第93話 「陰謀の気配」


 服を着替えて、リビングに着いた頃には全員がそろっていた。

 紗耶香さんに黒川さん、それに橘さんまで。

 今家にいる全員が集まっていた。


 「秋月さんと会ったんだってー?どうだった?」


 なんで橘さんもう知ってるの?さすがに情報回るの早くない?


 「すいません、電話に最初に出たのは橘様だったので」


 俺の疑問に気付いたのかすぐに花咲凛さんが教えてくれる。

 なるほどなるほど。


 「うん会ったよー」


 内心を悟られないように笑顔で答える。

 

 「それでどうだった?」


 なんて答えるか一瞬思案する。

 

 秋月さんと話をした感じ、他の許嫁の人に言ってほしくないっていうのは言葉の端々からうかがえた。

 既に許嫁でもない自分のことに巻き込みたくないし心配もかけたくない、って気持ちが。

 それに言わなかったけど大人としてのプライドとかもあるだろう。

 今後も教師として秋月さんは俺たちとも関わるわけだし。


 ってなるとここはお茶を濁すのが正解か?

 

 「うん白石さんには会えたよ、秋月さんもラインで言っていた通り深酒をしすぎちゃっただけっぽいね。白石さんの体調も土気色で悪そうだったし、シャワーだけ借りてさっさと退散してきたって感じかな?」


 「そっかそっか」

 

 橘さんも俺の言葉に納得したのか顔を見て笑顔を浮かべ……


 「嘘だよね」


 「え?」


 橘さんはあっさりと俺の嘘を看破してきた。


 「分かるよそれ位、嘘ついてることくらい」


 「……う、嘘なんて」


 「口調表情視線仕草。そんなので意外とわかるもんだよー?……まぁキョウ君はわかりにくい方だけど」


 それでもわかる、と橘さんは視線はいつの間にか天井を向いていた。

 なにか遠くのものに思いを馳せるかのように、じーっと。


 「……私が電話した時先生の声、若干鼻声っぽかったし。なにより声に喜色がなかったんだよね。私ね声の抑で感情がわかるんだ。少なくとも先生の第一声は間違いなく無理して作ったものだったよ。おかしいよねーせっかく恋人が見つかったんだよ? 安堵の声くらいあってもおかしくないだけどなぜか緊張してたんだー……まるで何か隠すみたいに。それに帰ってきた時のキョウ君の反応」


 よく見てるね橘さんは。

 理路整然と自分の所感からくる推論を並べていく。


 「多分何か良くないことが起きてたんだよねー?」


 何が起きてるかまではわかっていないらしい。

 でも俺が嘘をついていることは確信してるそんなところか。


 「キョウ君……私嘘は嫌いだよー」


 真実を言え、と。


 彼女の目に光はなかった。深い色をしてた。

 飲み込まれそうな黒。

 思わず気圧されるほどに暗い色。


 「……まぁ二人とも私たちに余計な気を使わせないように嘘をついたんだろうけどさ、嘘のアドバイスするなら話し過ぎだよ二人とも。やましいことがあるからって聞いてもないことをペラペラと話しちゃだめだよ? 嘘をつくならもっとうまくやんないとさー?」


 上手く、ね。

 思わず苦笑する。


 紗耶香さんをみても橘さんの意見に異論はないらしく頷いている。

 彼女も俺の嘘には気づいたらしい。


 「はぁ……そんなに嘘は下手じゃないつもりなんだけどな」


 ここまで見抜かれるとは思わなかった。


 「観念したー?女の子の感は鋭いんだよー?」


 いつもの悪戯っぽい笑顔を浮かべる橘さん。

 さっきまでとのギャップで風邪でも引きそうだ。


 「観念するよ、うん」


 両手をあげて降参のポーズをとる。

 この場にいる全員にさっきまで起きてたことを話す。


 白石さんがいなかったこと。

 部屋が新品のようにきれいになっていたこと。

 置手紙が残されてたこと。


 そして……


 「秋月さんはかなりショックを受けてた……ね」


 さすがにそこはオブラートに包んでおいたけど。

 茫然自失として半狂乱になった、なんてさすがに言わない方がいいだろう。


 「そうですか……私も愛してなどはいませんでしたが高遠に裏切られた時、傷ついた思いがあります。それもましてや自分が世界で一番大事だと思ってた人に、愛した人に裏切られたとしたらその時の感情は……想像を絶しますね」


 「私は裏切られた経験とかないから、思いがわかってあげられるとかは言わないけど、でもひどくつらいんだろうなってのは想像できるよ」


 女性陣はみな悲痛そうな表情を浮かべている。

 一瞬静寂が訪れる。


 今も一人白石さんの部屋でいる秋月さんについて皆が考えていた。


 「それでも秋月さんは帰ってこない、といってたんですよね?」


 「うん」


 「……もしかしたら待ってるのかもしれないですね、ひょっこりと白石さんが帰ってくることを。そんな夢にも似たようなことを」


 夢みたいなこと、か。

 秋月さんは今なにを思ってるんだろう。白石さんと二人で笑いあったことだろうかそれとも料理でも食べたことか。

 でもそんな日々はもうない。


 「……それでキョウ君はどう考えているの?」


 何時までも自分たちが悲嘆に暮れていてもしょうがない、なぜこうなったのか考えるために、橘さんが話を切り出した。


 「なにかある、とは考えてる。どうしても秋月さんの親バレと白石さん失踪、何かが関係があるんじゃないかと思ってしまう。それくらい時系列が近すぎる」


 これで全部がたまたまです、なんていう方が無理ある話だ。

 

 「普通にそのまま考えてみるとー、遊びだった白石さんが秋月さんの親にバレて絶縁しようとしてまで自分との関係を続けようとする秋月さんを重くなって捨てた、とか?」


 手紙とかをつなげればそうなる。そうなるけど……

 

 「そんな人に白石さんは見えなかったけど」


 そんなクズには。それにそんな下手を打つようには見えない、やるならもっと綺麗な別れ方をしそうな気がする。後腐れない方法で。


 「分からないよ?人間なんて表と裏の顔があるのあるのなんて当然だしさー」


 橘さんの言いたいこともわかる、分かるけどそんなことをするのは白石さんのイメージとはどうしても考えづらい。


 「それに別れるとしてもなんでこのタイミングなんだろう?別に重いと感じてるのなら親バレする前でもいいと思うんだよ」


 「あれじゃない?遊びで付き合ったけど重いなーって思ってたらキョウ君と付き合うのを知って男を得られるチャンスだから付き合い続けた、とかじゃない?それだったら許嫁を破棄したっていうのにも繋がるしー」


 俺も道中で同じような考えてたけど、そんなことを考える人があんな優しそうな顔をするだろうか?

 秋月さんを利用しようとする人が。

 それに俺の心象以外にも違うと言えることがもう一つ。さっき花咲凛さんが言ってたこと。


 「その説は違いますよ、少なくとも彼女が遊びで付き合った、ていうのは違います」


 「違うっていうのはー?」


 花咲凛さんの指摘に橘さんが聞き返す。


 「白石さんはNAZ機関の協力者でした。そして白石さんの目的は秋月さんのメンターです。恭弥様とのハーレム制度が上手くいくように、というのが主な目的です。なので付き合ったとしても何か目的があってで遊びではないです」


 「……つきあった目的ってー?」


 「……こないだ秋月さんが話していましたよね、先生は白石さんに会うまで人を好きになったことがないって」


 橘さんの疑問に答えたのは紗耶香さんだった。

 そういえば言ってたなそんなことを、秋月さんが幸せそうに馴れ初めを語っていたときに。


 「秋月さんが許嫁に選ばれたのは恭弥さんの遺伝子との適正とそれに家柄もあるはずです。ですが選んだはいいもののNAZ機関から見たらその当時の秋月先生の状況では男性に苦手意識をもって、そもそも恋愛をするとは思えなかった。だからメンターを介して人を好きになる感覚をつかませた。というのです。……本来ならばそうだったんじゃないでしょうか」


 「白石さんは恋愛の練習相手だった、ってこと?」


 その考えもないとは言い切れない、言い切れないけど。


 「だとしてもメンターの白石さんが別に付き合うまでの必要はないんじゃないかな?人を好きになるってことをポジティブに伝えるだけならほかにやりようはありそうだけど」


 筋が通ってなくないけど釈然としない。


 計算高いことは莉緒にはできないって白石さんは言ってた。

 悪い女は自分だ、とも。


 でも本当に悪い人ならそんなこと言わないだろう。

 何か違和感みたいなものがある。


 「……でも現状秋月さんは白石さんを理由に許嫁をやめちゃってるじゃん?メンターとして考えるならキョウ君との話が出来た段階で練習相手としては別れるべきじゃない?結局その際で許嫁として失敗してるしさー?……結局何がしたかったのって話だよこれじゃ」


 そうなのだ。ちぐはぐさがどうしても否めない。

 付き合ったばかりにメンターの仕事も失敗している。

 白石さんの行動に一貫性がない。


 「ひっかきまわすだけひっかきまわして許嫁をやめさせた、だけになっちゃってるじゃん」


 「それに誰が写真を親に送ったかも謎のままだよね。今までの話だと白石さんが送ったみたいだけど正直それをする意味がない」


 橘さんの言葉に俺もうなずく。

 わからないことだらけだった。


 「本来のメンターであればそうなります、ただここに一つ情報付け加えるとそれも推論が立つのです」


 紗耶香さんがそう切り出す。それに花咲里さんもうなずいている。


 「どんな情報?」

 

 「白石さんの目的が秋月さんを正式に許嫁にして、その後破談させ男性の評判を貶める、という一連の行動を目的とした場合です」


 「うん?」


 なんでそんなことを?


 「白石先生は先ほど花咲凛さんが言ったようにNAZ機関のメンターでした。しかし同時に【ユーチャリス】という組織のメンバーだったかもしれない、という疑惑があるのです」


 「……ゆ、ユーチャリス?」


 初めて聞いた単語に困惑する俺と橘さん。

 一方話始めた紗耶香さんをはじめと黒川さん花咲凛さんが険しい顔をしてる。


 「ユーチャリス、思想としては女性至上主義みたいな感じです。そういう思想をもったメンバーがNAZ機関の中にはいるらしいです」


 ……そういえばさっき花咲凛さんも言っていたな。NAZ機関にもいろいろな人間がいる。さっき言ってたのはこのことか。


 「どんな活動をしているかなにもわからないのです。ただそういう組織があるとだけ。……なにいう私が知ったのも元NAZ機関の女性、灰崎から聞きだしたからですし」


 灰崎ってあの九頭龍事件のだよな。


 「ってことはそのユーチャリスっていうのがこないだの九頭竜、高遠の件にも絡んでたってこと?」


 俺らが知らないだけですでに関わっていたということか。


 「今は裏にいた可能性があるとだけただそうでもなければ灰崎家程度が宝生家に牙をむくとは思えないんですよ、後ろにバックでもいないと」


 九頭竜事件の裏にそんなことがあるのはわかった。わかったけど。


 「それで結局そのゆーちゃりす?っていうのは何をしたいのー?」


 橘さんの単純な疑問。俺もそれは聞きたかった。


 「目的だけはわかっています。活動目的は男性に頼らない女性のみの社会、だったはずです」


 男性に頼らない社会?


 「……それNAZ機関が推進していることと真逆のこと言ってない?そのユーチャリスがNAZ機関に入る意味なくない?」


 NAZ機関は男性を一夫多妻を実現して人口を増やし国を栄えさせること、だ。

 ユーチャリスの目的と一致していないように思える。


 「それも謎です、ただNAZ機関の上層部にもそんな世迷言を信じている人がいるらしいです。誰かはわかっておりませんが」


 きな臭い話になってきた。

 真逆の思想を持った人間がいる……いや逆に考えられば動き出した計画をとん挫させるためか?

 

 「そのユーチャリスが白石さんとつながっていたってこと?」


 「ええ。今考えられるのはユーチャリスが白石さんを通して秋月さんを恋愛できるようにして許嫁制度に入れ、その後無事恭弥さんの許嫁になったタイミングの今、許嫁を破棄する、そうすれば秋月さんという許嫁を維持できなかった恭弥さんの、連立するように男性事態の評判は落ち、ひいては許嫁制度の存亡にも関わっていく、みたいな感じです。」


 ……そんな陰謀みたいな突拍子もない話本当にあり得るか?


「あり得ますよ、ただでさえ私たちの許嫁制度は注目されていますから」


 そうだったんだのか。

だとしても……


「あまりにも遠回り過ぎない?」


 それに俺一人の許嫁制度がそんな大きな事とは思えない。


 「ストーリーとしては秋月さんの件は二の矢だったんでしょう。本来は私が許嫁を破棄され、2番目が秋月さんだった。2人同時に許嫁破棄だとしたら武田さんのイメージはよくないでしょう? それに許嫁制度自体、世間からの視線は厳しいままです。九頭竜たちの件もあり男性に対する視線も厳しくより冷ややかになってます。制度が始まって数年。このタイミングで財閥の我が家宝生家と、名家の秋月家を男性が振ったとなれば。男性の立場はより落ちます。ユーチャリスの本来の計画ならば、ですが」


 1連の件にはストーリーがあったってことか?


 「……ということはユーチャリスは許嫁制度自体をつぶしたい?」


 「その可能性が高いですただ…………」


 ただ?


 「これだと写真について解決していないんですよ、それに白石さんが別れるにしてもこんなに性急にする必要もない。恭弥さんの許嫁制度の件を公表して火をつけてから消えればいいわけですから。現状はまだ仕事が済んでいないということにあります」


 その考えで行くなら白石さんは中途半端な状態で消えたことになる。

 まだなにかある気がするな、足りていない何かが。


 「白石さんが急に別れてしまったせいで秋月さんに武田さんのもとに戻る猶予が出来てしまってますし……実際は戻っていないですけど。それも不確実です、確実を求めるなら別れるべきじゃない」


 やっぱりちぐはぐだ。


 「……いずれにしてもユーチャリスが関わっている可能性は高いです」


 ……室内に重い空気がよどむ。思わぬ話になってきた。


 「なにそれ、じゃあ……先生は、先生は勝手にユーチャリスの手のひらで転がされてただけってことじゃん!!」


 橘さんが憤る気持ちもわかる俺も内心は同じ気持ちだ。

 人の気持ちをなんだと思ってるのだろうか。


「…………ッ」

 

 敵ならばつぶす。それは決まってる決まっているけど……。

 ただそんな組織に何をすればいいのか取っ掛りが分からなかった。敵は影も形も見せていない。


 今できることは秋月さんの様子を見て、白石さんを探してみる、それくらいしかできそうなことはなかった。

 他に何か……

 

 そう考えるために視線を落とすと、スマホに着信があるのが見えた。


 名前は……


 「椎名さん?」


 電話してくるなんて珍しい。

 このタイミングでかけてくるなんてなにかあったとしか思えなかった。


 ───────────

 やっと敵について出せた!長かった……。


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