第85話 「三者面談② 翻弄される悪役令嬢」
さすがにいつまでも感謝しあっててもしょうがない、と宝生さんのお父さんに促され席につく。
「今更になってしまったけどお父様お母様。こちらが私の許嫁になります武田恭弥さんです」
宝生さんに言われてそこで思い出した、確かにまだ自己紹介もしていない。
「武田恭弥です!よろしくお願いいたします!」
「確かに自己紹介をしていなかったね、ああ武田君のことはよく知っているよこれからよろしくね」
「そういえば自己紹介もしてなかったですねぇ、よろしくね~」
二人して微笑ましそうに俺らをみている。歓迎してくれてるの、かな?
宝生さんもそんな両親の表情に気づいて気恥ずかしそうにしてえう、顔が少し引きつってるもん。
「それでは武田さん。遅くなってしまったけどこちらが父の宝生悟です」
「よろしくね、武田君」
さわやかな笑顔の悟さん。スマートな感じが全身からにじみ出ている。
「こちらが私の母、宝生千尋です」
「末永く、よろしくお願いしますね」
ふふっと柔和な笑みを浮かべる千尋さん。
おっとりとして、でもしっかりしている、そんな印象を受ける。
「このよろしくは、もちろん娘の旦那さん、という意味だからね?」
「はい、もちろんわかってます?」
悟さんからなんか注釈が入った。
なんでなのかはわからないけど。
「それなりいいんだよ」
「逆にそれ以外なにがあるんですか」
そんなお義父さんの様子にあきれた様子の宝生さん。
「いやだってわからないじゃないか、千尋は…………ううん母さんはこんなにも美しいんだよ、勘違いしてしまってもおかしくない」
うん?
「それはうれしいですけど言いすぎですよ、こんな年増相手にしてくれませんよ?ねぇ武田さん」
「年増なんて、そんな。最初見た時宝生さんのお姉さんかと見間違ったくらいですよ」
「あらあらそれはまぁうれしいことを言ってくれますね。私うれしくなっちゃいます」
おほほ、と手を当てて優雅に笑う千尋さんと対照的にぐぬぬ、という顔をしている悟さん。
「いつも千尋にはきれいだね、若いよ、っていつも私も言っているじゃないか!」
「ええありがとうございます、ですがほらあれですよ。若いと言われるのは言われば言われる分だけ嬉しいんです」
「くっ、妻の喜ぶポイントをすぐに言い当てて気に入られるなんてけしからんな武田君!しかもスマートな感じでいい男なのが余計に僕を不安にさせる!」
不安にならないでください、娘さんの許嫁なので一応。
宝生さんを見たら顔を両手で抑えている。
「見ないでください、うちの両親は外に出ればちゃんとしてるんですが家では年がら年中こんな感じでして。所謂おしどり夫婦っていうやつというんですかね……よく言えば」
よく言えば、の言葉になんか宝生さんの思いがかなりこもってる気がするな。
「ご両親が仲良いのはいいことなんじゃないかな?仲悪いよりは断然いいよ」
「それはそうなんですけどね…………年を考えてほしいというか、こうも甘いと胸焼けするというか」
「年を経つにつれて妻への思いはどんどん増していくようなんだよねあはは!あ、もちろん最初も愛いっぱいだったんだけどさ、特に最初の夜なんかはね──あいたっ」
「娘の旦那さんにむかって何を言おうとしてるんですかあなたは、まったくもう」
「あはは」
溺愛しているというのは本当らしい。
もういやぁ、と宝生さんが珍しく顔を振っている。
こんな様子の宝生さんもかなり珍しい。これが家での感じなんだね。
たしかに普段見れない様子っていうならこの三者面談も意味があるのかもしれない。
「お食事をお持ちいたしました」
仲居さんか何かが料理を配膳していってくれる。
というか…………あれ?
「そういえば今日は椎名さん、NAZ機関の椎名さんはいらっしゃらないんですね。てっきり今回はNAZ機関の主催だったので会場に現れると思っていたんですけど」
これまでは全部来ていたし。
司会でもしていくのかな、とか勝手に思ってた。
「ああ彼女なら来ていたよ?」
「え?」
「ただ僕らがお礼を伝えたいし、何をすべきは把握しているから大丈夫だよ、と言って下がってもらったんだ」
「今も別室か何かでこの部屋の様子を見ているんじゃないかしら…………こないだみたいに何かあっても困るでしょうし、ね」
二人がふふっと笑う。
その一瞬の笑いはさっきまでのおしどり夫婦のほのぼのとした感じじゃなく、幾重もの暗闘を潜り抜けてきた大企業の社長夫妻ができる、薄ら寒さを感じさせる笑みだった。
たぶんお二人もも表にこそ出さないが、心に仕えているものはあるらしい。
「まぁ彼女のことはいいよ。さて今回の趣旨はあれだったね、わが愛娘紗耶香のことをみんなで多角的に話す、思い出を語り合うみたいな感じだったよね?」
「そうですね、武田さんが紗耶香のわからないところを話して、二人の愛が育めるように手助けする、という感じでした」
「…………っざ、雑談でもいいんじゃないですか?」
さすがに気恥ずかしかったのかそんなことを提案する宝生さん。
「いやいや武田君には紗耶香のかわいいところを伝えないといけない、そんな使命を持って僕はここに来ているからね!ここまでは妻のことしか話せていない、まぁそれも億分の1も伝えきれてないんだけど」
あぁ時間が全然足りなくて困っちゃうよ、と笑う悟さん。
だけどその眼はガチだった。
「お、お父様?」
「ごめんなさいね?うちの主人家族のことになると熱くなってしまうのよ」
溺愛っていう言葉がぴったりだ。
困ったものよね、と優雅に笑うお義母さん。
「家族愛にあふれてるんですね、分かります」
俺も美桜ねぇの素晴らしいところなら夜通しでも語り続けられる自身がある。
「おおやっぱり武田君もわかるかい?」
「ええ僕にも姉がいるので…………すごくできた姉なんですよ」
「君は義理のお姉さんを助けるために今回この制度に登録したんだったね。武田君の素晴らしいお姉さんの話も教えてもらえるかな?ぜひ聞いてみたい」
「わかりました、でもまずは宝生さんのことを教えてください」
「そうそれだよそれ気になっていたんだ」
何か気になることあったかな?
普通のこと言っただけなんだけど。
「なにが気になったのですかお父様」
「いや気になるも何もこの場には全員宝生しかいないんだよ?だから彼が誰のことを言っているか分からないじゃないか」
つまりこれはあれかな。名前を呼べみたいなことかな。
見れば悟さんと千尋さんは楽しそうに笑い、宝生さんは頭をまた抱えている。
「確かにそうね会話がスムーズにいかないのも問題だものねー」
「お母様?!」
味方をしてくれると思ってたらしく驚いた声を出す宝生さん。
「やっぱりいつまでも苗字なのも他人行儀だしね、聞けば許嫁の子はあだ名で呼んでいる人もいるみたいじゃない?ならあなたも許嫁なんだし関係を先に進める良い頃合いでしょう?」
確かに橘さんは俺のことをキョウ君って呼ぶしね。
でもそういう情報も知ってるんだ、たぶんどこかで情報を得たんだろう。
さすが宝生家。
「確かにいつまでも他人行儀なのもあれですね、名前で呼んでもいいですか?紗耶香さん」
「さすが武田君、いや恭弥君だね。判断が早い!」
にこにこと人好きのする笑みを浮かべている。
なんか認められた、のかな?
「呼んでいいかって聞く前にもう呼んでいるじゃないですか……」
少し不貞腐れたように口をすぼめる紗耶香さん。
「……でも確かにそうですね、名前で呼んでもいいですよ恭弥さん?」
はにかみながらも笑顔を見せる紗耶香さんに思わずどきりとする。
誰だ噂で悪役令嬢なんていった人は。
ただただクールな美人さんじゃないか。
「千尋みた?今の紗耶香の顔。最高に可愛いじゃないか、でもあれだねやっぱりツンデレ気質なのかな!?」
お義父さんがすごく興奮している。
「そんなかわいいところはきっとあなたに似たんでしょうね?出会ったころなんてツンツンなんてところじゃなかったんですから」
「いや千尋の美しさが伝染したんだよきっと。僕の要素なんて少しでいいんだよ、君のきれいな要素が多いほどいいんだ!」
「もうお父様お母様いい加減にして!恭弥さんが困っちゃうでしょ!」
宝生さんがとうとう叫んだ。
「あらあらあなた怒られちゃいましたね?」
「聞いたかい恭弥さんが困っちゃうからだって!なんていじらしいんだ」
たださすがご両親。宝生さんの言葉など意にも解さずほめちぎってゆく。
「もういやぁこの人たち」
普段冷静な紗耶香さんが翻弄され続けるという意外な一面が見えた三者面談だった。
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