第84話 「三者面談 未来への言葉」
2日目。
朝風呂を楽しみ、山でアスレチックなどのレジャーをしてお昼過ぎには秋月さんと橘さんは一足先に帰っていった。
俺と宝生さんはまだ待機。この後に1大イベントが残っているのでこのまま待機なわけで。
【三者面談】
今日面談するのは俺と宝生さん、それに宝生さんのご両親。
それに間に入る椎名さんという形、と聞いている。
「こ、この時が来てしまった」
もう俺の顔は強張りまくっている。
あの宝生家グループの社長に会うなんてとてもじゃないが一般人の俺がしていいことじゃない気がする。
「武田さん大丈夫ですか?」
「え、ええもちろん大丈夫でございます」
「大丈夫じゃなさそうですね」
宝生さんが少し呆れたような目で俺を見ている。
「許嫁投票の時はあれほど堂々と啖呵を切っていらしゃったというのに…………本当に同じ人なんでしょうか」
小首をかしげながら悩む宝生さん。
…………ええ残念ながら同じ人なんです。
「ご主人様は変なところで小心者なんですよ」
変なところってなんだ変なところって俺に失礼だよ花咲凛さん。
俺はただの一般男性なんだから大企業の社長とお話する機会なんて緊張するに決まってるよ。
「緊張するのも無理はありません。恭弥様が今からお会いするのは天下に名を轟かす宝生家の社長夫妻なんですから」
「……そんなものかしら?もちろん厳しいときあるけど筋は通っていることしかないわよ、あとは妻馬鹿」
中々に辛辣な物言いだけど、宝生さんはいまいちピンと来ていないらしい。
手か妻馬鹿なんだ、宝生社長は。
「そんなものですよお嬢様。緊張の具合だってまだ恭弥様は全然ましな方なんじゃないですか」
「黒川がそういうならそうなのかしら、でもそれじゃおじいさまになんてあったらみんな卒倒しちゃいますね」
「する方もいるそうですよ」
怖すぎる宝生家!
聞きたくなかった宝生家の裏事情を聞いてしまった。いつか会うことになったときたぶん俺もそのうちの一人になるんだろう。
俺らがこんな雑談ができるのも、宝生さんのご両親たちの準備ができるのを控室で待っているところだから。
どうやら少し早くついてしまったらしい。
ちなみに今は黒川さんと花咲凛さんが俺らのそばに控えていてくれている。
「それにしてもよく似合っているわね?黒川」
宝生さんがふふっと優雅にほほ笑む。
「……お戯れはおやめください」
対して彼女は少し恥ずかしそうに顔を逸らす。
いつも黒川さんが来ているのはパンツスタイルで燕尾服のような一見執事と見間違いそうな服。
対して今日。昔のイギリスにでもいそうな長めのスカートをはくクラシックなメイド服スタイルで頭にはハットみたいなものもつけている。
「よくお似合いですよ黒川様」
「佐藤さん……」
「俺も似合っていると思いますよ」
「恭弥様までそんなことを」
抵抗しようとして、すぐに諦める黒川さん。
どうやらいじられるのは覚悟したらしい。
でも本当に似合ってるんだけどなぁ……。
「きれいな足をしていますよね」
パンツ姿でも思っていたが、メイド服でもその腰の位置がわかる。
身長は俺よりちょっと小さいくらいじゃないか?
それなのに華奢な腰とボイッシュさが妖しげな色気を醸し出している。
「ご主人様それセクハラです」
「確かにこれはセクハラです」
「ええセクハラですね」
三人から一斉に集中砲火を浴びた。おかしい、さっきまで黒川さんの話をしてたじゃん。
女子の変わり身の早さとこういう時の阿吽の呼吸はすごいものがある。
「ごめんなさい」
負けじと俺も即座に謝る。
「足がきれいとかそういう誉め言葉は許嫁であるお嬢様に言ってあげてください今日もお綺麗なので」
「黒川!」
そ知らぬ顔をする黒川さんとそれに反応する宝生さん。
でもよかった、これくらいの話ができる感じで。
こないだの許嫁投票では宝生さんに話を通さずに勝手に物事を進めちゃったから黒川さんが不況を飼ってないか心配だったんだよね。
途中で「勝手な判断が過ぎるわね」みたいなことを宝生さんも言っていたし。
「宝生さんもとてもお似合いです、いつもと雰囲気の違う髪型とワンピースが似合ってます。それに髪型もサイドが編み込まれてそれが一つ結びになっててお似合いですよ」
俺も褒めたけど彼女はそっけなく顔を逸らし、
「……ありがとうございます、黒川は反省が足りないようだし一か月延長しようかしら」
「あ、いいんじゃないですか?新鮮ですし黒川さんのその姿」
どうやら花咲凛さんは今は宝生さんの味方らしい。いや黒川さんのことちょっと敵対視してるからそのせいもある?。
「ご勘弁ください……この姿でいると本家の使用人たちから生暖かい、それでいて黄色い歓声が上がったりしてるんですから」
「メイド服でも人気なんだね黒川さんは」
確かにわかる気がする。執事服もいいけどメイド服も似合ってる。
まぁ俺としては関係ないし宝生さんの気のすむようにしてもらったら──
「1部では許嫁の武田様がメイド好きであるとのうわさも流れております、そのうちお嬢様もメイド服になって帰ってくるのではないか、と──」
由々しき問題が起こってるねそれ!
「風評被害だ!」
「私がされるわけないでしょう!万が一したとしてもそのまま家には帰らないです!」
「あくまで噂でございますので……ただ続くと真実味を帯びていくかと。ただでさえおひとりメイドを雇われているわけですし」
ちらっと花咲凛さんの様子を流し見る黒川さん。
噓と真実を織り交ぜると見抜きにくくなるみたいなやつか!
「さて雑談はこれくらいにいたしましょう、会場の準備も整ったようですし」
花咲凛さんと黒川さんが二人して僕らの前に立ち扉を開ける準備をする。
「緊張は解けました?」
目はしっかり扉を見据えながら小声で話しかけてくる宝生さん。
「ええ十分すぎるほどに、ちょっと痛い目を見たけどね」
「私もです。黒川をからかいすぎましたね、最近は許嫁投票の件もありおとなしかったのですが……」
「とりあえずメイド服はやめさせてもらっても?噂が真実味を持つのはちょっと困るので」
主に俺の評判的なもので。
「名残惜しいですがそういたしましょう」
「……その代わりミニスカートで働いてもらうのは?」
「……武田さんどこからそんな鬼畜みたいな発想がでてくるのですか?」
前を見れば二人もちょっと引いた眼で俺を見てる。
あれ冗談のつもりだったんだけどな。
「……さぁ中へどうぞ」
微妙な雰囲気のまま俺と宝生さんは中へと入っていった。
───────────
「失礼します!」
扉を潜ると同時にまずは一礼。
こういう時は最初が肝心だからね、大きすぎず、小さすぎず。
最初もこうやってきた、宝生さんはぎょっとしてたけど。
「……久しぶり、でもないですね、ただ今参りましたお父様お母さま」
宝生さんは一拍遅れて挨拶をする。
顔をあげれば二人の男女。
男性の方は髪をさわやかに流し、なんというか細マッチョのようにすらりとした体形でジャケットを華麗に着こなしている。
女性もベージュのフォーマルっぽいいワンピースにカーディガンを羽織っていて、気品が漂っている。
二人とも40台を超えている夫婦とは思えないほどに若くそれでいて厳かにも見えて、しかも品がある。
そしてどこか宝生さんに似ている…………逆か。宝生さんが二人に似てるんだね。
「頭をあげてもらえると嬉しいかな、私も二人と会えてうれしいよ」
「お待たせして申し訳なかったですね」
二人が笑顔で俺たちを迎え入れてくれる。
お義父さんに手で促され、俺と宝生さんがテーブルに座る。
だけどなぜか二人は立ったままだ。
あれ?
「じゃあまず先にお礼を言わせてほしい」
お礼?なんの?
二人の真剣表情をみて一瞬遅れて何のことか思いつく。
「…………許嫁投票のことですか?」
逆にそれ以外思いつかない。
「うん武田君の言う通りだ。あの時はわが愛娘のことで迷惑をかけてしまい申し訳なった、それにとどまらず、怒ってもいいはずなのに私たちの大切な愛娘を助けてくれて本当にありがとう!」
二人して同時に頭を下げる。
「お父様…………お母様…………」
二人の様子に宝生さんも目を開けて少し驚いている。
俺も思わず面食らってしまうがすぐに、
「か、顔をあげてください。別に自分はあの時そんな殊勝なことを考えてたわけじゃ」
ただあいつらを懲らしめたかっただけだ。
怒りを発散しただけだ。
「そうなのかもしれない…………でもその行動が結果的に私の愛娘を救ってくれたこともまた事実なのだよ」
「私たちはあなたに感謝してるんっですよ。私たちの愛娘が前を向けるっていう言い方もちょっと違うかしらね、もともと前を紗耶香は向いていたし。……そう未来にはばたくための枷を取り払ってくれたことに感謝しているの。どんな方法だったとしても……ね。だから本当にありがとうございました」
二人して頭を下げている。
こんな年下の小僧に、宝生家の社長夫妻が。
本当に宝生さんは二人に愛されている。
この言葉だけで行動だけで宝生さんがどれだけ愛されて育ってきたか分かった気がする。
宝生さんもちょっと眼を潤ませているし。
とりあえずそっとハンカチを横の宝生さんに渡しておく。
「……そんな感謝されるほど立派なことをした覚えはないですけど…………そうは言ってもお二人は聞いてくれなさそうなので受け取っておきます。それなら僕からも御礼をいわせてください」
「御礼……かい?」
今度は俺が頭を下げる番だった。
「あんなお願いの仕方だったにもかかわらず、僕の大切な義姉を助けていただいて本当にありがとうございました!」
逆に面食らったのは宝生夫妻の方だった。
「そんなの当然のことをしたまでだよ、武田君」
「主人の言う通りですそんな御礼を言われるようなことは…………」
そうは言われても俺も頭をあげるわけにはいかない。
「……ははっ、これはやられた。僕らも受け入れないと前に進まないみたいだね」
「先にしたのはわたくしたちですものね」
「ああそうだね。わかった感謝を受け取ろうだから頭をあげてほしいな武田君」
そう言われてやっと俺も顔をあげる。
彼らの顔に浮かんでいるのは、困ったような笑顔。
多分俺も同じような笑顔を浮かべている気がする。
「……お父様、お母さま。私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
ただ宝生さんは一人俺から受け取ったハンカチで涙をぬぐう。
「武田さん。謝罪が遅くなって申し訳ありませんでした。わたしの対応が甘かったせいで武田さんとそのお姉さんにご迷惑をおかけしてしまいました、それだけじゃなくて私の問題をあまつさえ解決までしていただいてしまい…………お父さんたちには一度誤ったけど迷惑をおかけしました」
そこで一呼吸おき、
「私のためにご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
全員に向かって頭を下げる。
謝られた俺たちは思わず苦笑してしまう。
「宝生さんは謝る必要はないと思う」
お義父さんとお義母さんも宝生さんに声をかける。
「紗耶香」
びくっと肩が震えて、でも気高く頭を下げる宝生さん。
「確かに間違えたなら反省して謝ればいい、次に生かせばいい。でもね今回紗耶香が悪かったことなんて実際そんなにないことをみんな分かってる」
「お父様……?」
「そうよ紗耶香、反省は生かしたらいいのです。でもね私たちが言われたい言葉は違うの」
宝生さんはきっと自分の悪かったところなんてわかってる、そしてそれを生かせるような人であることも。
ここにいる全員はわかってる。
「違う……?」
頭をあげてきょとんとした顔で俺らを見つめる宝生さん。
「うん、今宝生さんが言うのはもっと前を向く言葉でいいんじゃない?せっかくの晴れの日、なんだし。それはさっきご両親が見せてくれていたよ?」
…………そうでしたね、と彼女が薄く笑う。
「お父様、お母さま、武田さん。…………私を助けてくれてありがとうございました、次は私が助けます」
決意の困った力強い目だった。
これには思わず全員が見直す。
「…………少し強くなったね、紗耶香」
「本当に………いろいろ酷いことではあったけど糧にしなさい」
二人の優しい眼差しが宝生さんと俺に降り注いでいた。
「さ、じゃあここからは未来の話をしよう」
明るく宝生社長が言い放った。
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