第十一話 糸
「おはようございます! ほら、ジェサーレも早く起きなさい!」
けれど、翌朝のセダには気持ちが沈んだ様子は少しも見えなかった。四人の中で一番早く起き、気付いたジャナンをお供にしてみんなを起こして回る。朝ご飯の匂いが
ジェサーレは起きた途端に、昨日の襲撃を思い出してしまい、気持ちが落ち込んだのだから、明るい声を出すセダのことが不思議でならなかった。だからと言って、昨日のことを忘れたの? とでも質問をすれば、自分と同じように恐い記憶がよみがえってしまうと考え、そのことには触れるべきではないと、ジェサーレは自分の心に質問をしまい込んだ。
「さて、朝早くに出発すれば、今日の夕方には目的地に到着する予定だが、体調はどうかね?」
「問題ありません」
「あっしも問題ありません」
「大丈夫よ!」
「大丈夫です」
「わん!」
「あ、昨日、近くでフクロウが鳴いてたんです。出発する前にフクロウの羽根が落ちてないか、みんなで探しませんか」
そのようにジェサーレが提案すると、二つ返事で承諾され、馬の世話がある御者を除いた全員で一斉に宿の周りを探し始めた。
三十分後。それぞれが見つけた羽根を持ち寄り、セダが確認したところで、そのほとんどは別の鳥の羽根だった。結局、フクロウの羽根はセダが拾ってきた六枚だけで、それを彼女は革エプロンの沢山あるポケットの一つに、大切にしまい込んだ。
「すぐにニヒテリニエビオギアを使おうよ」
ルスに向けて走る馬車の上で、待ちきれないジェサーレがセダにお願いするが、「あれは暗いところじゃないと効果が分かりにくいの」と断られ、たあいもない話をしながら馬車は進む。
そうこうしている内に時間はあっという間に
「それじゃあ、おまじないをやってみましょうか」
そう言ってセダはパチンとエプロンのポケットのボタンをはずして、中からフクロウの羽根を取り出した。
「本当!? ありがとう!」
目を輝かせ、ワクワクしている顔のジェサーレを見ていると、セダは何故か恥ずかしくなって「こほん」と一つ、咳払いをしてから始めた。
「何も難しいことはないけど、覚えてね。まずは、フクロウの羽根を持って、こうやって中指と薬指でおでこに押し当てるの」
「こうかな?」
フクロウの羽根を渡されたジェサーレは、セダの見よう見まねでおでこにつけた。
「そうそう、それでいいわ。次は、真っ暗闇の中で、自分の周りだけが明るくなるのをイメージするの。どう? イメージできた?」
「うん、よく分からないけど、できたと思う」
「じゃあ、最後はおまじないの言葉ね。いい? よく聞いて繰り返すのよ?」
「うん、分かった」
セダはそう言うと、フクロウの羽根をおでこから外して、真っ直ぐジェサーレを見て、静かに呪文を唱える。
「我らに夜の祝福を。ニヒテリニエビオギア」
「我らに夜の祝福を。ニヒテリニエビオギア」
「うん、これでおまじないは終わり。我らに、と言う呪文だから仲間も色々と見えるようになると言われているけれど、さて、ジェサーレとタルカンさんとデミルさん、何か見えた?」
その質問に一番に答えたのはデミルで、タルカンもすぐに続いた。
「うーん、少し暗いところが見えるようになったかな」
「そうだな。儂もそんな気がする」
そんな二人に対して、ジェサーレはキョロキョロと忙しく周りを見ていた。
「うん、これ凄いね。何かが見えるよ」
何かが見えると言われれば、それは確かにおまじないなどかけなくてもそうなのだろうと、セダは呆れつつも、しかし、その
「……それだけじゃ分からないわ。ジェサーレの目にはどんなものが見えているのか、説明してくれる?」
「そうだねー……、お馬さんから荷台の後ろまで、何かは分からないけどほんわりと白く光ってるんだ」
それを聞いたセダは
「ほ、他に何か見えているものはある?」
「他にはね、セダから何か細い糸のようなものが出てるよ」
それを聞いたセダは、少しの間ピクリとも動かなくなり、そして慌てた様子で虫を払うように手をバタバタとさせ始める。
「糸!? 糸ってどんな感じの? 長いの? 短いの? 太いの? 細いの? 色は? 他の人からは出てる?」
それはセダが全く思いもよらなかったもので、そんな得体の知れないものが出ていることが気持ちが悪くてしょうがないようだった。
けれど、ジェサーレはのんびりとしたもので、セダがそのように思っていることにも気が付かずにゆっくり答える。
「長さはとても長いよ。通ってきた道の上にフワフワとずっとある。太さはとっても細くて、上等な絹糸みたいな色をしてる。他の人からは出てないみたいだよ」
「それ、掴める? とって、とって、気持ち悪いから早くとって!」
などとセダが本格的にあたふたし始めたときに、ジャナンが馬車の後ろに向かって「わん!」と吠えた。
なんだろうと思って、眩しくもないのに手を
御者も気付いたようで、「旦那様、はしに寄せてやりすごしますか?」と聞いていたが、ジェサーレはたまらく嫌な予感がして、デミルに言った。
「山賊か何かだと思います。警戒しましょう」
そう言われたデミルは、目を大きくして驚いていたが、それは自分の勘がジェサーレと同じだったせいかも知れない。
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