第90話 「秋月莉緒の事情ー出会いと別れ」SIDE女教師
「ええ警戒よ。無償の善意なんてないと思っていたし今も思っているわ」
そう親に育てられてきた、物事は等価交換だと。
無料ほど怖いものはないと。
「裏があるって思ってた、でも彩香はそれから何も言ってこなかった要求もしてこなかった。しびれを切らして、彩香が懲りずにまだご飯も誘ってくれてたから初めて行ったのよ。まぁ誘った本人も【まさか本当に来てくれるとは思ってなかったわー】って言ってたけど」
当然よね、2か月くらい断り続けていたんだから。
「そのご飯の時にね聞いたのよ、なぜ私を助けたのかって。別に助ける必要もなく手柄を言うわけでもないのに、なんでそんな無駄なことをって。いやな態度をとっていた私を助けたのって」
「白石さんはなんていったんですか?」
あの時の言葉は一言一句覚えている。
「彼女は笑いながらいったわ。【死にかけの猫がいるのに、それをわかってるのに助けない人なんていないでしょう?いくら虚勢を張っていて噛まれたとしてもそんなもの気にせず助けるでしょ】って。人を死にかけの猫って表現したのよ彩香は」
しかも腹立たしいのがそれが的を射ているということなんだけど。
あの時の私は精一杯毛を逆立てた猫だった。
「それにこうも付け加えていたわ、【メリットは私にだってあったわ、こうして同僚のあなたとご飯を食べることができるようになった、それがメリット。ずっと仲良くしたいと思ってたの二人きりの同期だしね……まぁあんな経験は二度とごめんだけど】ってね」
あんなデスマーチみたいなのは私も二度とごめんだけど。
でもきっと。
「そうは言っても、彩香は同じような状況にまたなったら同じように助けるんでしょうね」
「それで白石先生と付き合うようになった、そういうことですか?素敵なお話です」
「……っていうわけじゃないのよねこれが。あくまでその段階では好きになりうるきっかけくらいじゃないかしら今思えばだけど。でも当時の私は自覚していなかった。そもそも私は人を好きになるていうのが分からなかったから」
そんな感覚がなかった、どきどきするとかそういうのが。
男性は父のせいで恋愛対象だなんて見れなくて、消極的に女性が性欲の対象にならざるえなかったというだけ。
「ただ仲良くはなったわご飯とかも行くようになったしね、徐々に徐々に彩香が何しているかなーって思ってみたりそんな風に思ってた」
「なんかアオハルって感じがするねー」
キラキラとした目の橘さん。アオハルなんてそんなきれいな関係じゃないけどね。
「それで同僚として二人で飲んでいた時ににね?【女性同士が最近増えてる】みたいな話をしてたわけ」
「わ、いきなり大人だ」
アオハルじゃなくてごめんなさいね。
「それで私も酔っていたから覚えてないんだけど、なんか【じゃあ試してみる?】って話になったらしくて……気づいたら朝だったわ」
「大人すぎるぅぅ」
「それでなし崩し的に付き合うことになったんだけど、好きだと理解できたのはゆっくりと付き合っていくうちに知れたわ。私が嫉妬するみたいな感情があるのも」
彩香の苦手なこととか好きなこととか、意外に茶目っ気が強いところとか、急に達観したような顔になるところとかを知った。
自分の知らなかった感情も知れた。
「私は彩香に出会って色々知れた、そしてこれからも二人でいろいろと知っていきたい、そう思ってるの。だから前も言ったけど私は許嫁制度を抜けることにするわ」
たとえ親と別れることになったとしても、私は私の道を行く。
親の言うことも間違っていないのは知っている、でも親の言う道ではつぶれてたのもそうだから。
だからこの道を行く。
「秋月先生が後悔しないように生きるのが私もいいと思います、だって先生の人生なんですから」
「同じ許嫁じゃなくなるのは残念だけどね~、でもそうすべきだと私も思うかな?」
「俺も二人で幸せになられたらいいと思います。俺らのことは気にしないでください、そもそも俺らは何も始まってすらいなかったですし」
「そうね、何も始まらなかったわねー」
「先生とキョウ君は本当に何も起きなかったね……本当に会話した?」
「数えられるくらいかもしれませんね?」
初めて武田君がブラックジョークを私の前で言ったわね。
暖かなというにはちょっとあれだけどそんな会話を続ける。
「でも白石先生に興味持っちゃったなぁ私」
「また会いに来たら?私たちはいなくなるわけじゃないし、武田君が嫉妬とかしないなら、だけど」
「秋月さんこそ俺が行ったら俺に嫉妬しちゃうんじゃないですか?」
急に生意気になった気が擦るのは気のせいかしら?
でもこれもきっともう過去の話だ、と彼はいいたいんだろう。
やっぱり悪い人じゃないのはね、わかってたことだけど認められなかった。
「確かにしちゃうかもしれないから、武田君は来ないで頂戴」
「それは困るな白石さんの料理美味しいから」
「気絶するくらいにね?」
「気絶はだめだよキョウ君」
あはは、と全員が笑う。
「……それにしてもいい話だったけど、その主幹の先生だけは釈然としないなー」
ひとしきり笑ったあと橘さんがぽつりと漏らした。
「そうね、でも彼女がああいうことをしなかったら私と彩香が仲良くなるひいては付き合うことすら出来なかったからね」
「まぁそうだけどさ、やっぱり先生は大人だよ」
大人、か。
「まぁそう考えられるようになったのは今だからだけどね、当時は二人してむかついてたわ。終わったあとお酒の力と疲労でおかしなテンションになって、大人になり切れなくてだからちょっとした贈り物をしたのよ」
「贈り物?」
「ええ、体育祭が盛り上がっている様子の何枚かの写真と、メッセージを送ったの」
「なんてかいたんですかー?」
「【先生のおかげで大変盛況で過去一素晴らしい体育祭にできました、これもすべて準備をしてくださった先生のおかげです、ありがとうございました】みたいなことを書いたわ」
ふふっとくすりと笑う。
「返事はあったんです?」
「なかったわ、あっても困るけどね」
ただ皮肉を書いただけなんだから。
全員がそれを契機に嫌いなこととか恋愛話とか話に華が咲く。
皮肉なものだ、全員が笑いあえるようになったのが、私が抜ける瞬間だとは。
……人生出会いと別れがあるものだから、それも永遠の別れでもない。
私たちは同じ町に住んでいるわけだし。また会える。
みんなもそれがわかっているから話は長く続いた。
話終わったころには深夜になっていた。
でも私のスマホはまだ鳴らない。
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来週更新できるか分からないので今週は3話投稿でした
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