第94話 「陰謀の共有と椎名さんとの和解」
「椎名さん?」
彼女が電話してくるなんて珍しいな。
最近は事務連絡くらいしかなかったのに。
「はい」
電話に出てみれば秋月さんのことで話したいとのことで、どうやらすでに家の近くにいるらしい。
10分ほどして椎名さんは家にきた。
外はまだ雨が降っているからか、髪の先端は少し湿気を帯びている。
九頭竜の時にはひどい顔をしていたけど、今は顔色は少しはよくなっていた。
目元はまだ疲れているっぽいけど。
みんなが集まるリビングに彼女も座る。
「それで秋月さんのことでお話したいことがあるっていうお話でしたけど」
「ええそうです。秋月様が許嫁を抜ける、というような話になっているのはご存じですよね?」
「ええGW後にはこの家を出ていく、ということは」
「そうです。ただこれが少し変則的な事情があって、それにまだ確定ではありません」
変則的な理由?
「本来許嫁でない人間がいつまでも許嫁制度の家にいる。……退去するまでに1週間近くも猶予がある、っていうのはおかしな話だとおもいませんか? しかも自分から辞める、と言っている人間に対してです」
言われてみればそうなのかもしれない。
俺らは秋月さんにそうだった、と言われたからそのまま信じたわけだけど。
「なにか、理由があるんですか?」
「ええ。端的に言うと白石さんが言ったからです」
「白石さんが……?」
ここで白石さん?
「秋月様が私に許嫁をやめる、と話した後すぐに白石さんから連絡がございました。……あぁ説明しておりませんでしたが白石さんと秋月様の関係は実は──」
「──秋月さんのメンターだったんですよね?」
「それを知っているなら話が早いです」
目にかかった前髪を耳にかけて話しだす。
「メンターの白石より、許嫁破棄の事務処理をするのはGW明けにしてくれないか、という連絡がありました」
「なぜ彼女はそんなことを?」
「理由は特に言っておりませんでした。ただ白石さん曰く秋月様の精神がちょっと乱れているだけだろうからって。一週間あれば問題は解決するからって、そう話しておりました」
1週間……つまりはGWが終わるまでには問題が解決する、っていうことか?
どういうことなんだろう?何がやりたいのかさっぱりわからない。
「ただもう一つ言われたのがデータとしては許嫁破棄予定であることだけは書いておいていいって言われたんです」
許嫁破棄予定にしておく?
なんだ、何をしたいのかがさっぱりわからないんだけど。
その一週間という時間がいったい何になるっていうんだろう。
「ただ我々は行政機関なのでシステムとしては通常の営業時間通りに動かします。なので白石さんに言われたことは問題ないといえば問題ないんですが……」
事務処理自体は問題ないらしい。
「なぜそんな余計な手間をするのか分からないってことですよね?」
「ええ」
困り顔の椎名さん。
訳が分からないな本当に。許嫁破棄の予定を伸ばしていた?
「それで武田様にお伺いしたかったのは秋月様の件、どういたしましょう。書類上は許嫁から秋月様を最終的には破棄するのは変わりありませんが、即日にするか白石さんの言う通り1週間後にするかどちらにいたしましょうか……どちらにするにしても許可はいりますので本日はそれを伺いたくて来たわけです。」
俺の許可はいるわけか。そりゃそうだ。
「……秋月さんを許嫁のままにしておく、っていうのはできないんですよね?」
そうしておけば仮に白石さんがこのまま戻ってこなくても、秋月さんの居場所を作っておくことはできる。
それが完全に余計なお世話だとしても行くところは確保しておける。
「それはさすがに両者の同意がなければ無理です。秋月様には私からも連絡頂いた際に何度も確認いたしましたが、【許嫁は申し訳ないが辞退する、私にはふさわしくない】とおっしゃっていたのでその意思を無視するわけにはいきません」
ふさわしくない、かぁ。
きっと意味は違うけど二股状態に図らずしもなっていたというのがよくなかった、ってことを言いたかったんだろうな。
「そうですか、なら1週間後に破棄、としてもらえたらいいです」
「それは……いいんですか?」
何がだろう。
「秋月様はあくまでご自身でやめられるわけです。武田様としてはお怒りになってもおかしくないのでは?それこそ今すぐにでも縁なんて切るべきだ、と思ってもおかしくないのでは、と思いまして」
あーなるほど。だから少しビビってたのか椎名さんは。
九頭竜の時に起こってたのも見てるしね。
確かに俺が何も知らず秋月さんに裏切られた、とか思ってたら怒るかもしれない。
ただ現実問題、俺は秋月さんの事情を知っちゃってるし、なんなら時系列としては白石さんがメンターだったとはいえ俺が間男みたいな立ち位置になってしまったのも知っている。
それに今の状況も。
そのうえで秋月さんを怒る気に何て到底なれやしない。
怒るとしたらこんな状況をつくった誰かもわからない人間と、なにをしたいか分からない白石さんに対してであって。
「別に怒りませんよ、事情を知っていますしね」
「そうですか……やはり武田様は普通の男性とは違うようですね」
「別に俺は普通だと思いますけどね」
「……人間そんなできた人ばかりじゃないんですよ」
そんなことを言うが俺もできた人間ではないけどな。
「秋月様の件は承知いたしました。1週間後に許嫁破棄、ということにしておきますね」
逆に考えたら1週間後までは許嫁である、っていうことだ。
「宝生様と橘様もそれで問題はないでしょうか?異論があるなら言っていただいて問題ございませんが」
「異論なんてないよー」
「私もありません」
「そうですか承知いたしました。……しかしあれですね」
椎名さんが手元のタブレットに入力するのをやめて、俺ら全員を見る。
「不謹慎だとは思いますが、最初こそどうなるかと思いました皆さまでしたが……まぁ一人の脱退者は出てしまいましたが皆さんが普通に会話されていて私としては一安心でございます」
椎名さんが少しだけ笑った。
その笑顔は最初にみせた少しおちゃらけた感じの笑みだった。
「椎名さんはもう少し肩の力抜いたら?別に俺とかももう怒ってないよ?」
びくっと肩を震わせる椎名さん。
やっぱり肩肘を張ってたらしい。
「私も特に何も思っていません、あの件はこういってはあれですけど椎名さん一人でどうこうできるレベルのことじゃなかったです」
最初は灰崎がグループの力を使っていたと思っていたがそれを隠れ蓑にしたユーチャリスという組織が動いていた疑惑もある。
一介の職員でしかない椎名さんに灰崎グループでさえ荷が重いというのにその件以降なんて完全に手が余ってる。
どうしようもないというのが、本音だろう。
「宝生家としてもあなたが許嫁機関では優秀だというのは知っております。あなたがコネとかではなく実力で入った人間だということも。なのでこれから期待してます」
紗耶香さんが慈愛のような笑みを浮かべた。
九頭竜の件で一番の被害者はやはり宝生さんだろう、そんな彼女にそういわれたら……
「はいありがとございます!!」
頭を目いっぱい下げる椎名さん。
「口調も前みたくしてくれていいよ、そっちの方が話やすいし」
「で、ですが」
「これ俺らからのお願いだから」
「最初の砕けた感じの方が話安いよー」
「そうですね、あれで緊張感が解けた気がします」
それは違うかもしれないけどね。
俺は緊張感取れなかったけどね最初のお見合いの時は。
「わ、わっかりましたー!……こんな感じだったかな?」
本調子に戻るのはもう少し時間がかかりそうだね。
「あ、後これは秋月様の件に関して言えば些細なことなのですが、秋月様の許嫁破棄に関しまして白石さんからメンターを辞退すると同時に連絡がありました」
「メンターをやめる?」
「はい、【許嫁制度を莉緒にきちんと続けさせられなかった私が仕事を満了するわけにはいかないから、ここでやめるわ。大丈夫秋月莉緒の件はちゃんと解決するから】とのことでした」
問題を解決するのにメンターはやめている?どういうことだ?
というか秋月さんの件が解決って、どういう意味?
ただ白石さんはメンターをやめているこれは確定な事実だ。まぁこれは手紙とかを置いてるしやめているのは納得なんだけど。
うーんやっぱり行動が一致しない、違和感がぬぐえない。
「なんからしくないんですよね?白石さん。白石さんなら秋月様が許嫁を辞めないようにコントロールくらいできそうなものなんですけど」
椎名さんも首をかしげる。
「まぁ秋月さんの辞めた理由は白石さんと好きだから、なので彼女がコントロールできないのは変じゃないですよ」
「え?」
椎名さんの顔が固まった。
そこで気付く。
あ、これ知らんかったやつや。
「……なんなら二人付き合ってましたよ」
「えぇ?」
ぽかんと口を開けて固まってしまった。
「……てことは駆け落ち?」
「……だったら話は早いんですけどねぇ」
それだったらおめでとう、ですんだ話なのに。
駆け落ちでおめでとうは変か。
「今までのことを説明しますね」
「え、いいんですか?」
紗耶香さんが説明するのに待ったをかける。
いかんせんどこまで椎名さんが信用できるかは何とも言えない。
「大丈夫です、この人は優秀で上がってきただけの人です。あの後念入りに宝生家の調査も入ってます」
念入りに、か。
「私調査されてたんだ……」
そこから紗耶香さんが要所要所説明を加えていく。
「何かしてほしい、というわけではありません。ただそういう組織があるかもしれない、ということだけ。今は知っているということがメリットなので」
敵もまだ俺らに対する警戒はしていないはずだから。
「私が怒られる要因になったところ……許せない!けど何もしません今は!」
椎名さんもいい返事をしてる。まるで紗耶香さんの部下みたい。
まぁ椎名さんのおかげで気分は少し明るくなったけど状態としてはなにも改善してない。
「あと最後に今後の予定を。このままいけば秋月さんは許嫁を破棄になります、その後別の候補が追加されます、時期がいつになるかは不明ですが追加されるのは決まっております。なのでそれだけは覚えておいてください」
これは秋月さんが前言ってた通りだよね。ただ今すぐどうにかできるわけじゃない。
「わかりました」
秋月さんとはあと1週間は許嫁のわけで。彼女の言葉を借りるなら1週間は他人じゃないわけだ。
なら1週間の間にかかわりがあるうちにせめて秋月さんの状態を改善しないと。
今の状態じゃさすがに不安すぎる、そのうち自殺とかを図ってもおかしくない。
「今は秋月さんの精神面のフォローをしないとですね」
紗耶香さんの意見に俺もうなずく。
今はそれしかない。ただ俺らができるのはあくまで対症療法。根本的になんとかできるのは白石さんしかいないだろう。
そうこの時は思っていた。
しかし同時にこのまま何もない、なんてことをあの食えない人がするだろうか、いやそんなはずはないよなと心の中でそう思ってもいた。
予想通りというか、事態が動いたのは2日後だった。
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また来週!
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