第89話 「秋月莉緒の事情──二人の馴れ初め」SIDE女教師
「ちょうど2年前ね、私と彩香は同じ年に今の学校に赴任したの、私は新卒で彼女は院行ってたから年上だったけど同僚として」
最初は、穏やかな笑みを浮かべてそれでいておっとりとして誰にでも好かれそうな彩香の感じが私は苦手だった。
苦手、いえなんなら
「嫌いだった、が正しいわね。物事を杓子定規にしか考えられなかった私にとって、彩香とは相性がお世辞にもいいとは言えなかった」
正反対の私たち。
誰にでも好かれる彩香と、人との付き合い方もわからない私。
それに父と母の関係もあってそもそも男性という生き物も嫌いだった。
友達も習い事なんかで制限されてろくにできなくて、正直人を好きになる、という感情がわからなかった。知らなかった。
「そんなんだったから最初はあまり職場に馴染めてはいなかったのよ」
「──確かに私が入学したての頃って先生今よりももっと厳格で冗談とかも言わずに、肩ひじ張るみたいなイメージだったよねー」
「生徒からもそう見られていたわよねやっぱり、教員もそうだったみたいだし。でも彩香はそんな私をご飯とかに何度も誘ってくれたりしたのよね……まぁ断ってたんだけど」
どうしてなのか、そんな目を彼らはしてた。
理由なんて特にない。まぁあるとすれば、
「なんで職場でそんなことをしなくちゃいけないのか分からなかったの。正しくあれば、人間関係なんてなくても、物事をちゃんとすれば問題ない、って思っていたから。……まだ学生気分が抜けなかったのよね」
仕事は仕事、って考えだった。
それと同時に正しくあろうとした。
今振り返るとあの頃はなんとなしに自分自身で息苦しくしていた気がする。
「ただそんなんじゃ問題ももちろん起きるわよね。だって社会に出ているんだもの、協調性がないと仕事なんてやっていけない」
それにはみんなも納得なのか、うんうん、と聞いている。
この子たちには私みたいな失敗をしないでほしいわね、しないかな?賢い子たちだから。
「そんなときに……そうねちょうど今頃かしら、担任を持ちながら校内の体育祭の行事の補佐を任されることになったの、私は補佐として任された仕事をちゃんとこなしていたんだけど」
いま思えばもっと積極的に関わるべきだったんだろう。
そしたらあそこまで混乱することもなかった。
「急に主幹をしていた先生が妊娠したとか言って、ろくに引き継ぎもしないままやめちゃってね?そのまま私が主幹をやることになっちゃったの」
何も経験したこともないままにやることになったときは不安しかなかった。
でもなんとか自分を奮い立たせた。
「他の先生とかがやることにならなかったんですか?」
「校長先生もね私の為にも経験をつませることは良いんじゃないのか、ってことで私になったのよ。もちろん他の人も頼ってくれればいい、とは言ってたんだけど。私も不安ではあったけど、やれない、なんて言えなかった。私これでも学校とかでは成績とかもトップだったから、調整位だしいけると思っていた」
甘かったんだけど
まぁ実際キャパオーバーだったんだけど。
でもできると思ってた、ある程度準備は進めているはずだしスケジュールとかを調整するものだけだと。
「その言い方だとなにかあったんですか?」
「主幹の先生が辞めてわかったことなんだけど、私に送られている工程表と実際に出来上がっている工程表が全然ちがったのよ」
いや違うなんてもんじゃなかった。
「正しくはほとんど何もしていなかった、って感じだったわね」
「え?」
「主幹の先生の中ではもうやめるって思ってからどうでもよかったんでしょうね、それに後から知ったんだけど私その先生に嫌われていたらしいから。だから何もしていなかったんじゃないかな計画も無駄に早大にしてたし」
「そんなひどい……」
「あの先生やっぱりかぁ、なんか笑っているけど目が笑っていない感じしたんだよねー」
そっか橘さんはしってるもんね、急に妊娠して辞めた先生なんて去年一人しかいないし。
「それが発覚したのが体育祭の2週間前でね。もう大慌てよ。ただタイミングもかなり悪くて、それを相談しようにも他の先生たちもみんな数日後に控えた中間テストで手いっぱいでね、私を手伝うようなそんな余裕はなかった」
「それはなんというか……」
正直もう破綻しかかっていた。
事前準備も何もできていなくて、フローもできていない。
そんななか私もテストとかも作成しなきゃいけないし、普段の担任の業務もある。
「私も人に頼るみたいなこともできなかったから、とりあえずは過去の資料を見ながら機材のレンタルとかやっていたのよね、ただどうしても手探りだし時間もかかってね。3徹したくらいのころかな? 彩香と会う機会があってね、彼女もちょっとッ体際際のことで確認したいことがあったらしくて私の所に来たんだけど……」
あの時はなんというかミスったなと思った。
もっと厚化粧しておくべきだった、と。いやそれでもむりだったかもしれないけど。
「部屋に入ってきた瞬間の彩香の第一声が、【何日寝てないの?】って言われてね、すぐにばれたわけ」
あの時の彩香の目は怖かった。
いつもみたいに穏やかに笑ってるはずなのに目が全く笑ってなかった。
「3日って答えると、すぐに寝るように彩香は促してきた。でもねそれを私は拒否したの」
「どうしてですか?」
「私の責任でやらなきゃいけないって思ってたからね、寝てる余裕なんてなかった」
「でもそれはなんというか非効率というか」
「宝生さんの言う通りよ、完全に非効率。今ならわかるわでもきっとあの頃はそんなことすらもわからないほどに追い詰められていた」
余裕が完全になくなっていた。
「彩香は私の前に座ってね、理路整然とそしてゆっくりと話しかけてきたの、睡眠がなぜ大事であるかってね。手は動かしたままでいいから聞いてってね」
叱るような感じじゃなくてあくまで諭すようなそんな喋り方。ああいうのができる彩香は保険医に向いているんだと思う。
それが彩香の思うつぼだとも知らずに。
「ゆっくりと眠気を誘うような話し方だった、それにいつの間にか彼女はリラックスミュージックみたいなのをかけていたの、それで疲れた私はころり、と一瞬で寝ちゃったわけ」
そもそも魔剤みたいなドリンクとかで何とか持たしていただけだからこうなるのもしょうがないっちゃしょうがない。
「なんというかそういう搦め手を使う感じ白石さんらしいですね」
彩香がやりそうだと容易に想像できたんだろう、武田君が苦笑してる。
「ええ、本当にね。 起きた時には3時間くらい経っててね? 起きた私を見た彩香の第一声が【よく寝れた?】よ、しかも彩香は机の上で何か作業までしてるの、もうとんと意味が分からなかったわ」
あの時私の目は目が点になってたと思う。
なぜ彼女が体育祭の作業をしているのか全く分からなかった。
「私に質問させる間もなく、【これの進捗ってどうなってるのー?】とか【これまだ機材レンタルできてないよ】とか【これ関係する先生に根回ししないとね】いろいろ聞いてきた。今何が終わってて、最優先でなにを終わらせないといけないか、とか。そして私が寝ている間にできることを進めてくれていた」
彩香はそうやって知らないうちに私を手伝ってくれていた。
何食わぬ顔でするっと参加していた。
「正直私もなんとなくこのままじゃまずい、っていうのはわかっていたからね。好意に甘えるしかなかった」
今思えば彩香はがあの時に、するっと私の心に入ってきた。
彩香と私はそれから死ぬ思いで準備した。彼女はそれからも手伝ってくれていた。
「関係各所への打ち合わせとか書類作成とか無事に準備が終わったのは会の1日前だった」
「そうだったんだ、私も去年のは覚えているなー、新しいチーム競技とかエンタメみたいなのも盛りだくさんだった。見に来た人とかも過去一盛況だったって噂してたよーそれには過去があったんだね」
「そういってもらえると、頑張った甲斐があったわね」
楽しんでもらえたならよかった。
「それがきっかけで仲良くなられたんですか?」
「そうとも言えるしそうとも言えないわね。実は体育祭が終わった後にねいろんな先生方がほめてくださったのよ、【よくやったね】とか【さすがだよね】みたいな感じで。そこで知ったことなのだけど、どうやら他の先生たちもうっすらと前の主幹の先生があんまり準備はしていないんじゃないか、っては思っていたらしいのよね。そんな状態からよく立て直して最高の状態にしたって言ってくれたわ。まぁでもそれ聞いたときはさすがに【ならもっと早く教えなさいよ】とは思ったけど」
察しているならもっと主幹の人に聞いておくこととかもできただろうに、とは思った。
「でも人なんてそんなものよね。こうはいったけど別に他の先生たちが悪いわけじゃないのはわかってるの、先生たちは先生たちの仕事をしていただけ。それが社会人だし、私は助けて、とも手を伸ばしていないし。……たぶん言ったら助けてくれたと思うしね」
でも私は言わなかった。
だからみんな何も言わなかったそれが普通だと思う、普通じゃない一人を除いて。
「でもねそのこと彩香は表だって自分が何かをしたって一言も言わなかった、軽く手伝っただけだって。頑張ったのは私だって、本当は主幹2人みたいな状態だったのにね。……だからこそ私は彼女を警戒したの」
「警戒……ですか?」
「ええ警戒よ。無償の善意なんてないと思っていたし今も思っているわ」
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本日1話目、18時に2話目更新します。
流石に長すぎたので分割しました笑
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