第75話 「夕食とみえた情事」
問題を解き終わったのは、結局4時間後。
お昼過ぎだった時間はいつのまにか陽が沈みかけている。
「……終わりましたぁぁっておぉっ」
疲れたぁぁぁ、背筋を伸ばし前を向いたらいつの間に移動したのか秋月さんが斜め向かいで本を片手にこちらをのぞき込んでいた。
「何素っ頓狂な声出して……お疲れ、じゃあ見せて?」
「え、あ、はい」
秋月さんは受け取った解答用紙の丸付けをその場でしてくれる。
答えは全部わかっているらしい、さすが先生。
ものの10分もしないうちに採点は終わった。
「へぇ一応編入の時の成績も見てたけど、本当に勉強もできるのね」
返された解答用紙を見ると全教科8割から9割はとれている。
まぁ悪くない方なんじゃないか?
「編入試験の時勉強したのをまだ覚えてるだけです」
というか完全に花咲凛さんのおかげである。ご褒美につられてめっちゃ勉強した。
「男性の謙遜は珍しいけど、でも時には嫌みになるから気をつけたほうがいいわ」
別に謙遜ではないんだけどなぁ…………謙遜する相手もいないし、花咲凛さんのおかげだから誇る気にも慣れない、それに前世の記憶もあるしね。
「まぁいいけど。じゃ間違えた箇所の解説だけするわ、ラッキーで正解したところもついでにね。まずここの問題は英語の誤訳ね、ここの単語は難読よ?ただ前の文脈から考えると自然と……」
俺のことを嫌っている割にちゃんと解説はしてくれるらしい。仕事は仕事、と割り切るタイプらしい。
授業を聞いていてもわかったがやはり秋月さんの教え方は端的で、しかもわかりやすい。
なんなら別の類似問題で練習までさせてくれる。
勉強が終わったころには沈みかけていた陽は完全に落ちていた。
「ま、こんなところね?なにかわからないところある?」
「いえわかりやすく先生に教えてもらったので大丈夫です」
「そ、じゃあ忘れないようにしてください。じゃあ今日の授業は…………って授業じゃなかったわ」
いつのまにか秋月さんも先生モードに入ってたらしい。
俺も生徒になってたし。
「今日はこれで終わりよ」
「ありがとうございました」
一礼して出ていこうとする。
いやー普通に勉強した、ちょっと賢くなった気分。
まぁデートなのかどうかは別だけど、嫌っている俺でも丁寧に教えてくれたのは意外だった。
最初はやっつけかとも思ったが本当に成績を計るつもりだったみたい。
案外最初のお互いのことを知るっていうのも方便だったのかもしれない。
仕事も俺が気を使わないように、問題に集中できるようにしてた、みたいな。
「じゃ失礼します」
デートとして考えたらあれだが勉強と考えたらすごく有意義だった、また教えてもらいたいぐらい。
変な満足感を覚えながらも教室を出ていこうとして──
「さすがにちょっと待って」
秋月さんに引き留められる。
「…………なんですか?」
「いやなんできょとんとした顔してるのよ、さすがにこれで帰す訳ないでしょ」
「え、まだ勉強するんです?」
さすがにこれ以上はちょっと勘弁したい。
「したいならするけど?」
「いやさすがにちょっと……」
結構頭を酷使した。
「でしょうね、。私も休日にまで残業なんてしたくないわ」
「ならなんです?」
さっぱり見当もつかない。
「はぁ…………さすがに勉強しただけでデートを終わらせたらまたあの国のお役人に何言われるかわからないじゃない」
……確かに。
おれもデートをした感覚じゃなくて、勉強した感覚だったし。
「だからそれっぽいことをするわよ」
それっぽいこと…………。
夜の学校、女教師、密室、勉強…………。
そのワードから連想されるのは。
「え?!」
思わず驚きで顔を上げる。
夜のお勉強タイムってこと?!
「何を想像したか知らないけど違うわ。普通に夕食をご馳走してあげるって言ってるの」
「ゆ、夕食ですよね、そうですよね」
「それ以外あるわけなくない?」
「あるわけないですねええ」
「じゃ、行きましょ?」
秋月さんはそういって白衣を脱いでコートを羽織る。
校舎を出るとあたりはもう真っ暗だ。
いつの間に呼んだのか、校舎の前にはタクシーがついていた。
二人で後ろの席に乗り込むと、すぐにタクシーは発射した。
どうやら事前に目的地を言ってあるらしい。
「……食の好みとかはある?」
「好み、ですか。なんでも好きですよ、カレーとか唐揚げとか天麩羅とかラーメンとか肉じゃがとか」
「めちゃくちゃこってりしたもの多いわね、まぁ分かった」
「全然他のフレンチとかイタリアンとかも好きですよ」
「いきなり高いの来たわね」
「いや高いのが食べたいとかじゃなくて、全部好きなんでどこでも大丈夫っていうことです!…………それでこれどこ向かってるです?」
勘違いされても困る。
「え、秘密」
真顔で言われた。
こんなにうきうきしない秘密があるのか。
10分もしないうちにタクシーはマンションの前で止まる。
「……さ、行くわよ?」
秋月さんは何度も来たことがある場所なのか、慣れた手つきでオートロックを解除し中へ。
そのままエレベーターで高層階をタップする。
「もう着くって連絡してあるわ」
「そ、そうですか」
これは俺はいったいどこに連れてかれてるんだ。
どこかのお店に入るのか思ってたけどどうやら違うらしい。
マンションの一室で店をやってるとかもないだろうし。
隠れ家個室、みたいなことかな?
確かに生徒と先生だからそういうのも必要かもしれない。
10階でエレベーターを降りると、秋月さんは慣れた様子でそのまま突き当りの部屋へ。
ピンポン、と一度チャイムを鳴らし、バッグの中からかぎを取り出した。
鍵あるんかい!
ガチャリと扉を開け、中へ。
なかは隠れ家居酒屋…………なんてことはなく普通のマンションの一室。
玄関はフレグランスの香りがして、すごく落ち着く感じだ。
「ただいまー」
秋月さんは靴を脱ぐと、迷わず中へ。
それと同時に玄関の奥、閉まっていた部屋の扉が開く。
「おかえり莉緒、それに武田君もいらっしゃい?」
「お、お邪魔します白石さん」
「ええ、どうぞー」
白石さんは黒のスキニーに長袖のシャツをゆったりと着てその上にエプロンを巻いている。
髪も一つ結びにしているし。
「もうちょっとでご飯できるから待っててね、いきなり彩香が唐揚げとかも追加してくるから出来あがってないのよね~」
キッチンには色とりどりの料理が並べられている。
「あ、秋月さんが料理するんじゃないんだ」
「一言も私が料理するなんて言ってないわよ?」
すこし誇らしげに話す秋月さん。
いやデートなのに別の人が作る、と考える人はいないと思うけどなぁ。
美味しい料理が食べられるならどうでもいいか。すごくおいしそうな手料理だし。
どれも出来立てなのか、すごくいい匂いがしてる。
それを認識した瞬間──
ぐぅ……と、お腹が鳴った。
しかも二人同時に。
「あら食いしん坊な人が二人もいるみたい」
白石さんはあららら、と嬉しそうに俺らを見る。
俺は赤面、秋月さんはそっぽ向いて見ればそ知らぬ顔をしている。
認めるつもりはないらしい
「とりあえず座ってて?彩香も気取ってないで着替えてきたらー?」
「気取ってない!でもそうするー」
少し気だるそうに秋月さんは玄関横の部屋に入っていく。
「
「しませんよ、そんなこと!そういうのは着けているのを見るのがいいんですから!」
「そんな堂々と宣言することでもないけどねー」
と、からからと白石さんは笑う。
そんな言葉と同時に、じゅわぁっていう鶏肉を揚げる音と、油のいい香りが漂ってくる。
やばい、涎が…………
「もう少し待ってねー、2度揚げしちゃうから」
2度揚げ、なんて甘美な響き。
そんなこんなで食欲と俺が戦っていると、部屋から秋月さんも出てきた。
「いい匂いね」
「あ、莉緒。いいところに来た、ご飯とお味噌汁よそって持って行って」
「え、そんなのこの子にやらせたらよくない?」
「お、おれやりますか?」
「ううん大丈夫よ、武田君は座っててー?莉緒も何言ってるの、お客様の
「お客様って」
「いいからやる!」
秋月さんもさすがに白石さんには勝てないのか渋々よそっていく。
一つ分かった。どうやら白石さんは2人の時は下の名前で、秋月さんがいるときは上の名前で呼ぶらしい。
なんでなんだろう、秋月さんに嫉妬されたくないとかそういう感じかな?
というかそういえば──
「はい完成!食べましょっか」
テーブルには、秋月さんと白石さんが向かい合い、俺はその真ん中、つまりお誕生日席に座る。
というか座らされた。
「いただきまーす」
「いただきます」
「どうぞー大したものじゃないけど」
秋月さんはきっちりと手を合わせて食べ始める。こういう一つ一つの所作が見惚れるくらいに様になっている。
気品みたいなものまで感じさせる。和って感じ。
食卓に並べられた料理はどれもおいしそうで目移りしてしまう。
唐揚げにお浸し、レバニラ、カキフライ、などなど。
全部おいしそう。
「それにしても今日は豪華にしたのね彩香」
「そりゃそうでしょ、せっかく男性が家に来るっていうのに」
「別にしょうがなくつれてきただけだけどね?」
「そんなに不貞腐れないの、お客様、だからよ?」
どれから食べよう。
うーん悩ましい、悩ましいがまぁまずはやっぱり唐揚げだよね!
「それで今日はどこにいったのー?」
「え、学校」
やっぱ揚げ物は揚げたてに限るわぁぁっぁっ最高!
唐揚げを一口噛むと外はさくっと、中からは肉汁が出てきてめちゃくちゃおいしい。
これだけでご飯3倍は進む。
「え、デートでしょ?なんでが、学校?」
「いや普通に仕事残ってたし、こいつも勉強させておけば一石二鳥かしらって。勉強デートってやつよ」
「いやそれ勉強デートって言わないからね?」
続いてカキフライ。
ソースをつけて食べる、うんこれもうんまい。牡蠣も大振りで食べ応えある。
もううますぎて頬がとろけるよね。
「それだけってことはないわよね、そ、それ以外は?」
「え、ここまで車で着て話もしたわよ」
「うそでしょ?莉緒あなたお昼過ぎから学校にいたはずよね?え、ずっと勉強させてたの?」
「勉強っていうかテスト解かせてたんだけどねー」
「より放置じゃない!莉緒あなた一回デートの意味を調べなさい?」
お浸しもうまい。
揚げ物の油でもたついたところをさっぱりとしてくれる。
「そ、そんな言わなくても……」
「はぁあなたねぇ?」
「ちゃ、ちゃんと解説とかはしたわよ?それに途中からはちゃんと見てたし!まぁ本人はテスト解くのに夢中になって気づいてなかったけど」
「今ご飯に夢中なってるみたいに?」
ご飯もおいしい。
なんだこれ普通の白米とは違う気がする、これ玄米かな?白米と一緒に混ざってとてもおいしい。
レバニラと一緒にたべるのさいこーすぎるあぁ極楽!
「まさにこんな感じね。集中力はあるみたい、成績も結構よかったわ」
「へー莉緒がそういうなんて結構できるのね。」
「ほどほどには?まぁ頭の回転がはやいのは許嫁投票の時にもわかってはいたことだけどね?それにしても──」
うん?
なんか視線を感じる。
前を見れば秋月さんが呆れた顔で俺を見ていた。
「……なんでふ?」
「遠慮なく食べるなーって」
「あ、すいませんすごいおいしくて」
うっかり話も聞かず食没してた。
これは失敬、デートでは話とか聞かなきゃいけないのに二人の話全く聞いてなかった。
「いいのよ遠慮せずもっと食べて?そういってもらえると作った甲斐があるってもんだから」
「わたしもたべよ、っと!」
秋月さんもご飯を頬張り、おかずに手を出していく。
「ふふふいっぱい食べて?まだまだあるしね?」
白石さんはうれしそうに俺らが食べる様子を見ていた。
結局ご飯は4杯も食べてしまった。
これもすべて白石さんの手料理がおいしすぎるのが悪い。
まぁそのせいで………
「う、うごけない」
「あんたばかぁ?」
腹ぱんぱん過ぎて、もう無理動けない。
呆れた目で秋月さんが俺を見てる。
うん、おれもそう思う。
「美味しすぎて…………ぐっ」
「ま、その気持ちは分かるけど」
「じゃああっちにソファあるから少し横になったら?」
いきなり初対面の相手の家で寝転ぶわけには…………
「…………失礼します」
這いずるようにソファーに横たわる。
あぁお腹が苦し…………
気づいたら意識が飛んでいた。
「んっ……」
「ほら莉緒もはやくお風呂に入ってきたら?」
「んっ、そうするわ」
「いってらっしゃい」
「じゃあ最後にもう一回だけ」
目をうっすらと開ければ部屋は明かりが常夜灯になっていて薄暗くなっている。
そんな中……
秋月さんは俺に背を向ける形で、白石さんと抱き合っている。
「しょうがないね、ほんとお風呂嫌いなんだから」
っていうかキスしてるぅぅっ!
しかも舌を絡ませるような濃厚なキス。
絡ませること十数秒。
おのずと離れていく。
「…………いってくるわ」
俺が起きているのにも気づかず、秋月さんはお風呂場へ。
さて問題はここから。
秋月さんは気づいてなかった、そう秋月さん
じゃあ白石さんは?
そんなの決まってる。
「女の情事を覗くなんていけない子ねぇ?」
目の前にはお風呂上りなのか肌を少し上気させ、妖艶な笑みでこちらを見つめる白石さんの姿があった。
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8月が終わったぁぁぁぁぁ。
みなさんの夏の思い出はなんですか?自分は家で書いてました笑
Ps.台風やばい
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