実に居心地が良さそうである。
二人と一匹が感心しているうちに、御者は宿屋の主人と話が終わったようで、にこにこしながら二つある鍵の一つをジェサーレに渡した。
「この鍵は、なんですか?」
「あ、そうか。部屋がある宿屋に泊まるのは初めてでしたね」
「はい」
「これは、部屋のドアの鍵です。タルカン様が町での宿泊でご利用になる宿屋は、ここみたいに入り口に鍵をかけられるものでないとダメなんですよ」
「そうなんですね。鍵は出発するときに宿屋に返せばいいんですか?」
「ええ、その通りです」
ジェサーレが鍵のことを聞くのだから、セダも知らなかっただろうと、御者が見てみると、彼女も
「それじゃ、タルカン様に報告に行ってきますので、お二人とジャナンちゃんは先に部屋に入って、休んでてください。キーホルダーに泊まる部屋の番号が書いてあります」
「みんな、同じ部屋?」
セダがそのように聞けば、御者は困ったように眉毛を下げて、
「いいえ、お二人と我々の部屋は別ですよ。明日には出発しなければなりませんから」と答えた。
セダとジェサーレ、それとモフモフ頭のジャナンも寂しそうに目を伏せたが、「ありがとうございます」と言って、木の階段を昇り、部屋に入った。
それからしばらくしてタルカンとデミルが合流し、赤竜亭近くの食堂で晩ご飯を食べたのだが、ジェサーレはもうこれでタルカンたちに二度と会えなくなるのではないかと思っているくらい、一生懸命に話した。
* * *
「ではの」
「じゃあな、坊主と嬢ちゃん。達者でな」
「は、はい。僕、頑張りましゅ」
翌朝、いよいよ別れなけばならないとなったとき、ジェサーレの胸はもう寂しくて寂しくてたまらなくって、だけど涙はこらえなければならないと思って、それはもう大変な顔になってしまった。
「ジェサーレ君、なにも一生会えなくなるわけじゃない。君たちが無事に杭を確認してアイナに戻ってくれば、またいつでも会えるさ」
「ふぁい」
「さて、これから君たちが旅をするにあたって、儂からいくらかお金を渡しておる」
「渡して……おる? どこに?」
きょとんとするセダに、タルカンが何も言わずにお金のありかを指さす。その先には犬のジャナンがハスハスと嬉しそうに尻尾を振っているが、お金を持っているようには見えない。セダは目を凝らすが、やはりいつもの白くて頭がモコモコしたジャナンがそこにいるだけだった。
「ふむ。セダのお嬢ちゃんが見抜けないなら成功だな」
タルカンはそう言って、立派なヒゲを揺らして満足気な顔でジャナンに近づいていくと、そのモコモコとした頭、ではなく、背中の辺りを指さしてセダの方に顔を向けた。
「あ、服……みたいなのを着せたのね」
見れば確かにジャナンの背中から前足にかけて、白い紐で編まれた網のような服がある。そして、タルカンはその首のあたりで手をもぞもぞさせると、ふわふわとした白い毛の中から革袋が出てきたではないか。
タルカンが口の紐を緩めて中を見せると、そこには銀貨がどっさりと入っていたのだ。
「馬車代、宿代、食費など、およそ一カ月分は用意したつもりだ。なくさないように、しっかりと管理するんだぞ」
「はい、ありがとうございます! ……ほら、ジェサーレもちゃんとお礼を言いなさい」
「ありがどございまぁず!」
そうしてジェサーレは、タルカンたちの馬車が見えなくなるまで、ずっと涙をこらえたひどい顔をしていた。
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