第一部 第三章 隠者の里
第八話 魔法辞典
「見つけたぞ、
マリクとジャナンはケファレ山のふもとに広がるアジュの森を、もう何日もさまよっていました。
それというのも、この森に住むアジュ族たちが大の魔女嫌いで、ジャナンが自分たちの森に入ってきたことに、とても怒ったからです。
ジャナンは、大事な用事でケファレ山の山中にある隠者の里に行かなければならないのですが、アジュ族が一生懸命に探し回ることで中々
どうにかアジュ族と戦わずに移動していたマリクとジャナンでしたが、とうとう二人はたくさんのアジュ族に囲まれてしまいました。
しかし、ジャナンには奥の手があります。
「
ジャナンがぼそぼそとそう言うと、アジュ族たちは「あっちだ!」「逃げるな!」「捕まえろ!」と口々に叫びながら、あっちへこっちへと移動し始め、マリクとジャナンはついにケファレ山に足を踏み入れることができたのでした。
〔英雄王マリクの冒険・第3章より〕
*
ジェサーレたちがユズクに到着したのと同じ日、ユズクから南に馬車で三日ほどの、草原の町アトパズルの宮殿では、一人の女が顔を真っ赤にして兵士たちに指示を出していた。
「なんとしてでも身柄を確保せよ! 最悪の場合、生死は問わない!」
「は!」
急ぎ足で駆け出す兵士を見送ると、今度は帽子に鳥の羽根飾りを付けた男を怒鳴りつける。
「タネル隊長! 探し始めてからもう三日も経つというのに、まだ見つからないのか!」
女の顔は相変わらず真っ赤で、黒く長く美しい髪の毛にまったく似合わない、恐ろしい形相である。
「申し訳ありません、キズミット様。四方に手を尽くして探させておりますが、今のところ
「それをなんとかするのが捜索隊長であるお前の役割だ! 早くなんとかするんだ! 一刻も早く、一分一秒でも早くだ!」
「は!」
キズミットと呼ばれた女性が宮殿の奥へと早足で立ち去るのを見届けると、タネルは帽子を一度取り、汗を拭いた。
そして、帽子をかぶり直しながら、キズミット様はすっかり変わってしまったが、それは捜しもののせいだろうか、それともその前からだったのだろうかと考えた。
*
「さて、ユズクの用事も済んだことだし、次の目的地に向かおうか」
「え? もう終わったの?」
セダが旅についてくることが決まってすぐに、次の目的地に行こうとタルカンが言った。それに対してジェサーレは、少しの時間しか
「ああ、もう終わったよ。だから、ここから早く出るとしよう。ジェサーレ君の噂でもちきりになる前に」
そう言われてジェサーレがキョロキョロと見回すと、何人もの人と目が合ってはすぐに目を
「そ、そうですね。早く出ましょう」
ジェサーレの脳裏に、エルマン先生と二人きりの教室が思い出され、軽くめまいを覚えた。
「気にすることはないわ。マゴスは格好いいんだから。あいつらにはそれが分からないだけよ」
察したセダが励ましてくれたが、ジェサーレはずっと視線に
「旦那様、すぐに出ますか?」
タルカンたちを見るや否や、
「そちらのお嬢さんは?」と
「私、セダよ。旅について行くことにしたの。よろしくね」と、元気に本人が答える。
全員無事に乗り込んだのを確認してデミルが言う。
「まあ、あれだ。坊主がマゴスかどうかもまだ分からないし、マゴスだったらマゴスで凄いことなんだから、あんまり気にすんなよ」
「うん……」
それでも、ジェサーレの気分はやはり落ち込んだままだった。
馬車はゆっくりと走り始め、ガタゴトと音を立てる。東の門をくぐれば、馬車が五台は並べるのではないかと思うほど広い道に出た。この辺りは乾いた土の地面が目立っていた西門付近とは違い、背の低い緑色の草木が多いが、多くの人の目を
木霊の国で最も大きい丘陵地帯ではあるが、そこにはいくつもの谷があり、その内の一つは地の底まで通じているという噂もある。
しかし、ジェサーレはその景色にも関心がなさそうで、ふと視界に入った物の方が気になっていた。
「ねえ、セダちゃん。そのエプロンの大きなポケットには何が入ってるの?」
「呼び捨てでいいわよ。私もあなたのこと、呼び捨てにするし。ところで、このポケットの中身はね、ふふん、よくぞ聞いてくれました」
セダは誰かに聞いて欲しかったようで、目を細めてとても嬉しそうにポケットのボタンを外し、中に手を入れた。そこから大事そうにゆっくり取り出したのは、とてもいい
「ジェサーレ、これが何か分かるかしら?」
「……表紙の文字が
「惜しい! 流石マゴスね」
「あ、僕、まだマゴスかどうか分からないんだ」
「そうだったの? だけど、面白そうだからついて行くわ。それでね、この本なんだけどね」
マゴスかどうかも気にしていない物言いに、ジェサーレは少々面食らった。それでもいかにも大事なことが書かれていそうな本と、もったいぶったセダの態度に、ジェサーレの目と頬っぺたは緩んでいた。そして、気付けばジャナンも、その本を興味深そうに見ている。
みんなに注目されたことが嬉しいのだろう。セダはみんなを見回して自慢するように言うのだ。
「じゃじゃーん。なんとこれは、魔法辞典なのでした!」
「魔法辞典!?」
魔法辞典と聞いたジェサーレは、たちまちつぶらな瞳をランランと輝かせ、タルカンも目を大きくした。
「魔法の辞典なんて初めて聞いたよ。凄いね! 中はどうなっているの? 魔法がたくさん載っているの?」
「魔法辞典とは聞いたことがないな。中はもう全部読んだのか?」
ジェサーレは自分の好奇心が抑えきれない様子だったが、意外なことにタルカンも、とても興味があるようだ。
「ふっふーん。凄いでしょ! 中は、そうねえ。魔法がざっと百は載ってるわ」
「百!? 凄い! 見せて見せて!」
「どうしようかなー?」
目を輝かせるジェサーレにたびたび凄いと言われ、セダの口元はどんどん緩んでいく。
「その百個の魔法を全部覚えたのかね?」
「まだ全部じゃないけど、もう半分以上は覚えたわ」
「半分も!? セダは凄いね! 僕なんかまだ十個も覚えてないよ」
「半分とは凄い! セダは頭がいいんだのう。儂らにも、覚えたページだけでも見せてはくれないか?」
タルカンにも褒められたセダは、それはもう機嫌がよく、先ほどまでもったいぶっていたのは何だったのかと思えるほど、あっさりと二人に見えるように本を開いた。
そこには魔法の名前と呪文、そして使ったときのイラストや注意点などが、大きく見開きで書かれていた。ジェサーレが知っているものも有ったが、ほとんどは知らない魔法であり、ジェサーレの好奇心は尽きることなく、その瞳は輝き続けた。
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