第80話 「覚悟を決めた女教師」
「おはよーございます」
週が明けた月曜日。
「あー……」
俺の身体は疲れ切っていた。
土曜日は秋月さんとのデート、その後お泊りをし、なんとか白石さんの誘惑を跳ねのけた。これさえ多大なる精神エネルギーを消費しきっったわけで。
本来なら日曜日である昨日休みたかったんんだけど。
「……まさか今週の搾精をやめようとはしていませんよね?」
花咲里さんの無言の圧にそんなことを言えるはずもく……
それに精神は消耗したとはいえ、別に土曜日に性を放出したわけでもない。だから体は元気なはずだったんだけど。
「……まぁいつも通りの濃さ……ですかね?いやちょっと薄い?」
何をとはいわないが検分された後、花咲凛さんが「いいことを思いつきました」とか言い始めたのが昨日のターニングポイント。
ここで「いつも通りに」といえばよかった、と後悔しても後の祭り。
俺は怖いもの見たさに興味をそそられてしまったわけで。
結果、無事寸止め地獄が始まったのだった。
最後にご許可が出て、放出した時は意識が弾けそうになったもんね。花咲凛さんも「濃厚ですねー」と心なしか満足そうにしてた。
今後の選択肢の一つにしましょうか、とか言った時は肝を冷やしたけど。
「なんかすごいお疲れじゃなーい?」
後ろから青山さんが話しかけてくる。
少し気だるいが、がんばって後ろをふりむく。
「……そう見える?」
「みえるよ!生きた屍みたい!なんか生気が搾り取られている感じかなー」
青山さんめちゃくちゃ正解である。
もうまんま搾り取られた感じで俺とは対照的に花咲凛さんはお肌つるっつるだった。
「なに、夜更かしした感じなん?」
これまた正解である。
「あっわかったー、夜のお遊びしてたんでしょー?」
青山さんの発言には思わずどきり、とした。
周囲もざわっとしているし。
もう見通されすぎて怖い。
教室の視線が、俺の一挙手一投足に注目が集まっている気がしてならない。
露骨に変なことも言えない。でも勉強してた、っていうのもなんか回答としては面白くない。
あ、そうだ。
「うーん…………秘密……かな?」
にこり、と笑顔を浮かべておく。
疲れ気味で変なテンションになっているのは否めなくもないがまぁいいや。
イメージするのはは白石さんの男版。ちょっとわざとらしくなりすぎたかもしれないけど。
「えっ……ほんとにそういう?」
からかってきたはずの青山さんが今度は目を丸くしてる。
「さぁ?」
「ちょっ、もやもやする!」
「あはは」
本当のことなんて言えるわけない。
一晩中責められ続けたなんていうそんな情けないこと。
青山さんが何かをさらに言おうとしたところで、がらっと前の方で扉の開く音がした。
「……はい、おはようございます」
バインダーを手にもつ秋月さんも心なしか元気がない気がする。
「……あれ先生なんか元気なくなーい?」
「……いつも通りですよ橘さん」
今の秋月さんは先生だからかこないだのような崩れた姿は全く見えない。
でも確かに橘さんの言う通り、顔は少し疲れてるようにもみえる。
「そーう?なんか化粧がいつもより濃い感じがするんだけどなぁ」
そう言われればそうかもしれない。
でも橘さん。多分それは言わない方がいいことなんじゃないかな?
「……橘さん今日までに出しておいた宿題はもちろんやっているんでしょうね?」
ほらいらぬ怒りを買った。
「……もちろん?」
ずいぶんと怪しい返事だった。
少し焦ったような顔もしてるし。
「そうですか、じゃあ次の授業始まる前までに、前の黒板で書いておいてくださいね?」
「うぇっ?!」
「いいと思いまーす!」
「なっセツナ?!」
突然の友達の裏切りに動揺を隠せない橘さん。
「いやーあぶなかったぁ、ミズリが答えてくれなかったら私の番だったからね。いやー助かった助かった」
と青山さんは大笑い。
なるほど青山さんもやってこなかったんだね。
……でもいいのかな?秋月さんの視線がターゲットを変えたみたいだけど。
「あらそんなにセツナは前に出たいのね?じゃあ二人で仲良く黒板に書いて」
「やーいざまーみろ」
「ミズリぃぃ」
俺を挟んで、二人がなんとも低レベルな争いをしてる。
なんて悠長にそんなことをぼーっと二人の様子を眺めていたらなんか橘さんと目が合った。
とっさに視線を逸らそうとして逆側を見れば今度は青山さんとも目が合う。
あ、まずい。
「先生なんか武田君が前に行って書きたそうな顔してまーす」
「あ、ほんとだーいきたそー」
二人して棒読みで言うのやめて。
そして秋月さんも笑顔でこっち見るのやめて?
「そう?授業熱心で良いことですね、では特別問題を用意しておきます、全員に」
「「「……」」」
皆絶句。
俺に至っては完全な巻き込まれ事故。
二人をジト目で見れば一斉に目線を逸らされる。
橘さんに至っては口笛拭いてるし。
まぁいいけどね?俺はちゃんと宿題やってあるから土曜日のデートでやらされてるし。
次の授業では俺以外の二人は無事、黒板の前で固まっていた。
昼休みになるころにはもう完全に俺の体力は尽きていた。
眠さがマックスだがさすがに話声のする教室でも寝づらい。
行儀は悪いが、図書室などの静かなところでちょっと仮眠をと思って、校内をふらふらとしていると──
「あら武田君じゃない?」
廊下の奥から白石先生が歩いてきた、今日はいつもの白衣姿だ。
「こんなところを歩くなんて珍しいわね~、それにふらふらしてるし、どうしたの?」
「ちょっと眠くて……どっかで眠れる場所ないかなーと」
図書室で寝ようとしてたまではさすがに言えない。
「あらじゃあ保健室使う?」
「えっ」
だけど白石さんの方から都合のいい提案をしてくれた。
「どうしたの?驚いた顔して」
「いやそんな理由で保健室使っていいのかなーって思って」
「使って使ってー、寝不足も十分な体調不良の一つだからね」
ささ、と手招きする白石先生。
うーむ、まぁ保健の先生がそういうならそうか。
白石先生に連れられ、保健室の中へ。
中は静謐な雰囲気が流れ、外の喧騒が少し気凝る程度。
またそれが心地よいBGMにもなっている。
気持ちよく寝れそう。
「そこにベッドあるから使っていいわよー、カーテンも閉めておくし」
なんかすごい至れり尽くせりだ。
ただ眠さの限界もあって、素直にベッドに横になる
「じゃあお昼休みになる前に起こすのでいい?」
「はい、すいませんがお願いします」
「あ、待って」
「……?」
とことこ、とこちらに駆け寄ってくる白石さん。
「こっちのクッションの方が──」
「入るわよ~」
白石さんがベッドにクッションをもって駆け寄ったタイミングでと同じタイミングでがらり、と扉があいた。
そこにいたのは眠たそうに眼をこすった秋月さん。
やはり寝不足だったらしい、じゃあ濃いめの化粧は隈でも隠すためのものかな?
「彩香~、ちょっとベッドかし……て?」
クッションもってベッドのそばにいる白石さんと受け取るように上体を起こす俺。
こちらを見てようやく状況に気づいたのか、少し困惑した表情を見せ、ついで怒りの表情を見せる。
ゆっくりと、後ろの扉を閉め、鍵をかける。
にこり、と秋月さんが笑顔を浮かべる。
「莉緒?」
「秋月さん?」
「……一応私の恋人なんだけど?」
最初に思ってしまった。
白石さんのことなのはわかってる、わかってるんだけど、あれ?恋人っぽいのは俺もじゃね?って。
「……言いにくいんだけど一応どっちもそうなんじゃない?」
白石さんも同じことを思ってしまったらしく、突っ込んだ。
「……私決めたわ」
「何をかしら」
「二人が何もないとわかってても、やっぱり今二人が話しててもやっとした、それでいろいろ悩んでたけど心が決まったわ」
とりあえず変な勘違いはしていないらしい、よかった。
「私も同じようなことを彩香にさせてたって考えるとひどい話だけど今更に気づいた。本当に申し訳なかったわ……でもこう思うのも結局私たちの立場が曖昧だから。不安だからよね」
「……」
白石さんも突然の告白にかけクッションをを持ったまま固まっている。
え、これ俺邪魔じゃない?
とりあえず上体を静かに倒して横になって目を閉じる。
「……私両親に伝えることにするわ、こんな曖昧な関係を終わらせることにするわ。私たちの関係をちゃんとするために、そこがまずスタートラインよね」
秋月さんの声はあっけらかんとしていた。
「そ、そう……でも本当にいいの?」
逆に白石先生が驚きすぎて、言葉を失ってる。
「いいの、もう決めたんだから」
「でもご両親との関係とか……」
「いいの!私のやりたいようにするの!それとも話しちゃダメなの?」
「いえダメってわけじゃないけど……うれしいわ」
なんか白石先生が秋月さんに押されて姿って初めて見るかも。
「なんか私清々しくなったわ、迷いが晴れた気分」
なんかカラッとした声をしている。
「
「本当に寝ているのかしら」
やめてくださいよ、白石さん。
俺の狸寝入りを見破ろうとするのは。
「いいわよ寝てても起きてても。それよりこの1月ごめんなさい、かなりつらく当たっちゃったわ」
秋月さんが謝った……?
「いろいろいっぱいいっぱいであなたに婚約破棄させて元の生活に戻ろうとしてた、でもやっぱりそれは大人としてずるよね。だからちゃんとするわ。私からちゃんと彩香が恋人だって話す、だからあなたの許嫁候補の私ももう終わり」
薄々感じてはいたけどやっぱりそういう……
「また今度ちゃんと謝らせてね……あーすっきりした……昨日とか彩香のせいで眠れなかったしすこし寝よっと」
言いたいことを言って満足したのかそのまま横のベッドにダイブし、寝息を立て始める。
「えぇ」
ねたよほんとに。
なんというか……
狐につままれるってこういうことなのか。
でもそっか、これで秋月さんは許嫁じゃなくなるのか。
なんだかんだ少し寂しくはあるけれど、でもこれはきっといいことだ。
二人の未来は明るくなる……はずなのに、見えたのは困ったように笑う白石先生の顔だった。
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