第83話 「許嫁4人最後の温泉旅行」

 「まどろっこしいのは嫌いだから結論から話すわ……私許嫁候補をやめることにしたの」


 そう宣言した秋月さんは晴れやかな顔で話し始める。


 「っ」


 「そうですか……」


 そんな秋月さんの様子に、橘さんは驚きで声を失い、逆に宝生さんは息を吞む。

 でも宝生さんはすぐにうなずいた。

 たぶん無理して許嫁でいる必要はないって思ったのかな?


 「また……いなくなっちゃうんだ」

 

 「えっ」


 一瞬漏れた橘さんの声の意味は分からなった。

 近かった俺だけが聞こえたけど他の二人には聞こえてないらしい。


 「理由をお伺いしてもいいですか?……引き留めよう、とかではなくただ婚約破棄が今になった理由を知りたくて」


 「許嫁投票の時の方がよかったのでは?ってことよね?」


 こくり、と宝生さんがうなずく。


 「できれば許嫁投票の時にやめるのがよかったんでしょうね。でも人生そんな上手くいかないものよ?私が破棄するって、そう決めたのがついこの間だったから」


 だからできなかった。

 そりゃ決まってないのにできるわけはない。


 「じゃあずっと迷っていたってことだよね~……決めるきっかけはなんかあったのー?この間のデートでキョウ君に幻滅した、とか?」


 橘さんの声にさっきまでの闇を感じさせるような雰囲気はない。

 いつものように、皆を和ませるような間延びした明るい声だ。

 ……さっきのは俺の聞き間違いか?


 「きっかけはそうだけど、でも彼に幻滅したとかではないわ。『楽しかった』というのは私に楽しむつもりがなかったしデート内容もあれだったから流石に言えないけど。でもすごく良い人で好感はもてたわよ?武田君には」


 「なにしたのー?」


 「勉強デート」


 秋月さんの答えにうぇっと露骨に嫌そうな顔をする橘さん。

 確かに嫌いそうだもんね。


 ……秋月さんはそのまま真顔になって俺に向かって頭を下げる。


 「こんな形になってごめんなさい」 


 「いえ……聞こえてましたから」


 婚約破棄をいずれするだろうことは白石さんの家に行ったときにはなんとなく感じていて、そして保健室で決定的になった。

 なんというか驚きもあまりなかった、なるようになった、としか思わなかったしそうするべきだとも思った。


 「そうだったのね」


 「ええ」


 それだけでお互いわかった。

 婚約破棄することになってから秋月さんと意思疎通ができて、目も合わせられるようになるなんて皮肉なものだ。

 

 「……全然わかんないけど?!」


 対して橘さんと秋月さんは困惑顔をしている。

 そりゃそうだよ。

 あの場にいた俺と秋月さん、それに白石さんにしかわからないに決まっている。


 「そうよね、ちゃんと話すわ。先に言っておくけれどこの話をしたのはあなたたちが最初。当事者以外ではまだ誰にも言ってないわ……それこそ親にもね。それが筋かなと思っているから、まがりなりにも許嫁として生活を共もしたあなたたち疑似家族への」


 家族らしいことなんて、ご飯を一緒に食べたことくらいだったけどね?苦笑する秋月さん。

 疑似家族……か。言いえて妙だな。


 「私最初に言ったわよね?お見合いの場で。【私は女性が好き、だから興味ない】って」


 「言ってたっけ?」


 「おっしゃってましたね」


 対象的な橘さんと宝生さん。


 「言ってたのよ。でも厳密にいうとあれは正確じゃない、正確には女性が、じゃない。『女性の恋人が好き』ってこと」


 白石さんっていう恋人が好きってことだ。

 予想外だったのか、さすがの二人も沈黙する。


 「……恋人いたのに、どうして?」


 なぜそんなことをしたのか、なぜ許嫁制度に登録したのか、という疑問。

 皆が抱く疑問、おれも白石さんに聞いたし。


 「言い出せなかったのよ」


 「言い出せなかった?」


 「ええそう私のためを思う両親に対して、ね」


 その質問を皮切りに、と秋月さんは語っていく。


 両親の考え方が古臭い考えの持ち主であること。

 自分に背負わされてる期待のこと。

 なぜこんなことになったのかのこと。

 自分がどれだけ愛されてきたのか、ってこと。



 その内容は白石さんが俺に語ってくれたことと、言い回しこそ違うが内容はほとんど同じだった。


 「……つまりそんな狭間でずっと揺れ動いていた、ってことですね?」


 「ええそう許嫁投票があっても一月生活しても、ずっと悩んでいたままだったわ。なんなら深まっていたまであるわね」


 「親の愛ね。揺れ動く……愛されてるね先生は」


 ぼそり、と橘さんが窓の外を見ながら話す。

 その眼には何の景色も映っていない。


 「そんな迷いを断ち切ったきっかけ、それがこないだの武田さんとのデートなんですね?」


 「ええ、そうよ。デートというか勉強したとにね?さすがにこのまま返すのもな、って私の良心が傷んだわけよ。だから彩香の料理でも食べさせておけば問題ないかなって思ってね。幸い武田君は彩香と面識もあって出かけたりもしてたし、彩香の料理は美味しいから彼へのちょっとしたご褒美みたいな気持ちで」


 幸いって出かけたのは白石さんが体調不良になったからですけどね??


 「彩香……?」


 橘さんがどこかで聞いた名前なんだけど、とうなり始める。

 まぁあんまり下の名前で呼ぶ機会なんてないしね。


 「あああなたたちの言う白石先生、わたしの恋人」


 一瞬時が止まった。

 二人は全く予想していなかったらしく……


 「えっ、先生の恋人って白石先生なの?!」


 「職場恋愛だったんですか……」


 大なり小なり二人ともに驚いている。

 分かる分かるその気持ち、俺なんてそれに加えてキスしてる瞬間まで見てるからね。

 やっと共感できる人が現れてくれた!!


 「というか武田さんはしってたんですか?」

 

 「まぁ成り行きで」


 「どんな成り行きで知る流れになるんですかそれは」

 

 家に帰ろうとしてたら路上チューしてたから、なんて何とも説明しづらい。それにあれは花咲凛さんとの搾精の帰りだったし。

 だからこれはきっと運命の悪戯ってやつだうん。


 笑顔を浮かべてごまかしておく。


 「話し戻すわよ?その時に彩香と話していて、このデートで私もわかってたわけよ武田君が悪い人じゃない、なんならいい人だってことは。それをこの子が帰った後二人の時に改めて実感させられたの」


 恥じるように、自身を卑下するように彼女はそう言い捨てる。

 ただ話を聞いている二人は二人で。


 「突っ込みどころが多すぎます。恋人たちの家にお邪魔して料理食べた?」


 「キョウ君ってなんだかんだ小心者のふりして図太いよねー」


 あれなんかこれ思ってた反応と違うな。

 俺の神経が図太いみたいな話になってない?!


 「武田君が図太いかどうは置いておくとしても料理は美味しそうに食べてたわよドカ食い気絶?ってやつするくらいには──」


 なんかより二人の俺を見る目が厳しくなったんですけど。

 

 「白石さんの料理がおいしかったから、それに好きなだけ食べてって言われたし遠慮するのもなぁって」


 「図太いですね」


 「図太いよー」

 

 何も言い返せない。

 でも図太くはないと思うきっと。


 「私から見て武田君は誠実に対応してくれていた、それなのに私たちが教師としてもそうだし大人としてもこんな曖昧なままにしていいわけないんじゃないか、って」


 「大人として、ですか」


 「別に問題起きてないから問題なくない?って思うけどね、キョウ君も知ってたけどなにも言わなかったわけでしょ?」


 俺は確かに何も言わなかった。

 でもこれはどちらかといえば秋月さんの恋人が女性なのを知っていたし、姉さんの治療のためにというのが大きい。

 人が減ったから減額です、なんてなっても困るし、秋月さんの代わりにもっと癖のある人が来ても困るし。

 秋月さんの様子はこっちが手を出さなければあっちも手を出してこない、いわば不可侵条約みたいな状態っぽかったから放置していただけで。

 これが積極的に俺に害をなそうとしていたら話は変わっていた。


 「それはあくまで彼の温情よ。年下の彼のそんな温情に甘えているわけにはいかないのよ。それに覚悟を決めたのはその後、別の時だしね。この件は考えさせられるきっかけよ」


 「別の時?ですか?」


 「ええ、その次の日。学校でね? ちょっと体調悪かったから保健室に行ったのよ。そしたら先に彩香と武田君がいてね?武田君がベッドに寝ていて、彩香が枕か何かを持ってあげたのかな? それで距離感近くなってて。そこで私が入って見た時に思ったのよ。あぁ誰にも取られたくない、って。まぁ大人げないけど嫉妬よね」


 「嫉妬……ですか」


 「嫉妬……かぁ」


 二人してピンと来てなさそう。

 それはこれまで二人が誰かを本気で好きになったことがないからなのかもしれない。


 「いずれ分かるわ。あなたたちがそういうことを武田君に感じた瞬間に」


 「感じ……ますかね」


 「感じてみたいねー」


 二人して疑問形やめい。

 まぁ俺も同様だけど、さ。

 でも子作りするってなったらそれくらいの嫉妬するくらいの愛情は必要なんだろうなぁ。育めるかな?


 「でもね嫉妬したと同時にね、私にはそんなことを思う資格はないってもすぐに思ったの」


 「どうしてー?」


 「だってそうでしょ?私は同じような思いを、いえそれ以上のことを彩香に思わせてたんだからこの2月くらいずっと。口ではいいって言ってくれてたけどそんなはずないわよね」


 恋人が別の許嫁を作る、そんなこと普通に考えて嫌に決まってる。

 ここからはあくまで俺の想像だけど白石さんが俺に接触した理由の根本にはそういう思いもあるのかもしれない。

 いろんなことが考えられる。


 秋月さんの許嫁候補である俺を探ってみる、嫌いになるようなところを探していた、とか。

 それともデートとかして、同じ思いを秋月さんに感じさせることだった?

 それとも俺と秋月さんが許嫁のまま自分が入り、自分も秋月さんと一緒にいられるように俺を誑かそうとしていた?

 もしかしたら将来的に子供を作る時の布石にしていた、とか。


 どれも考えられる可能性で、どれも当たっていないような気もする。

 白石さんのミステリアスな感じが俺らに真実を教えてくれない。


 「だから私は選択することにしたの、彩香との未来を」


 「でもそうなったらご両親とは……」


 縁が切れるかもしれない、そんな意味をはらんだ宝生さんの言葉だった。


 「覚悟の上よ。それにそうはならないかもしれない、じゃない? 私この旅行が終わったら実家に報告に行こうと思ってるの、その時に伝えるわ」


 「そうですか、でもそうなると寂しくなりますね?」


 「ほんとだよーこのまま家に住んでもいいんだよ?」


 二人はしんみりとした顔で話す。


 「そう言ってもらえてうれしいけどね? でも彩香に悪いし、とりあえずは彩香の家で暮らそうかなって思ってるの。だから一緒に生活するのはGWまでね」


 GWまで。

 思ったよりも早いけど、でも白石さんのためにもその方がいい。

 こういうのは早い方がいいからね何事も。


 「じゃあ今回の旅行はみんなで集まれる最後の温泉旅行ということになりますね」


 「そうなっちゃうのかぁ……」


 「そうなるわね?」


 「悲しいけれど、私たちは応援します。人なんて本当に好きな人と一緒に過ごせた方がいいんですから」


 「先生が決めた道を拒否するなんて誰にも言えやしないよ!たまにはうちきてもいいけどねー」


 「あなたたち」


 2人からの暖かい言葉に感銘を受けたような表情の秋月さん。


 「俺からも引き留めたりしません、みんながみんなそれぞれ事情があると思いますから。お話した時は少ししかありませんでしたが話せてよかったです。また学校で先生としてお願いしますね?」


 別に秋月さんはいなくなるわけじゃない。

 ちょっと距離が遠くなるだけだから。


 「あそっか。私達の担任かぁ」


 「そうよ?お別れみたいになってるけど二人とは毎日会うし、宝生さんともすれ違ったりはあると思う。その時は大人の先輩として話しかけてね?」


 「そこは友達、とかじゃないんですね」


 「尊敬と敬意をもって接してほしいわ」


 「えーやだよー」


 「なにか言ったかしら??」


 顔は笑顔なのに目が笑ってない。


 「なにも??」


 そんな二人の様子に俺と宝生さんがぷっと、笑う。

 それにつられて秋月さんと橘さんも笑う。


 その日は遅くまで4人で話した。

 これまでのこと、次の日のこと、とかいろいろ。


 3人はその後お風呂に行ったらしく浴衣姿は妖艶だった。

 久しぶりにゆったりとできて、そしてこれがGWでゆっくりできた最後の時間だった。


 

──────────────────────

 次はまた来週の土日です。

 次回は三者面談、ここから第2章の肝に入ってきます。


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