第九話 おまじない(1)
「凄い!」
「これは凄いな」
「わふ!」
食い入るように魔法辞典を見つめる二人と一匹に、ページをめくるセダの顔はますます緩む。
「あ、ちょっと待って」
しかし、得意気に魔法の説明をするセダに、ジェサーレが待ったをかけた。
「なあに? もう一度、私の分かり易い説明を聞きたいのかしら?」
「あ、うん、そうなんだ。夢中で見てて、この魔法だけイラストもないし、説明も少ないからどうしてかと思って」
「やあね。さっき説明したじゃない。だけど、今日の私はとても気分がいいから、特別にもう一度説明してあげるわ」
「はい、お願いします。セダ先生」
「わふ!」
「これはね、おまじないといって、幸せになりますようにとか、探し物が見つかりますようにとか、お祈りするようなものね。魔法なんだけどマギサしか使えないって言われてて、効果がはっきりと出るものじゃないわ。例えばこのフィラフィトのおまじないも、
「へえー。おまじないもたくさん載ってるの?」
「そうね。この本には七つのおまじないが載っているわ」
「面白そう! セダはおまじないも覚えたの?」
「もちろんよ」
「おまじないがどんなものか見てみたいな」
「わふ!」
ジェサーレとジャナンが並んでつぶらな瞳で見つめるものだから、セダはどうにも断れない。そうしている間にも馬車はゴトゴトと音を立てて進む。
「私も見せてあげたいんだけど、何がいいかしらね。道具が必要なものが多いからなー……。うん、決まった。今、やるからちょっと待ってね」
そう言ってセダは手のひらをつけないように、両手の指の腹を口の前あたりで合わせて、呪文を唱えた。
「我らの旅に祝福を。エビオギア」
ジェサーレはその様子を
「終わったわよ?」
「え? 終わったの? 何も起こらなかったよ?」
「おまじないってそういうものなのよ。クリニみたいに水が出たりするわけじゃないわ」
「そ、そうなんだ。と、ところでエビオギアはどんなおまじないなの?」
「事故や災難にあいにくくなるおまじないよ。馬車で移動している私たちにはぴったりよね。あなたもやってみる?」
「うん、やってみたい!」
「そう。初めに言っておくと、エビオギアの呪文はね、魔法みたいに正確にやらなくても大丈夫よ。対象となるものに祝福を、って言えば大丈夫なの。あと魔法と違って手の形があるけど、覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。早速、やってみるね」
ジェサーレはそう言って手のひらを半袖シャツのすそで
「僕らに祝福を。エビオギア」
「わふ!」
ジャナンもつられて鳴いていたが、やはり何か目に見えるようなことは起こらず、ほんの少しジェサーレが肩を落として終わった。
「あ、思い出したわ」
セダが急に声をあげてジェサーレがビクリと体を震わせる。
「ニヒテリニエビオギアっていうおまじないがあるのよ。それを使えば、他のおまじないの効果が見えるようになるかもしれないわ。だけど、フクロウの羽根が必要なのよね」
「持ってないの?」
「前はいくつか集めてたんだけど、面白くなって何回も使ってたら、どこかへ行っちゃったの。ごめんね」
「じゃあ、僕がフクロウの羽根を拾ったら教えてくれる?」
「もちろん!」
「さてと、次の目的地を話したいと思うんだが、そろそろいいかな?」
「あ、はい」
「はい」
「わふ」
タルカンが会話の切れ目を待っていたように切り出すと、二人と一匹は背筋を伸ばして耳を傾けた。デミルは仕事に忠実に周りを気にしていて、会話にはほとんど入ってこない。
「次の目的地は、ドロナイ大丘陵の谷底にある
「
どうやら、ジェサーレは英雄王マリクの冒険に出てくる
「ジェサーレ君、
「でも、本物なんですよね!? やったあ!」
「ジェサーレ君に喜んでもらえてなによりだよ。でな、ここからは秘密の話なんだがな」
そう言ってタルカンはヒソヒソとジェサーレとセダに話すが、すぐ近くに部外者がいるわけでもなく、いるとすれば同じ街道の遠く後ろに同じような馬車が一台見えるだけで、あくまでも秘密という雰囲気を出すためのものに違いなかった。
「ルスには何人かマゴスとマギサがいるんだよ」
「本当ですか!?」
それを聞いて大きく喜んだのは、ジェサーレよりもセダだった。彼女は両手を握り締めて縦にぶんぶんと振って、喜びを表している。
「ああ、本当だとも。だから、そこに行けばジェサーレ君のことも、それからセダお嬢さんがマギサになる方法も分かるかも知れないぞ」
「ありがとうございます」と二人が同時にお礼を言った瞬間、デミルが「静かに」と口に人差し指を当てて警戒を促した。「どうした?」とタルカンが聞けば「尾行されているようです」と、真面目な顔でデミルが答える。
やがて、ジャナンが後方に「わん!」と大きく吠え、一斉にその方向を見ると、かなり遠くにいたはずの馬車がいつの間にか、すぐ近くまで来ていたではないか。
デミルは「やれやれ」と言いながら、そばにあったお椀を逆さまにしてメガネを付けたような鉄兜を被り、頭と顔の上半分を守る。
そうしている間にも後ろの馬車はどんどんスピードを上げ、ついにタルカンたち一行の乗る馬車の左横に並んだ。少し見る限りはどこにでもある普通の馬車だったが、その荷台にはお揃いの若草色の服の上に、これもお揃いの鱗のような鎧を着た、武装した兵士たちが五人も乗っていたのだ。しかも五人ともこちらを見ていた。
兵士と目が合ったような気がしたジェサーレは、真っ青な顔をして震えているセダを支えながら、デミルと入れ替わるように荷台の反対側に移動した。
「こいつはどうにも、友達になろうっていう雰囲気じゃないねえ。タルカン様、援護宜しくお願いします」
「分かった」
「坊主もあれだ。その気になったらユズクのときみたいにピカッとさせたりしてもいいんだぞ」
しかし、ジェサーレは極度の緊張のためか、恐怖のためか、首をわずかに動かしただけで声は出さなかった。
やがて向こうの馬車から一人が立ち上がり、こちらに乗り移ろうとしてくる。そこへデミルがすかさず
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