第6話 理由のわからない別れ
(私たちの離婚は全然きれいな別れじゃなかったと思う)
水惟には当時のはっきりとした記憶が無い。
ただ、蒼士の方から別れを切り出され、始めは絶対に別れたくないと縋りついたのはなんとなく覚えている。
(…ずっと一緒にいようってプロポーズのときは言ってたのに…)
蒼士の両親がどうだったかは覚えていないが、水惟の両親は“家柄があまりにも違っているから”と、離婚は自然な流れだと半ば諦めていた。
——— 申し訳ないけどこれ以上一緒にいられない
——— 深端も辞めてほしい
(あんな風に言ったくせに、一緒に仕事することには抵抗がないわけ?)
(…だいたい…)
(離婚の理由って結局なんだったの?)
一方的に別れを切り出され、説得され、水惟は家庭と仕事を同時に失った。
離婚の際には慰謝料としてマンションを一部屋与えると言われたが、蒼士に与えられた家に住んで思い出し続けるのはごめんだと断った。当面生活していくために最低限の慰謝料は受け取り、仕事はリバースデザインに入れてもらってなんとかなった。
結果的に路頭に迷わずに済んだので憎むほどは恨んではいない。ただ、二度と会いたくない程度には嫌いになった。
(他に好きな人でもできたのかと思ってた。今頃その人と再婚してるのかな…って)
——— いるわけないだろ、そんな相手
(………)
***
「水惟ちゃん、お昼一緒にどお?」
水惟に声をかけたのは洸の妻の蛍だった。
二人は事務所近くのアジア料理店に入った。
「ガパオかな…パッタイもいいなぁ…」
水惟はメニューを見ながらどちらにするか迷っていた。水惟がこの店に来た時は高確率でこの二つのどちらかだ。いつでも来られる店なのに、なぜか毎回真剣に悩んでしまう。
「私もその二つで迷ってたから、両方頼んでシェアしよっか。」
蛍が笑って言った。
「わーい」
(蛍さんてこういうところが本当に優しくて、お姉ちゃんて感じ。)
蛍は洸の二つ下で、落ち着いた性格をしている。水惟よりも背が高く長い髪はゆるくまとめている。いつも笑顔で嫌味なく気を回すのがうまいタイプだ。
「水惟ちゃんはクールそうに見えて食べ物でテンションが上がるところがかわいいよね。」
料理が運ばれてくると、二人は小皿に取り分けながら食べ始めた。
「水惟ちゃん最近蒼士くんと仕事してるんだって?」
———コホッ…
いきなりの蒼士の話題に水惟は小さく
「っすみませ……はい、まぁ…」
「洸に聞いたけど…大丈夫なの?」
蛍が水惟を心配するように言った。
「…正直…会いたくないし、話したくもないけど…まぁ大丈夫です。」
「そっか。良かった。」
蛍は少し安堵したような表情を浮かべた。
「でも…別れる時に“深端を辞めてくれ”って言ったのは向こうなのに…よく一緒に仕事できますよね…」
水惟は4年前を思い出すようにどこを見るでもない表情で言った。
「水惟ちゃん…」
「この前、流れでカフェに行ったんです…あ!もちろん仕事関係だったんですけど…」
「蒼士くんと?」
水惟は頷いた。
「“変わってなくて安心した”みたいな事を言われたりして…なんかそれも…なんていうか…私の環境をガラッと変えた張本人なのに、失礼じゃないですか?」
水惟は愚痴をこぼすように不機嫌そうな声色で言った。
「………」
「蛍さん?」
蛍はハッとした。
「あ、ごめんごめん。そうね…」
蛍はふぅっと息を吐いた。
「水惟ちゃんあのね…」
「はい…?」
「4年前、水惟ちゃんは本当に傷ついたし、それは蒼士くんのせいかもしれないけど…」
「え…?」
「うーんと…なんていうか…」
蛍は言葉を探しているようだ。
「えっと…少なくとも今の蒼士くんは、水惟ちゃんを傷つけたいなんて思ってないと思うよ。」
「言ってる意味がよくわからないです…」
水惟は戸惑いを見せた。
「うーん…難しいなぁ……なんて言えばいいのかな…少なくとも今、蒼士くんは水惟ちゃんの敵、ではないっていうか…でも4年前に水惟ちゃんが傷ついた原因は蒼士くんでもあるのは否定できないしなぁ…」
「…………やっぱりよくわからないです…」
水惟にとってはやはり過去の自分を傷つけたのだから悪者だ。
「だよねー…」
蛍は「ははは」と乾いた笑いを浮かべた。
「とにかく私も洸もみんな、水惟ちゃんが元気でデザインしててくれるのが一番だって思ってるから。無理はしないでね。」
「はい。」
(洸さんと蛍さんはあの人とも仲良しだから…板挟みみたいに感じちゃったかな…)
水惟はランチセットのスープを口にして、気持ちを落ち着けた。
「私、あの人がどうして離婚したがったのか知らないんです…。」
水惟がボソッと言った。
「え?」
「…突然だったって記憶してるんですけど…だから他に好きな人ができて、その人と結婚するために離婚したかったのかなって思ってたんです。それが一番しっくりくる気がしてて…」
「………」
「でもこの前、奥さんも彼女もいないって…」
「浮気じゃなくて安心した?」
蛍に聞かれて、水惟は首をふるふると横に振った。
「…じゃあなんであんなに急に…って…ますますわからなくて…」
水惟は困惑を隠さずに言った。
「そっか…」
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