第79話 「女教師たちの未来 SIDE 秋月 莉緒」


 SIDE 秋月莉緒

 

 あれ私いつ寝たんだったっけ?

 昨日の夜の記憶がほとんどない。


 彩香はもうとっくに起きているらしく、一緒に寝ているはずの隣の空間がぽっかりと空いている。

 寝ぼけた頭でリビングの方へとのそのそと歩く。

 

 「ふぁーあ、おはよ彩香」


 「おはよー莉緒。っていってももうお昼前だけどね」


「え、うわほんとだ。あー、寝すぎた、っていうか頭がずきずきする」


 「じゃあお味噌汁でも温めておくわ」


 なんで頭痛いんだっけ。

 洗顔して、冷水を浴びることによって徐々に意識が覚醒し始め記憶も蘇ってくる。


 確か昨日は政府の言う通りデートをしなきゃいけなくて……そうだそれで学校であいつの勉強を見てあげたんだった。

 まぁまぁあいつががんばってたのもあって、ご褒美と思って彩香の家に連れて食事をとらせてあげたんだった。案の定あいつは彩香の料理に舌鼓をうってた。

 そりゃそうよね、彩香の料理はすごくおいしいんだから。

 あまりに美味しすぎたからか、あいつはそのまま仮眠してたけど。

 

 それにしてとよく女性二人の前で堂々と寝れるわよね~、襲われるかもしれないのに。

 そういうところ図太いというか疎いというのかなんというのか、ちょっと心配になるわもちろん教師としてね?


 本当に見ず知らずの相手だったら犯罪に巻き込まれてもおかしくもない。

 あいつの無防備な様子に今度教育しようと思いながらお風呂入って、それで……あ。


 「私バスタオル姿見られちゃってるじゃないはしたない!」


 そうだ思い出した!それでやけになってお酒を飲んだんだった!


 いえ……ちょっと待って、ていうことは今もいる……?

 え、どんな顔して会ったらいいの?

 タオルを巻いていたとはいえ半裸を見られ、さらに酔っぱらってつぶれた姿まで見られている。


 ……うんどうしようもないわ。

 というか女性の肌を見る方が悪いに決まってる!私は被害者。だから堂々としておかなきゃ。


 そう気持ちを持ち直し意気込んでリビングへと入る。

 

 「あ、莉緒。みそ汁もうあっためてあるから飲んで?」


 彩香が目の前のテーブルで優雅にコーヒーを飲んでいる。


 「あれ……あいつは?」


 周囲を見渡すが、どこにも男の姿はない。


 「あいつ……ああ武田君のこと?彼なら早朝に帰ったわよー、あまり長居して私たちに迷惑をかけたくないと言って」


 あっそう、もう帰ったのね。

 何とも早いこと……でもこれで今日の帰りはゆっくりと帰れるわね。


 「ならいいわ、いただきまーす」


 「それとあまりに遅いとメイドさんに怒られる、とかも言ってたわね?」


 専属のあのメイドのことね。


 「珍しいわよね、男性なのにメイドに怒られること気にする……なんて」


 「そうね」

 

 許嫁制度による彼らの関係はあくまでメイドと主人だ。

 本来は上位の者と下位の者、明確に線引きされている二人。

 そう本来は……

 

 「前にうちの学校に転入する手続きをしに来た時だったかしら、その時に二人の姿をみたけどお互いに信頼している感じだったわね~、少なくともビジネスライクっていう感じだけじゃなかった。家でもそうなの?」


 「さぁどうなのかしら?あんまり家では彼のことは見てないから」


 「あなたねぇ」


 少し呆れたような顔の彩香。


 「……でもたまに見る感じは確かに主人とメイドってだけではなさそう。少なくともお互いに親愛を向けてはいるわね?もしかしたらそれ以上かもしれないけど」


 「やっぱり家でもそうなのね~」


 「あくまでそう見えたってだけの話よ……本当かどうかはわからないわ」


 「じゃあ許嫁としてはあなたもうかうかしてらんないんじゃない?」

 

 「はい?うかうかしてられるけど。関係ないし」


 思わずまじまじと彩香の顔を見てしまった。

 ただ彩香は何も気にした様子はなく手元のスマホを眺めている。


 何で私があいつとの恋愛の進捗を気にしないといけないのかしら。

 あいつが誰とどうなろうと知ったことではない。


 「ふふ、冗談よそうむきにならないの。でもなんで彼をそんなに嫌がるの?男性としては悪くない、むしろいい方じゃない。あなたの嫌う男性、とは多分違うでしょ?」


 私の嫌う男性……ええ確かに彼は違う。

 いつも威圧感をまき散らし、しかめっ面をしていたりしない。


 「……でも男性よ。そうなってもおかしくないわ」


 「はぁ……そんなんで今度の三者面談大丈夫なの?」


 「嫌な話思い出させないでよ」


 考えただけでも憂鬱な気分になる。


 「私は心配しているから聞いてるの。今度の三者面談、その時に間違いなくご両親に聞かれるわよ?武田君との進捗はどうなのか、とかお互いの好きなところは、とか。あなたちゃんといえる?しかも嘘、とばれることなく」


 ……言えない。

 嘘をつくことはできても、看破されるのが目に見えている。

 

 「ねぇ莉緒」


 持っていたカップをテーブルにゆっくりと置き、彩香は私の目をまじまじと見つめる。


 「いつまでこんなこと続けるつもりなの?」


 「いつまで……って」


 いつまででも、そういいたかった。

 彩香とは家族になりたいって。


 「私たちの関係は薄氷の上に成り立ってるようなものよ。いつ崩れてもおかしくない。たまたま恭弥君が私たちの関係を知っても受け入れてくれて理解があってなにも言ってないだけ。だけどそれがいつまでも続くか分からない、それに両親にもまずあなたが隠し続けるのは無理でしょう?」


 どうするつもりなの?

 言わずともそう彩香の目は雄弁に物語っていた。


 「で、でも今でも私たちはやってこれたじゃない?」


 「今までやってこれたからこれからもやっていける、なんてことはないんだよ?それは許嫁制度に参加した時点で分かってたことじゃない?」


 耳に痛い言葉を彩香は続けていく。


 「武田君はすごいいい子よ?だからこそ大人の私たちがこんな不義理みたいなことを続けちゃだめじゃないかしら、それにNAZ機関がいつまでも私たちの関係を放置しておくとも思えないし」


 「でも今までは……」


 言おうとしてやめた。

 さっき彩香に言われたばかりじゃない、未来はわからないって。


 「そう、別に今すぐに決断をしてって言ってるわけじゃないのよ~、ただ期限はもう迫ってきているっていうことも頭に入れておいてほしいわねいつかは分からないけど」


 期限が分からない期限……ね。


 「恭弥君たちとみんなが幸せになれる未来ある選択肢をとるか、親と険悪になるかもしれないけど私といる道をとるのか」


 あいつといたら彩香とは一緒にいられない、でも両親は喜ぶ。

 彩香と一緒にいたら私たちは幸せになる、でも両親とか他の人は悲しむし絶縁もあり得る。


 誰を選んで誰を選ばないか、そんな話。

 でも……


 「もしかしたら他の道だって……」


 「あるかもしれない、でも私は今思いつかなったから」


 そういう彩香の目はなにも映していなかった。

 心の奥で何を考えているかみえない。


 「彩香はどうしたいの?」


 今までには彩香の意見は何もなかった、私がどうしたいかしか聞いてこなかった。

 でもこれはあくまで二人の問題の訳で。


 「私……私の答えはね……」


 一呼吸置きために貯めて、彼女は言った。


 「ひみつ」


 「なっ!?」


 思わず絶句する。

 こんな大事な話をしているときに何が「ひみつ」よ。


 そう烈火のごとくいう前に彩香が続ける。


 「私の答えは決まってるわ。でもどっちを言ったとしても今のあなたには聞かせられない。迷ってるあなたは私の意見を頼りにしてしまうから」 


 しない、とは言えなかった。

 それほど迷っているから、別にあいつが大事って言うわけじゃない、親とか色々考えると即断なんて出来るわけない。


 「だから今回はちゃんと自分の意志で選んで?」


 普段おっとりとした彼女らしからぬ、決然とした口調だった。

 でもこう、と決めた時彩香はてこでも動かないのは知ってるから。


 「分かったわ……考えてみる」


 「ええそうした方がいいわきっと」


 さっきまの表情が嘘のように朗らかな笑顔を浮かべている。


 「本当はもっと早い段階でこの話をすべきだったんでしょうねー」


 「……」


 それは彩香の独り言に近かった。


 「ちゃんと決然とする彼をみて正された気分になったなー、でもしょうがないわよ莉緒との関係は居心地がよかったんだもの」


 その言葉はまるでいなくなる、みたいな話し方で。


 「これからも、そうよ」


 「ふふそうだといいわね?」


 でも確かに私にもまだ迷いはある。

 だからちゃんと考えるもう逃げたりはしないわ。


 「三者面談までに答えをだすわ……決めたら一番に伝えるから」


 「ええ楽しみにしているわ、あなたの答えを。いい答えが聞けるかしらね?」


 彩香に聞かせて見せるわ。

 だってこれはもう私の覚悟の問題なんだから。


 「さ!じゃあ真面目な話はやめてとりあえずHしましょ?」


 「ふぇ?」


 あまりにもあまりな話題展開に頭が追い付かない。


 「いえ昨日性のつくもの食べたでしょ?男の子ってこういうの好きかなって思って。それでただでさえエネルギーが余ってる中で、莉緒とキスしたっていうのに莉緒はそのまま酔いつぶれたでしょ?」


 じとっとして私を見つめてくる彩香に視線を逸らすことしかできない。


 「でもほら昨日したとしても、あの子いたし?」


 「そういう時だからこそやるのがいいんじゃない?それにそうなったらそうなったで……」


 楽しそう、そう表情が言っていた。そうだった彩香はこういう人だった。

 子供たちの保険教師でもあると同時に夜の保険の先生だった。

 まぁ今は昼だけどそのモードが出てきちゃってる。


 「ちょっ、なにいってんの」


 「襲っちゃうわよー」


 「ちょっ彩香!」


 私が拒めるはずもなく、漠然とした不安を押し退けるように、いつもより濃厚に絡み合った。

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