第一部 第二章 マゴスとマギサ
第四話 魔法の授業
『あなたのようなろくに魔法も使えない人間を、大魔女と呼ばれるこのジャナンが雇ってあげると言っているのよ。光栄に思いなさい』
〔英雄王マリクの冒険・第2章よりマリクを従者にしようとするジャナンのセリフ〕
*
「ジェサーレ、おはよう!」
「あれ? ……おはよう、お姉ちゃん」
気付けばジェサーレは自分の家に立っていて、目の前には嬉しそうな顔をしている姉のメルテムがいた。
「お前の
「だ、ダメだよ。そんなことしたら痛いもの」
「お姉ちゃんの言うことが聞けないっていうのなら、もう、無理矢理食べちゃうしかないわ!」
そう言ってメルテムはジェサーレに抱き付き、そのプニプニとした
「ちょ、ちょっと、やめて。汚いよ」
それでもメルテムはやめず、鼻息を荒くして頬っぺた全体を舐めまわし続ける。ジェサーレは、その鼻息をどこかで聞いたことがあるような気がしたが、ともかく今はそれどころではない。
だから、思わず大きな声で叫んでしまった。
「やめてよ!」
すると目に飛び込んできたのは毛むくじゃらの顔に黒い鼻、つぶらな瞳、そしてフワフワモコモコとした頭だった。
その毛むくじゃらが、一生懸命にジェサーレの頬っぺたを舐め続けている。
「ジャナン!」
つい先ほどまでアイナにあった自分の姿は、やはり馬車の荷台にあり、目の前にいたのはメルテムではなく、犬のジャナンだったのだ。
「坊主。随分とうなされていたが、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます。えーっと……」
「デミルだ」
「デミルさん、ありがとうございます」
先ほどまでじゃれついていたジャナンが、ジェサーレと一緒になってデミルを見れば、デミルはたまらず吹き出して笑ってしまった。
「それにしてもお前らは、本当にそっくりだな。こうして見ていると、本当の兄弟みたいだぞ?」
そう言ってデミルはまた吹き出してしまうのだ。
ジェサーレとジャナンは何がおかしいのかときょとんとしていたが、好きなものに似ていると言われれば、ジェサーレはニコニコとその柔らかい頬っぺたをさらに
けれど、と、ジェサーレはあることに気が付いた。
ジャナンの頭の毛は痛々しくむしり取られて、まばらにしか残っていない状態だったのに、今はそんなことが無かったみたいにふさふさと、フワフワモコモコとしている。
昨日の今日でそんなに毛が生えることなどあるのだろうかと、ジェサーレは思ったが、しかし、時刻はまだ夜だった。
「まだ夜だからもう少し寝てなさい」
立派な
「起きろ、坊主。朝だぞ」
ジェサーレは、今度はジャナンのベロではなく、デミルの声で起きることができた。そして、ジェサーレが起きれば、身を寄せ合っていたジャナンも顔を上げ、「わふ」と小さく鳴いてみせる。
「おはようございます」
起こしてくれたデミル、タルカンと馬車を操る
「ジェサーレ君、授業で教わったのはどんな魔法かな?」
そんなジェサーレの様子が気になったのか、タルカンが魔法の話をしてきた。マゴスなどと呼ばれて町を出たものの、やはり少年は魔法の話が好きで、表情も明るくなる。
「ロウソクに火を点けるのと、水を出すのと、そよ風をおこすのと、それから夜道を照らすのと、光の球を飛ばすのを習いました」
ジェサーレは鼻の穴が少し広がり、
「ふむ。よく勉強しておるの。ところで魔法の授業で水がたくさん出たから、マゴスと言われるようになった、ということで合っているかね?」
それを聞き、膨らんでいたジェサーレの鼻の穴はすぐにしぼんでしまった。
「……はい。そうみたいです。エルマン先生からも、何度もマゴスじゃないかと怒るように質問されました」
「それは辛かったのう。それだけでマゴスだなどと分かることはないんだが」
「そうなると、どういう人がマゴスなんですか?」
「儂の知る限り、マゴスは他の人間よりも魔法の効果が高いというのは確かにある。だが、それ以外にもっと決定的な条件があってな」
ジェサーレは唾をごくんと呑み込んだ。
「他の人間や他のマゴスが使えないような、独自の魔法を使えるのが本物のマゴスなのだよ。魔女はマゴスとは違うが、例えば、君の好きな魔女ジャナンは幻を操ることができたと本にも書いてあるな」
「はい、知ってます。幻を見せてマリクと一緒に逃げるんですよね」
「さらに本の中では一切魔法を使っていないマリクも、実はマゴスだったんじゃないかと言われておる」
「そうなんだ。そんなこと、本には全然書いてないのに。ねえ、マリクはどんな魔法を使えたの?」
「そこまでは分からないのう。あくまでもそういう説がある、というだけの話だな」
「なんだ。そっかあ」
「けれど、そっちの方が面白いだろう?」
「うん!」
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