動き出した時計の針

第7話 元夫

カフェ&ギャラリーjärvi事務所

「では、B案の都会の中の緑にフォーカスした案で進行させていただきますね。」

蒼士が言った。

2週間前にプレゼンした3つの案の中から、今回のプロジェクトで使用するものが決定した。

「やっぱりうちの売りは木々の緑なので、そこを推してもらえると嬉しいです。そこに水惟さんのイラストを組み合わせてもらったら、ターゲットにマッチしそうです!」

湖上が言った。


選ばれた案は、カフェやギャラリーの写真に鬱蒼と生い茂る緑を写り込ませ、そこにイラストで少女や動物を組み合わせるというものだった。


「私も、カフェもギャラリーもアピールできるこの案が一番良いと思ってました。」

水惟が笑顔で言った。

「もともとそういうコンセプトの施設だというのは知ってたんですけど…先日カフェで実際に席に着かせていただいて、本当に緑に癒される空間だって実感しました。」

「でしょでしょ〜!一時休店前に是非またいらしてください!」

湖上も嬉しそうだ。

“顧客理解が大事”という蒼士の言葉を実感することになり、水惟は少しだけ悔しいと思った。

(理解…昔一緒に仕事してた頃もよく言ってた…)

「撮影はリニューアルがある程度進んでからの方が良いと思いますが、まずはスケジュールを組んだ時点でカメラマンを連れて下見に来ますね。」

蒼士が言った。


帰りの車の中

「カメラマンは鴫田しぎたさんにお願いするつもりだから。」

「え、鴫田って…メーちゃん?」

「うん」

蒼士の言葉に水惟が珍しく嬉しそうに反応する。今日も座っているのは後部座席だ。

鴫田 芽衣子しぎた めいこは深端グラフィックスのカメラマンで、水惟が昔よく一緒に仕事をした同年代の元同僚だ。

「メーちゃん…」

(メーちゃんも4年振りだ…)

冴子や芽衣子のような、深端時代に仲の良かった仲間とは深端を辞めてから疎遠になってしまっていた。

水惟の嬉しそうな声を聞いて、運転席の蒼士は安心したような申し訳なさそうなような、複雑な顔をしていた。


*** 


2週間後

「あー本当に水惟だ。」

järviで芽衣子が嬉しそうに言った。

芽衣子は背が高く黒髪のショートカットにパンツスタイルでマニッシュな雰囲気だ。

「メーちゃん、久しぶりだね!」

「水惟が全然連絡くれないからでしょー薄情者ー!水惟ちょっと雰囲気変わったね。髪の色が変わったからかな?」

「うん、深端で働いてた最後の方は真面目な感じの黒髪だったからね…今の方が若造りかも…」

水惟が照れ臭そうに言った。

「全然そんなことないよ、今の水惟の方が元気そうでイケてる。」

芽衣子の言葉に、水惟は「えへへ」と笑った。

(………)


「水惟」

「あ、そうだった。」

水惟に若い男性が話しかけた。ダボっとしたシルエットのシャツに細身のパンツ、髪型はゆるいパーマがかかった明るめの茶色の短め、それに薄く色のついたメガネをかけている。年齢は水惟と同じか少し下くらいだ。

「湖上さん、深山さん、鴫田さん、うちのライターを紹介させていただいてもいいですか?」

「リバースデザインの葦原 啓介あしはら けいすけです。今日は休止前にお店の雰囲気を知っておきたくて来ました。よろしくお願いします。あ、ニックネームはアッシーです♪」

ややチャラい挨拶の後、啓介は三人と名刺を交換した。

「深端グラフィックスの深山です。よろしくお願いします。」

「え、その若さで深端の部長ってすごくないっスか?」

「…いえ、それほどでも。」

「いや〜深山さんは優秀だよ〜!ね、水惟。」

芽衣子が言った。

「え!?……えっと…最近のこと、よく知らないし……ゆ、優秀…なんじゃない?」

急に蒼士へのコメントを求められて水惟は思わず口籠もってしまう。


「今回の仕事って深山さんと水惟が関係修復したから一緒にやるのかと思ってたんだけど、違うんですか?水惟のあの感じ…」

蒼士と二人になったタイミングで芽衣子が聞いた。

「だったら良かったんだけど。」

蒼士が言った。

「ふーん。私二人のことってそんなによく知らないんですけど、深山さんの方から離れたんだと思ってました。それも違うんですか?」

「違わない。」

「…まあとりあえず水惟が元気そうで安心しました。」


水惟と啓介も二人で話していた。

「ねえ、水惟とあの深山って人、なんかあんの?」

「え…」

水惟の表情が固まる。

「わっかりやすいな〜。何、水惟の好きな人?」

「違う…」

「え?じゃあまさかの元彼?イケメンじゃん。」

水惟は首を小さく横に振る。

「……元……夫…なの…」

水惟は小さな声でボソッと言った。

「えぇ〜っ!?」

啓介が驚きの声をあげた。

「ちょっと、アッシー!声大きいよ!」

「水惟ってバツイチなん!?」

「え…知らなかったんだ…」

「知らなかった。水惟って男に免疫無いのかと思ってた。へぇー意外すぎる。つーか、あれが元旦那ってのも意外だな〜。」

啓介が芽衣子と話す蒼士を見ながら言った。

「え…」

「だってスーツでバリバリ仕事できる大人って感じじゃん。水惟と全然タイプ違うよな。」

「……え……あ…だから…上手くいかなかったのかな…」

どことなく表情が暗くなった水惟を見て、啓介はフッと笑った。

「ひょっとしてまだ好き?」

「え!?」

水惟は思わず赤面して首を横に振った。

「ありえない!」

「ふーん…」

啓介は水惟を見下ろすようにニヤニヤと笑っている。

「ちょっとアッシー…!」


(アッシーは何も知らないからそんなこと言えるんだよ…)


——— 結婚なんてしない方が良かった


(………)

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