第四章 楔の使命

第十三話 里長ケレム

 ケレムの小屋に案内されると、中は薄暗く、マリクはつまづいて転びそうになってしまいました。


あかりをけますから、少しお待ちください」


 ケレムがそう言ってしばらくすると、壁や床、そして天井が、まるで満天の星空のようにきらきらと光り始めたのです。


「さて、魔女ジャナンとマリク。二人をここに呼んだのは他でもありません。神様からさずかった使命を伝えるためなのです」

〔英雄王マリクの冒険・第3章より〕



 デミルは馬車の荷台で、痛そうに横たわっている。怪我をした太ももの布の巻き方が良くなかったのか、タルカンがほどいてもう一度きつく巻き直そうとしていた。御者は腰袋から塗り薬を取り出して、タルカンに差し出しているように見えた。


「立ち話もなんですから、こちらにおいでください」


 背の高い男が案内をしようとすると、ジェサーレとセダとジャナンの二人と一匹は、すかさずタルカンの方を向いて判断を聞こうとしたが、質問する前に「信頼できる人だ。こちらはいいから、行ってきなさい」とタルカンから言われて、無言でうなずく。


「よろしくお願いします」


 そうしてジェサーレとセダが挨拶をすれば、背の高い男はニッコリと微笑ほほえんで、「では、ついてきてください」と集落の奥へ歩き始めた。


「あの、お名前、教えて頂けますか?」


 男の後を歩きながらセダが聞く。タルカンがここに連れてきた目的が目的であるから、これから知識を授けてくれるかもしれない相手の名前くらい、聞いておかなければと思うのは当然だった。

 背の高い男はゆっくりと振り返る。その顔は微笑ほほえんだままだ。


「自己紹介がまだでしたね。私はこのルスで里長さとおさをしているケレムです」

「ケレム!? ジャナンとマリクに神様のお告げを授けた、あのケレムさんなの?」

「さあ、どうでしょうか」


 名前を聞いたセダよりもジェサーレが興奮した。隠者いんじゃの里ときて、里長さとおさの名前も英雄王マリクの冒険の登場人物と同じケレムである。あの本が大好きな者なら、興奮してしまうのは仕方がなかった。

 はっきりとした返事はもらえなかったが、ジェサーレはすでにマリクになった気分で、ケレムの後をワクワクしながらついてゆく。隣のジャナンも話しはできないが、ワクワクしているように見えた。けれど、セダは対照的にとても真面目な表情をしていた。


「さあ、ここが私の家です。少々散らかっておりますが、お上がりください」


 散らかっていると言っていたが、ケレムの家の中は物も少なく、質素で、そして薄暗かった。


「うわあ、凄い!」


 しかし、こんな質素な家でもジェサーレは感動しているようだった。この質素な室内に、凄いと思える要素がどこにあるのかとセダは疑問に思い、ジェサーレにたずねる。


「ねえ、何が凄いの? 私には普通の部屋にしか見えないのだけれど」


 するとジェサーレは、セダの目を真っ直ぐに見て言うのだ。


「だって、色々な大きさの輪っかが壁や床や天井にたくさん描かれていて、それが光っててとてもきれいなんだ」


 それを聞いたセダも床、壁、天井の順に目を凝らして見るがやはり、そこにあるのはやや古ぼけた木の板だけで、セダは首を傾げるばかりだった。

 ケレムはそんな二人の様子を微笑ほほえましく見ながら、二段式のティーポットで三杯の紅茶をマグカップにいれ、「どうぞ」と二人に差し出した。そのとき、足元で「わふ」と小さく鳴いたジャナンに気が付いて、「ああ、そうでした。あなたの分をうっかり忘れていましたよ、ジャナンさん」と呟き、かめからお椀に水をいれて、そっとジャナンに差し出すのだった。


「さて、紅茶を飲みながら聞いてください」


 ケレムがそのように言ったそばから、ジェサーレとセダはマグカップから口を離して「はい」と返事をしたが、彼は注意するでもなく、やはりその表情は穏やかなままだ。


「まず、セダさんが私に対して疑問に思っていることからですが」


 その言葉にセダはギョッとした表情をしていたが、話をさえぎるふうでも、声を漏らすわけでもなく、耳を傾けている。


「私は、過去や未来を見る事が出来る特別な魔法を使うことができるのです。だから、あなた方が今日こうして、ここを訪ねてくることも分かっていました。当然、名前も分かっています。納得して頂けましたか?」


 セダの表情はやはりどこかケレムを怪しいと思っているようだったが、隣のジェサーレが目を輝かせてブンブンとうなずいているので、一応は「はい」と返事をしていた。


「では、うーん、そうですね。次はジェサーレ君についてのお話をしましょうか」

「はい!」


 ジェサーレの目は変わらずキラキラと輝き、ジャナンの目もキラキラしているように見える。対するケレムの表情は、ずっと変わらず柔らかくて優しいものだ。


「君は、自分がマゴスだったらいいのにという気持ちと、マゴスではない方がいいという気持ちと、両方の気持ちを持っているようだけど」


 ゴクリと唾をのみ込む音が聞こえた。


「私がみる限り、君は疑いようもなくマゴスですよ」


 マゴスだと断定されたジェサーレは、嬉しいような悲しいような、一言では言い表せない表情である。


「けれど、君はどうも他のマゴスとは違うみたいです」

「違う、というのは?」

「それについては私でも、ただ違う、としか分からないのですよ」


 ルスに着いてから、目を輝かせたり、感心したり、不安になったり、かと思えば、真剣になったりとジェサーレの表情はころころと忙しく変わる。「分からない」との返事には、どうやら気落ちしたようで、肩を落としているようにみえた。

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