第十二話 隠者の里

「はしに寄せて止まれ。止まったらしばらく荷台に隠れて、合図をしたらすぐに馬車を走らせるんだ」


 デミルが御者に指示を出し、一行は前後から迫る馬車を観察していたが、すぐにジェサーレとデミルの予感が正しかったことが証明された。

 後ろの馬車の荷台から弓矢が飛んできたのだ。幸いにして当たることはなかったが、タルカンはデミルと目を合わせたあと、ジェサーレとセダに命令するように言う。


「二人とも! アエラキの魔法を使えるならすぐに使ってくれい!」


 アエラキは学校の授業で習うそよ風の魔法である。昨日の恐怖が少しも感じられない二人は、元気よく「はい!」と返事をすると、両手を前に出して、同時に呪文を唱えた。


「撫でろ! アエラキ!」

「撫でろ! アエラキ!」


 すると、今にも馬車に届かんばかりだった沢山の矢は、突如として吹いた横風によって、次々と墜落していく。


「おお、やはり素晴らしいな。その調子で、風を起こし続けてくれよ」


 だが、そうしている間にも馬車はどんどんジェサーレたちに近寄ってくる。前方の馬車も避ける様子がないことから、やはり後ろの馬車の仲間なのだろう。


「デミル!」

「は!」

「後ろの二台は任せた!」

「承知!」


 そうしてデミルは左腰から下げた二本の剣を手に持ち、二台の馬車に向かっていった。横風の前に諦めたのか、すでに矢は打ち出されなくなっている。

 タルカンは、それとほぼ同時に、前方から向かってくる馬車に、剣を抜いて立ちふさがった。その口から発せられたのは、いつものファンボスの呪文である。

 暗闇が煙のように前の馬車に近づいていく。それは荷台に乗っているであろう人物に向けられたものだと思ったが、馬車をく馬の目にまとわりついた。馬は何が起こったのかもわからず、暴れるように前足を大きく上げたかと思うと、バランスを崩して派手に転倒した。

 そのまま馬車が大破してくれれば助かったのだが、向こうの御者が転げ落ちたくらいで、荷台の方はまったくの無傷だった。そして荷台から降りてきたのは、昨日と同じ格好をした四人の兵士たちである。

 しかし、ジェサーレとセダの心が恐怖で埋め尽くされることはなかった。


「ジェサーレ! フォトスフェイラを放て!」


 デミルとタルカンが二人を守ろうとしていることが、とても頼もしかったからだ。

 だから、タルカンの指示もすんなりと実行することができた。


「輝け! フォトスフェイラ!」


 フォトスフェイラと聞いて、向こうは警戒も何もしなかったに違いない。

 けれど、ジェサーレの手から放たれた光の球は、力強く輝いて、相手の兵士をひるませた。タルカンはその隙を見逃さず、一人、二人、そして三人と打ち倒していく。そのまま四人目と思ったが、残念ながら相手の視力が回復し、一進一退の展開に持ち込まれてしまった。


「瞳を奪え、ファンボス」


 だが、それもセダの放った暗闇が相手の顔にまとわりつくことで終わった。相手は他の兵士たちと同様に怪我を負い、体を引きずって道のはしに避難する。


 デミルはどうなったかと、荷台の隅に隠れる御者とジャナンを横目に後ろをみると、なんとデミルは一人で十人もの兵士を相手にしていたようだ。一人、いや、二人の兵士が肩を押さえているから、残りの八人を相手に縦横無尽に動き回り、剣を振るっては相手を寄せ付けていない。

 そのような状況にもかかわらず、デミルはすぐにジェサーレたちの視線に気が付き、援護を要求してきた。


「二人とも! もう一回アエラキを頼む!」


 ジェサーレとセダはすぐに風を起こした。

 デミルは、相手の兵士たちがひるむのも確認せずに、馬車に戻ってきた。そして乗り込みながら御者に「今だ!」と指示を出した。

 御者が慌てて御者台に戻り、馬にムチを入れる。

 気付いたタルカンが動き始めた馬車に近寄ると、すかさずデミルが手を出して、ぐいっと荷台に引っ張り上げた。

 前方は馬が倒れた馬車が道の半分ほどをふさいでいるものの、通れないほどではない。

 前へ前へと力強く進むと、先程までの戦闘が嘘だったんじゃないかとも思えたが、後方の馬車は無傷で、すぐに追いかけてくる。しかも、今度は馬車を走らせながらむやみやたらと矢を飛ばしてくるので、ジェサーレとセダとタルカンの三人で、必死に風を起こして矢をらす。そればかりか、向こうの馬車の方がこちらよりも少しだけだが速く、徐々に距離を詰められてしまっていた。

 かなり近くなったところで、風を起こすのを中断して暗闇や光の球を飛ばすも、それも簡単に立て直されてしまう。

 それならばと、デミルが荷台の一番後ろに立ち、剣を構えつつ、腰袋にためていた石ころを投げ始めた。最初はうまく当たり、「ぐえ」という声を出しながら、一人、二人と馬車から転げ落ちさせることに成功したものの、その後は身をかがめられて思うようにはいかなかった。

 けれど、二人減らせたのは大きい。

 相手は矢も尽きたのか、昨日と同じように馬車を横につけようとしてきた。

 両側から挟み込むような動きをしたが、一台は荷台に近寄ってきたタイミングでデミルが馬を切り捨てた。馬がこちらに近寄りすぎたのだ。

 残り一台はと言えば、ジェサーレたちの馬車の右側に並んだところで、タルカンが剣を構えて応戦している。そこにデミルも加わったが、乗り込んで来ようとする兵士も剣の扱いがうまく、簡単には決着がつかなかった。相手の兵士は三名。その内の二名がこちらに乗り込もうとしている。


「しつこいんだよ!」


 思わずデミルが声に出す。

 猛烈なスピードで二台の馬車が並んで走る。僅かな隙間を挟んで、大人たちが剣を振っていた。

 ジェサーレとセダは固唾かたずをのんで、それを見守ることしかできなかった。

 しかし、ジェサーレの視線の先でデミルがうずくまった。三人目の兵士が至近距離で矢を放ったのだ。デミルの太ももからどんどん血が流れてくる。

 御者が悲鳴のように声を上げる。


「とととと、止めますか!?」

「構わん! 走れ!」

「は、はい!」


 タルカンがそのまま走り続けろと命令する。

 しかし、二人を相手にタルカン一人でどうにかできるはずもなく、うずくまり、肩で息をするデミルに兵士が剣を振り上げた。

 もう駄目だ!

 みんながそう思ったかも知れない。

 しかし、なにか柔らかい壁を通り抜けた気がした次の瞬間には、その兵士は馬車ごと後ろに吹き飛ばされていたのだ。


「ゆっくり止めろ」


 タルカンに指示されて馬車が徐々に速度を緩めると、木で出来た門が通り過ぎた。

 町か、村か、どこかの集落に着いたのだ。

 デミルは自分で太ももの矢を抜き、布をぐるぐると巻く。

 タルカンはジェサーレとセダに馬車から降りるように言うと、自らは荷台でデミルの応急処置を手伝っていた。


 そして、馬車を降りたジェサーレとセダの前には、いつの間にか背の高い痩せた男が立っていたのだ。

 どこか威圧感のあるその男は、両手を横に広げてこう言った。


隠者いんじゃの里ルスへようこそ。ジェサーレ君とセダさん。二人を歓迎しますよ」



鏡花きょうかの魔女ジャナンと、その従者マリクよ、よくぞ我らの求めに応じて来てくれました。二人を歓迎しますよ。積もる話は後にして、早速本題に入りましょうか。さあ、どうぞ、こちらへ。

 ……それとも隠者いんじゃの里の雰囲気はお嫌いですかな?』

〔英雄王マリクの冒険・第3章より〕


< 第3章 隠者の里 > ― 完 ―

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