第82話 「温泉と思い出」


 時が流れるのは早いもので、学校も始まってあっという間に一月が過ぎ、待望のGW。

 

 「やっと学校おわたぁぁぁぁぁ」


 車に乗ること2時間。

 都会を過ぎ去って、保養地につくなり橘さんが山に向かって思いっきり叫んでいる。


 「解放感に浸るのはいいけど、宿題はちゃんとやりなさいよ?」


 「嫌なこと思い出させないでぇぇえ」


 今度は別の叫びが出てきた。

 これ橘さん絶対休み終わり間際に慌ててやるタイプでしょ。


 「ここはめちゃくちゃいいところですね、景色もいいし温泉もあって、自然も感じられる」


 「安心してもらっていいですよ。ここは宝生家の誇るリゾート施設ですから。さすがに貸し切りとはいきませんがそれでも一番良いところを選んでおりますので」


 やっぱいいところだよね。……確かに部屋がめちゃくちゃ広いもの。

 用意された部屋は2室もあってリビングには薪ストーブみたいなものまでついている。

 家具などもあまりわからないけど、高級で洗練されたものっぽい。


 「こんなとこ初めて泊ったんだけど、うわすごぉぉぉ」


 橘さんはもう終始テンション上がりっぱなしだ。


 「外にはお風呂もついてるのね?」


 秋月さんの言う通り、ベランダの外をみれば確かに10人は入れそうな露天風呂もついている。

 所謂個室露天風呂付ってやつ。


 「え、最高じゃーン!!」


 あ、また橘さんのテンションが上がった。


 「うちのは人口の沸かし湯とは違って、天然のお湯を引いております。効能とかもあって確か……肩こりとかにもいいらしいですよ」


 「あらそうなの?肩はどうしても凝っちゃうからちょうどいいわぁ」


 肩を抑えながら腕を回したりする秋月さん。


 「私も凝りがちなのでちょっと楽しみなのですよね」


 「わかるー」


 全員が肩こりを持ってるそう。

 でも確かに全員立派なものをお持ちだから肩凝りそうだもんね。

 

 「というかなんだかんだでこの4人だけになるのってあまりなかったですよね?」


 4人。

 宝生さん、秋月さん、橘さん、それに俺。


 「……言われてみればそうかもしれないですね」


 「メイドの佐藤さん、とか黒川さんがいたもんねー」


 自宅のリビングにいるときには誰かが炊事とか手伝ってくれていたりしたし。

 今回は旅行、ということもあり花咲凛さんとかは用事があれば呼べるように別の部屋に待機してはいるけど、今この部屋にいるのはこの4人のみ。


 「それこそ最初に4人でいたのなんて最初のお見合いの時くらいじゃない?」


 ……言われてみればたしかに。

 4人だけでいることなんてこの一月あまりなかった気がする。

 短い時間で、とかはあったけど長くゆっくり話したのはそれだけだ。


 「いえ、他にもありますよ。あの許嫁家族会議の時にも4人で話しました」


 心が痛いな、許嫁会議にはいい思い出がないからなぁ。


 「ああキョウ君が私のお風呂を覗いたやつかー?」


 明るく橘さんが笑ってくれるが俺は苦笑しかできない。

 でもこの感じだともう笑い話として彼女も処理してくれているらしいのは救いだ。


 「いやぁあの時はほんっとごめん」


 「いいっていいってもう気にしてないからー!それにお詫びのお菓子もおいしかったし」


 「……それじゃ彼が、お詫びあげれば覗いてもいいんだーって勘違いするかもよ?」


 「えーそれはだめー、次は倍のお菓子ね?その次はさらに倍!」


 それ2乗ずつされていくやつじゃん。

 というか──


 「──だからわざとじゃないって気を付けるようにしてるしね」


 どんなに急いでても3階のお風呂に使うようにしてるんだから。

 

 「ああだからなんだー、キョウ君がランニングした後の早朝とかに3階へ急いで行くする理由~」


 音をたてないように静かにしてたけど、どうやら橘さんは気づいていたらしい。

 それもそっか橘さんも朝は起きていること多いしね。


 「急いでいくのは結構ですけど、怪我には気をつけてくださいね?それと静けさももう少しお願いします、武田さんは寝ている人もいるんですから」


 「申し訳ございません」


 宝生さんからしっかりと注意勧告をされた。

 より抜き足差し足でいこう。


 「……ですがそうやって気を使えて反省を生かしているっていうことはいいことじゃないですかね」


 「ありがとう……ございます?」


 これは褒められたのか……どうなんだ?


 「でもそっか4人で話したのってそれ位久しぶりなのねー」


 「こんな和やかな雰囲気で話すのは本当に初めてかもね?特に最初の時とは大違いだね~」


 最初の時っていうのはお見合いの時か。

 椎名さんが凄くいやな気の使い方をしてくれたおかげで、4人だけにされた時。


 「あの時黙々とみんなご飯食べてたもんね~」


 必要最低限しかしゃべらない。

 そして必要最低限の会話をしようにも、そもそもする話がない。


 「あの時は武田君が必死になって話をしようとしてたわよね?」


 「あーそうだったっけー?ご飯美味しくて聞いてなかったなー」


 「しゃべられてはいましたね」


 あの暖簾に腕押ししてる感じはとてもきつかった。


 「何を話したかさっぱり覚えてないね、というか記憶から消したもん」


 「帰る時、燃え尽きたような感じだったものね」


 燃え尽きまくってたな確かに。

 そして花咲凛さんの胸で泣いた。


 「私も『婚約破棄して」と言ったのは本心でしたけど、あの時は申し訳なかったです」


 「先に謝らないでよ?私も『男に興味ない』とか言って大人げなかったな、と思ってるんだから。ごめんなさい」


 「料理しかみてなくてごめん!」


 橘さんマジで興味なさそうだったもんね。

 でもそんなこと


 「わざわざ謝らなくてももう気にしてませんし、皆さんと話せるようになってよかったです。……謝罪は受け取っておきますけど」


 4人の中で沈黙が流れる、なんというか生暖かい空気が。

 そんな空気に耐えきれなくなったのか、この空気を作った宝生さんが


 「……とは言っても、あなたが田舎での過ごし方のコツ、なんて話すのもいけないと思いますけどね?」


 「それは申し訳なかったです、すみません!」


 確かにあのお見合いの会話のネタでこれは確かにないわ。

 まぁそれ位あせってたんだけど。


 「まぁまぁ緊張してたのよね?いまならわかるわ」


 優しく秋月さんがフォローしてくれる、そこにいつものような棘はない。


 「……先生今日はどうしたの?キョウ君に対してやさしくなーい?」


 「そうですね、いつもより優しい感じというか、なにかお二人の間にありましたか、デートの時に」


 優しくなる理由、か。

 それはきっとあれだ、きっと秋月さんが──


 「あったわよ?」


 「あったんだ、へぇぇー」


 にやにやと、年頃の女子らしくからかうようにこっちに近づいてくる。

 こういうところ女子高生って感じだよなぁ。


 「キョウ君いったいなにしたんだーい?あの堅物で頭がっちがちでめんどくさがり屋の先生をこうも柔らかくしたマジックはなんだーい?」


 脇腹を小突いてくるけど、そんなことの前に自分の心配した方がいいと思うけどな。

 

 「あーあよくしゃべるお口はこれかしら???」


 「ふんにゅっ」


 秋月さんは橘さんの口をむぎゅっとつかんだかと思えば今度はほっぺを引っ張っている。


 「ひたいーーー、暴力はんたーい、これが体罰だーー」


 「今はプライベートだから体罰とは違うわよ?じゃれあいじゃれあい、だって私たちは許嫁候補として同等なのだから」


 「ひたいひたいぃぃ」


 同等とは言っても、格付けにはなってそうだ。

 学校の時よりも仲良さそうにじゃれあっている。

 ほほえましい光景だけど……それも最後か。

 そう思うとやっぱりしんみりとしちゃう。

 

 いや秋月さんはあえて、なのかな?だってこれが最後だからコミュニケーションとろうとしてる。


 「……本当に何があったのですか?憑き物が取れたような感じですが」


 宝生さんも気づいているらしい。

 秋月さんが纏っていた剣呑な様子が消え去っていることに。


 「憑き物が取れたみたいだよめ」


 俺っていう憑き物が。


 「……さっぱりわかりませんが?」


 真意を測るように、真顔で俺を見つめてくる宝生さん。


 「秋月さんの口から多分説明してくれるよ……そうですよね?」


 問いかければ、橘さんの頬を引っ張るのをやめこちらを振り向く。


 「ええ、夕食の後にでも話させてもらうわ。少し時間もかかるしね」


 「そうですか……」


 「それまでゆっくりしましょ?」




 秋月さんの晴れやかな笑顔に、生さんも何かを感じ取ったのかそれ以上はその場では追及はしなかった。

 ゆったりとお風呂とか散歩とかを楽しみ、そんなことをしてたら外は気づけば夕方になり日も落ち始めている、4人の時間も少なくなっていた。


 豪奢な和風の夕食を食べ終えたころ、ふと会話がやんだ。

 皆の視線が自然と秋月さんに向いた。


 もう頃合いだろう、と。

 話してほしい、と。


 みんな心の奥底で何かを感じ取っていた。

 

 「今日は話しておかないといけないことがあるの」


 さっきまで料理に舌鼓を打っていた姿はなく、それこそ先生の時のように真剣な顔で俺たちを見つめてくる。


 「結論から話すわ……私、許嫁候補をやめることにしたの」


 そう宣言した秋月さんは、気負うこともなく葛藤もなく、ただただ穏やかな顔でそう話し始めた。



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 ほのぼの?

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