第86話 「裸の付き合い」


 美味しい料理も食べ終わり俺のお腹も満たされてきた。

 そろそろ紗耶香さんとお暇しようと考え始めた時…………


 「ねぇ恭弥君」


 不意に悟さんに呼びかけられた。


 「……はいなんですか悟さん?」


 「ノンのんのん違うだろう?呼び方が」


「呼び方?あぁ」


 ちっちっちと指を左右にふる悟さん。

 きざったらしいそんな仕草も悟さんがやるとなぜかかっこよく見えるから不思議である、なんというか様になってるというかね……。


 「……なんですかお義父さん」


 「いいね、義理の息子にお義父さんと言われるのは!呼び止めたのはあれだよせっかくの機会だしね、お風呂でも一緒にどうか、と思ってね」


 「何言ってるんですかお父様! 恭弥さんに迷惑でしょう?」


 「いややっぱ男性も少なくなった世の中だからね、こういう時代だからこそ裸の付き合いみたいなのも大事かな、と思ってさ。……だめかな恭弥君?」


 命令と言うよりはお願い、って感じだった。


 「嫌なら嫌ってちゃんと言ってくださいね恭弥さん、全然大丈夫ですから遠慮なく!さぁ」


 なんかすごく断ってほしそうだね紗耶香さん。でもごめんね。


 「いえお風呂ぜひご一緒させてください!」


 「恭弥さん!?」


 せっかく誘ってくれてるんだしね。特段断る理由もない。

 それに許嫁である紗耶香さんのご両親だ。ただでさえハーレム制度で不義理をしてしまっているんだからできるところは誠実でいたい。

 

 「あら裏切られちゃったわね〜紗耶香」


 「お母様」

 

 楽しそうにこにこ笑う千尋さんと少し悟さんを恨めしそうに見る紗耶香さん。


 「じゃあ久々に私たちは私たちでお風呂でも行きましょうか」


 「……そうですね」


 「じゃあお義父さん、紗耶香さんの幼少期のやんちゃなエピソードとか色々教えてください!」


 「そりゃもちろんだよ!紗耶香が自宅でおぼれかけた話から最初におもらしした話まで聞きたいことはいってくれたまえ!」


 あはは、と機嫌よく胸を叩くお義父さん。


 「お父様、余計なことを言わないでくださいね」


 ドスの聞いた笑みを浮かべる紗耶香さん。


 「じゃないとお母様に秘密で買ったあれとか、いろいろ私もしゃべっちゃうかもしれません」


 「紗耶香?!」


 胸を張っていたのが途端に小さく萎んだ悟さん。どこの家庭もやっぱり娘には弱いらしい。


 「あーらなんの話なのかしら?」


 あらあらうふふ、とお義母さんも来た。


 「余計なこと言わないに決まってるだろう紗耶香、私を信じなさい」


 「そうですよね?」


 にっこりと笑っているのに全然目が笑っている感じがしない。


 「さ、黒川も入るわよ?」


 「し、しかし私はですね」


 一緒についてきていた黒川さんがあたふたとし始める。


 「佐藤さんも入るでしょう?」


 「わたくしにも護衛が……」


 「あーら大丈夫よ、それとも宝生家の力が信じられない?」


 有無を言わせない迫力の千尋さんお義母さんの笑顔。

 しかも理論的に断りづらい雰囲気を作っている。

 ここで花咲凛さんが断れば宝生家の護衛たちのことを信じていないことになる。更に花咲凛さんは俺のメイドでもあるけど所属はNAZ機関。もっと言ってしまえば国だ。

 ただでさえ九頭竜たちの件で国と宝生家は関係にひびが入ってもおかしくはない微妙な状態だ。

 となれば……


 「………そこまで言われるのでしたらご同伴させていただきます」


 花咲凛さんが折れた。というか折れるしかない。


 「ふふふ何も取って喰おうというわけじゃないわ。ちょっとメイドさんから見る普段の娘たちの様子を教えてほしいのよ」


 「わかりました、ではご主人様そういうことですので」


 ぺこりと一礼して花咲凛さんも3人の後を追っていく。

 大丈夫かな?花咲凛さん


 「……心配かな彼女が」


 「いえそういうわけじゃないんですけど」


 案外人見知りだったりするんだよね花咲凛さんは。

 まぁ仕事だし大丈夫だと思うんだけど。


 「彼女はただのメイド、というわけでもないのかな?」


 お風呂場に向かいながら聞いてくる悟さん。

 ただそれは質問というよりは、もう半ば答えを確信しているようなものだった。


 「大事な人ですよ、なんせ僕の2番目に味方になってくれた人ですから」

 

 「そうはっきりと言い切れるところは恭弥君の素敵なところの一つだとおもうよ僕は。普通はメイドだからと言い淀んだりするもんだから」


 そうなのかな?メイドだけど困ってきた時に助けてくれた人だから。身分とかそんなの関係ないそんな恩知らずなことは出来ない。

 だから当たり前のことを言っただけだけ。


 「それにしてもなんで宝生家の女性ってあんなに気が強いんだろうね、見たかいさっきの紗耶香の笑顔。あの凍てつくような笑顔は怒った時の母さんにそっくりだよ。僕も何度あの目線で怒られてきたことか。恭弥君も将来的には気を付けたほうがいいよ、理詰めで怒られるからね」


 男女比が変わってもそういうところは昔の夫婦と変わんないらしい。

 いや、もしかしたら宝生さん夫妻がそうなだけなのかもしれないけど。

 少し懐かしい、昔の世界の匂いがした。



 お風呂は大浴場を貸し切った状態になっていて俺と悟さんが二人で使うにはもったいないくらいだ。

 外にある露天風呂にはいれば、かぽーんと遠くから鹿威しの音も聞こえてきて、風情もあってすごくのどかさを感じる。

 俺と悟さんは二人タオルを頭にのっけてゆっくりと景色を眺める。

 

 「なぁきょうやくーん」


 「はい、なんですかー?」


 二人ともゆっくりと空を見上げていた。


 「僕はね、本当に君に感謝しているんだよ」


 「その話はさっきしたじゃないですか、もういいですよ」


 「そうなんだけどね、でも僕は君に聞いてほしいんだ」


 すこし真剣な物言いだった。


 「九頭竜との婚約破棄の話が合った後ね、紗耶香はすごいつらかったと思うんだ。だけど宝生家という彼女の立場が単純にいられなくしてしまった」


 家の立場、か。

 確かに紗耶香さんは常に気高くあろうとしていた。


 「紗耶香は、親馬鹿かもしれないが聡明な方だと思ういや聡明すぎるといってもいい。だからこそ若くして自分の振るうことのできる力の大きさがわかってしまった」


 分かってしまったったんだよ、と悲しそうに笑う。

 

 振るう力の大きさ、か。

 それこそ九頭竜なんて紗耶香さんか宝生家が一言いえば吹けば飛ぶような家族だっただろうから。


 「それに巻き込まれる人たちのことも考えられてしまった、紗耶香が考える必要すらない人間のはずなのにね。考えれてしまうんだよ彼女は。口でこそつんつんしているし冷たいけど、根は暖かくて心優しい子だからね」


「それは何となく感じてます」


 最近そう思うようになった。


 「紗耶香は聡明だ、でもね君ならわかっていると思うが馬鹿には底がないんだよ。際限なく調子に乗るんだ」


 九頭竜のことが正にそうだった。

 そして同じく高遠も。


 「馬鹿は自分が気遣われていることにさえ気付けないんだよ、チャンスを与えられたとしても」


 悟さんもこれまでいろんな人を見てきたんだろう。

 その声には実感がこもっていた。


 「紗耶香にいい勉強になると思っていたんだけどね、2回目も同じだった。あれには僕も怒り心頭だったけど気づくのが少し遅れてしまった」


 本当に失敗だった、と悔やむように悟さんは語る。

 そっか、宝生さんは2回も婚約破棄されたんだったな。

 

 「でもどうやら紗耶香は私たちが思うよりも優しくて、思うよりもすごく強い心を持っていた」


 「それでも表向き私たちは手を出さなかった。これは紗耶香が解決すべき問題だと親の私が解決すべきじゃない、と思ってもいた」


 それはなんというか


 「それが悟さんのやさしさ、ですか」


 なんともまぁ厳しい優しさだとは思う。

 でも宝生家の人間としては必要だったのもわかる気はする。


 「かわいいからこそ私たちという傘がなくても生きていけるようにならないといけないだろう?」


 悟さんの顔は穏やかだった。


 「でもね強いとはいっても傷つかないわけじゃない、優しいからといって摩耗しないわけじゃない。もう紗耶香は限界に近かっただろうね」


 「彼女はお義父さんたちには相談されなかったんですか?」


 「しなかったね、聞いても大丈夫、としか答えなかったよ。僕たちも無理に聞こうとはしなかったし」


 「そうなんですか」


 「うん、そんなときに君の話が来た。今回はうちでちゃんと調査もしたしね。いいとおもってこの制度に登録したからこそ次の候補もくる、紗耶香は辞めるとも言わなかったし言えなかったんだろう。内心半分諦めていたようだったけどね、いやほとんど、かな」


 そうだね。

 今となったらわかるけど最初に出会ったときあれは自信もたぶんなくしてた。

 彼女の強い言葉は自信がないことの裏返しだったんだろう。


 「君と話して娘が劇的に変わったとか、だんだんとよくなった、とかじゃ別にないんだけどね」


 「まぁこういってはなんですけど、僕も彼女とデートしたりはしましたけど、何か特別したつもりはないですしね」


 「うん自然体の君が、君のあり方が紗耶香をいい方向に動かしたんだよ。……たぶんねきっかけだけがあればよかったんだと思う。人としての生き方、みたいなところのほんのちょっとのきっかけが。そのきっかけが君がやった気に入らないから叩き潰す、守りたいものを守る、他は知らない、そんな突き抜けた行動だった。あとは紗耶香は勝手に反省して学ぶだけ」


 「娘さんを信頼してるんですね」 


 「してるよ?なんせ私たちの娘だからね」


 優しい、父親の、笑顔だった。


 「でもそれは君が紗耶香のそのままの素を受け入れたからでもあるんだよ」


 「……そうでしたっけ」


 そんな大層なことをした記憶はないけどな。


 「恭弥君は当たり前のことをしただけだからね覚えてないんじゃないかな?」


 「……ですかね?」


 「大事なのはこれからだ。恭弥君には覚えていてほしい、人は強いけど傷つくもので、その傷つきは蓄積にもなる。折れるときは意外とあっさりと折れるものなんだって」


 傷ついて耐えれるからといって痛いものじゃない、かぁ。

 そりゃそうだ。

 

 「紗耶香さんにそんな思いをさせないようにします!」


 「それも結構だしお願いもしたいけどね、僕は君にも言ってるんだよ恭弥君」


 「え、僕?」


 俺に言われてるとは露ほども思ってなかった。

 俺悩んでもないはずなんだけどな。

 

 「今は大丈夫だろうけどね、もしそうなったときには覚えておいてほしいんだよ」


 「なにを……ですか?」


 「紗耶香にも恭弥君にも頼れる人はまわりにいるってことを、だからなにかあったときは相談してくれたまえ。僕たちは、少なくとも宝生家は君たちの味方だから」


 「悟さん」


 「どこかで私たちに恩を返させくれ、あぁでも恩を返すようなそんな困った機会ない方がいいか。要は困ったことがあったら気軽に相談してね、ってことだよ」


 少し気恥しそうにしている悟さんの顔。 

 微妙に顔も赤い気がする。


 「あははのぼせちゃったかな?いやあついあつい」


 「たしかにあついかもですねー」


 「そうだよねあはは」


 この人は俺を受け入れてくれるようとしてる、そんな柔らかい空気感を悟さんから感じた。

 そして無事俺らはのぼせて女性陣たちからは呆れられた。


「紗耶香も結局お父さんに似た人が許嫁になったわね?」


「そうみたいです……奇しくも」


 母子2人は呆れたように笑い、メイドと執事は揃って苦笑してい。

 そうして初めての三者面談は和やかなままに幕を閉じた。



 …………家に帰るまでは。





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