第十四話 杭

「さて。またセダさんの話をしましょうか」

「は、はい」


 忙しく変わるジェサーレとは違い、セダの表情は硬いままである。緊張で喉が渇いているのか、マグカップはすでに空っぽになっていた。


「マギサになりたいというあなたの願望は、叶うとも言えるし、叶わないとも言えます」

「どういうことですか?」

「あなたは、ご自身の望みとは異なり、本来はマギサになれない運命でした。ですが、ジェサーレ君と出会って未来が少し変わったようです。このままジェサーレ君と旅を続ければ、いずれマギサにはなれるでしょうが、その際にあなたはとても辛く悲しい思いをすることになるでしょう」

「え? え? どういうことですか? 私、どうなるんですか?」

「私が言えるのはここまでです。これ以上は、あなたとジェサーレ君……、いいえ、それ以外のこの国に住む民たちの運命も変えてしまうおそれがありますので、言うことはできないのです」


 ケレムが言うには、セダの行動がこの木霊の国に住む人たちにも影響があるというのだ。そんなことを突然言われても、セダには全くピンと来なかったし、疑問だけが頭の中をグルグルと回る。しかし、ケレムはセダに更に話を続けるのだ。


「いずれ、そのときがくれば分かるようになりますよ。そして、セダさんにもう一つ言わなければならないことがあります。これはジェサーレ君にも関係のあることなので、二人ともしっかり聞いてください」


 ジェサーレは「はい!」と返事をしたが、セダはこの上、まだ何かあるのかと、疑問が頭に渦巻いて、傍目はためには聞いているのか聞いていないのか分からない。


「タルカン殿にお願いして、君たちをここまで連れてきてもらったのは、他でもありません。マリク王と同じように、木霊の国ぢゅうを旅してもらいたいのです」


 これを聞いたジェサーレは、鼻の穴を広げて鼻息を荒くし、誰の目にも明らかに興奮している。


「そして、我々隠者いんじゃの里の者達が、木霊の国の各地に打った特別なくいを点検して、抜けていたり、抜けかかったりしているものがあれば、打ち直して欲しいのです。どうでしょうか、お願いできますか?」

「はい! もちろんです!」


 ジェサーレは考えるまでもなく引き受ける姿勢を示した。マリク王と聞いて断る選択肢など、彼にはないのだろう。セダは相変わらず難しい顔をしたままで、はい、か、いいえと返事をするのかと思っていたが、口を開けば出てきたのはやはり疑問だった。


「優秀なマゴスやマギサの方が沢山いると思うんですけど、どうして私たちに頼むんでしょうか? それに、その特別なくいというはなんのために打ち直す必要があるのでしょうか?」


 言われてみれば、それは確かにその通りだとジェサーレは思うのだが、彼はともかくマリク王と同じように旅をしたくてたまらないので、そのような質問をするセダのことが不思議だった。


「ふむ。もっともな疑問ですね。まず、どうしてあなた方に頼むのかと言えば、ジェサーレ君がこの家の内側に描かれた模様を見ることが出来たからです。実を言うと、マゴスやマギサであっても、模様が見える者というのは、あまりいないのです。さらに、セダさんが抱えているもう一つの問題の解決にはジェサーレ君の協力が不可欠だからです。くいを打ち直すのも、木霊の国の人々のためばかりでなく、あなたの問題の解決にもきっと役に立つことでしょう」


 一瞬、セダの表情が悲しくなったように見えたが、すぐに真剣な表情になった。今までの彼女の頭の中を駆け巡っていた疑問を、先ほどの言葉だけですべて納得できたわけではないだろうが、ともかく彼女は納得した。

 そしてジェサーレは、天井の光る模様を見てから、ケレムに問う。


「あの、くいをなんのために打ち直すのか、答えてもらってないので、お願いします。僕もそのくいがなんなのか、とても気になるので。それと、くいはどこにあるのでしょうか?」

「やあ、それは失礼しましたね。なんのために打ち直すかよりも、なんのために存在するのか答えましょうか。

 今は伝わっていませんが、昔、英雄王マリクと鏡花の魔女ジャナンと同じ時代に、多くの人間を殺した魔女がいたのです。それこそ、集落をいくつも消してしまうほど、たくさんの人を殺しました。それは領土争いをしていた当時の有力者たちのための戦いでも、山賊や盗賊などの悪党を成敗するためのものなく、すべて一人で、そして個人的な望みを叶えるために行なわれました。

 その行ないは到底許されるものではなく、当時の魔法使い、魔女、マゴス、マギサが力を合わせて、どうにか封印したのです。その封印に使われたのが、そのくいというわけです。

 その魔女の名前はヌライ、月の魔女ヌライと呼ばれていました」


 月の魔女ヌライ。その名前をセダは何度も頭の中で繰り返した。

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