第十五話 二人の返事

「そしてくいは、英雄王マリクの冒険にも登場するデブラーチェニスの大灯台、ケファレ山のガラスの峰、グンドウムの生きる砂浜、クルムズパスの赤竜の舌、木霊の森の霧の向こうの古代樹、ケスティルメの大神殿、ボシ平原の草の海、最後にドロナイ大丘陵の谷底の八ケ所、木霊の国を覆うように存在しています」

くいはどんな形をしているんですか?」


 真剣な表情でありながらも、何か上の空のようになっているセダの横、鼻の穴が大きくなって鼻息の荒いジェサーレの質問は終わらない。つられてジャナンの鼻息も荒くなっているようだ。


「形を説明するのは難しいのですけど、ジェサーレ君ならきっと感覚的に分かりますよ。例えば、ドロナイ大丘陵の谷底にあるくいというのは、まさしくこの家のことですから」

「そうだったんですか!? こんな感じなんですね」

「ええ、こんな感じです。あ、ここは私が管理してますから、気にしなくていいですよ。ですから、旅で巡るのは七ケ所ということになりますね」

「はい、分かりました!」

「元気が良くて結構なことです。さて、長々とお話しましたが、ここで終わりにしましょう。セダさんは途中から気分がすぐれないようでしたが、大丈夫ですか?」

「え? ……ええ、大丈夫です。ところで、あの」

「なんでしょうか? 質問でしたら特別にもう一つだけお答えしますよ」

「あ、はい。ケレムさんは魔法使いとマゴス、魔女とマギサを分けているようでしたが、同じではないのでしょうか?」

「ああ、そのことですか。確かにセダさんには気になるかも知れませんね。魔法使いとマゴス、魔女とマギサはほぼ同じなのですが、厳密に言えば根本的に違う部分があるので分けているのです。では何が違うのか、と聞かれれば、そうですね、……この旅を続けていけばきっと分かりますよ、とでも答えましょうか」

「はあ、分かったような、分からないような」

「まあ、世の中なんてだいたいがそのようなものですよ。ちなみに私は魔法使いですけどね。では、タルカンさんをお待たせしては悪いので、そろそろ顔を見せに行きましょうか」

「ちょっと待って」


 ケレムが入口の木戸まで歩き始めたとき、セダが緊張感のある声でそれを制止する。


「おや、まだなにか?」

「私たち、お願いを聞くかどうか、まだ返事をしてなかったわ。そうでしょ、ジェサーレ?」

「え? あ、うん、そうだっけ?」

「そうよ。こういうことはいいのか悪いのか、ちゃんと返事をしないとダメでしょ」

「セダはしっかりしてるねー」

「ジェサーレがのんきすぎるだけよ」

「えへへへへへ、そうかなー。僕はもちろん賛成だけど、セダはどうなの?」

「私は……」


 セダはジェサーレのつぶらな瞳に真っ直ぐに見つめられて、初めて自分がどうしたいのか考えていなかったことに気が付いた。マギサになりたいのであれば、もちろん返事は一つしかないし、たとえそれで辛いことになったとしても、木霊の国の民たちになにか影響が出てしまうというのであれば、断ることなど初めから出来なかったのだ。


「私も賛成よ。一緒に頑張りましょう」


 セダの眉はいつも通りにキリっと勇ましく、ジェサーレと二人でくいの点検を承諾した旨を伝えると、ケレムは目を細めて喜んだ。ジェサーレは何か聞きたいことがあったと思いだしたが、長い話が終わったことに安心して、何を聞きたかったのかも、聞きたいことがあったことすらも、すぐに忘れてしまった。


 そうして三人と一匹が外に出ると、タルカンとデミルがすぐ近くの丸太の椅子に腰かけているのが見えた。辺りはもうすっかり夜になっていて、見上げれば、谷の切れ間から見える細長い空に、満天の星が輝いている。月は見えないが、月の魔女はやはり月が出ている時間に活動していたのだろうかと、セダは思う。

 ジェサーレがポテポテとタルカンに走り寄り、ケレムからお願いされたこと、セダと一緒に承諾したことを身振り手振りを交えながら、実に嬉しそうに話したのだった。

 それに対してタルカンは、少し考えるように手をあごの下に当てて、ジェサーレに提案する。


「この国をぐるっと一周しなければならないなら、最初はクルムズパスに行き、その後、デブラーチェニス、グンドウムと、時計回りに旅をするのが良いだろうな」

「はい! ところで、タルカンさんが僕をアイナから連れ出してくれたのは、この旅に向かわせるためですよね。この後も一緒に来てくれますか?」


 その質問を聞いたタルカンは一度空を見た後、どこか寂しそうな目をして、再びジェサーレを見た。


「そうだな。クルムズパスまでは送り届けよう。けれど、儂らはそこで君たちとお別れをしなくてはならない」


 ケレムのお願いの承諾にタルカンの都合を聞かなかったことに、若干の後ろめたさもあったが、それよりも突然の別れ話に、ジェサーレの目はすでに涙ぐんでいた。


「ずっと一緒に来てくれると思っていたのに……。ど、どうしてですか!? あ、僕たちがケレムさんと勝手に決めちゃったからですか? ど、ど、どうしようどうしよう」

「まあまあ、ジェサーレ君、落ち着きなさい。確かに君たちが確認せずに予定を決めたことは問題だが、儂らが別れる理由はそれではない。黙っておったが、儂は実はアイナの町の……、お偉いさんでな、いつまでも町を離れているわけにもいかないのだよ。君たちの旅に同行できないことは非常に残念だが、どうか分かって欲しい」

「ひっく、うぐ。う、うん。分かりました。とても寂しいけど、僕、男の子だから泣きません」


 泣かないというジェサーレのプルプルと震える頬っぺたに涙が流れたが、誰もそれには触れなかった。

 セダは他人事ひとごとのようにそれを眺めながら、この光景を冷めた目で見る私は、いったいどうしたかったのだろうか、本当に旅を続けるべきなのだろうか、けれど、なんとなくだけどこの旅は上手くいきそうな気がする、と思っていた。


「さあさあ、もうすっかり夜になってしまいました。泊まるところを用意してありますので、今日はそこでお休みください」


 そこへケレムが解散を促すと、そこにいた誰もが今夜はぐっすりと寝て、また明日に備えようと気持ちを切り替えようとしたのだが、しかし、気持ちの切り替えが完了することはなかった。

 突如として、集落の全てを照らすかのような明るい光が頭上に現れ、遠くから悲鳴が聞こえてきたのだ。

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