第4話


 さすがの私も、高三の夏が過ぎた頃には受験に本気にならざるを得なかった。

 親からはいつまでもトロい子だと叱られたけど、その通りなので何も言えない。担任が今からでも合格できる大学を探そうと必死になってくれたので、遠慮なく好意に甘えることにした。


「ああ! もう!!」


「なに」


「……親も学年主任の先生も納得全然してくれない」


「そう」


「なんで分かってくれないかなー」


「そうね」


「聞いてる?」


「返事してるじゃない」


「それもそっか」


 彼女のこの話を初めて聞いてから二ヶ月は経過したけれど、それでも相づちを打つくらいしかできないのだから仕方がない。

 私のような人間じゃなくてもっと参考になる言葉をくれる人に相談すればいいのにと思うけれど、きっとそれはもうした上で私にもしているのだろう。こういうのをなんといったか、確か……。


「藁ね」


「わらね?」


「なんでもないわ」


「分かるんだよぉ? 心配してくれていることもさー! でもやりたいことがあってどうしてもいま行きたいならいま行くべきじゃん」


「そうね」


 やりたいこと。

 私にはあるだろうか。


 考えてみても思いつかない。そうなると、高校生で未来を見据えている彼女はすごいのではないだろうか。それとも、私がトロいのだろうか。まあ、どちらもだろうな。


「なに?」


「べっつにー」


「そう」


 答えの見つからない謎を私が考えても仕方がないと思った矢先に、彼女と目が合った。覗き込んでいるようだったから用を問えばなんでもないと言われてしまう。

 最近の彼女はよくこれをする。何が楽しいのか分からない。分からないけれど、楽しそうな彼女を見ることは嬉しいので良しとしている。


「ところで、これはどうやって解けばいいのかしら」


「これはねー」


 この頃になると、私に勉強を教えることに匙を投げていなかったのは、担任と彼女くらいのものだった。



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