第73話 「三者面談」


 「皆さん本日はお忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます」


 深々と家のリビングで一礼する椎名さん。

 許嫁投票の時より目の隈も少なくなった気がする。元気そうでよかった。

 

 リビングのテーブルでは紗耶香さんがコーヒーを飲み、その使用人の黒川さんと俺のメイドの花咲凛さんはキッチンで待機中。

 ソファには秋月さんが腰掛け、少し眠そうにしながら化粧をしてる、秋月さんはもう見るからに機嫌がわるそう。

 橘さんはソファの下でスマホで何かを見てるし、そもそもこの話に興味がなさそう。


 そして俺は紗耶香さんの反対側のテーブルでコーヒーをいただく。

 眠い頭をカフェインで無理やりたたき起こす。


 珍しく全員がそろった。それこそ一堂に集まるのは許嫁投票以来?いや椎名さんか黒川さん花咲凛さんがいなかったりするから、一堂に会するのは実はあの許嫁投票の説明があったとき以来かもしれない。

 

 ちなみに基本的にみんな予定がなければ、週末は夕食を食べる、っていうのはまだ継続してる。

 ……まぁ今まで全員がそろったのは2回しかないけども。


 「なるべく手短にして?」


 興味なさげに、手鏡を見ながらも化粧を入念にする秋月さん。

 学校の時の薄くメイクをする感じじゃくて、口紅とかアイラインなどしっかりしている。

 ……男だからなんとなくしかわからないけど。


 と思ってたら──


 「せんせ、化粧ちゃんとしてるけどお出かけー?」


 橘さんが聞いてくれた。


 「ええこれが終わったら」


 「そうなんだ~、デートぉ?」


 白石さんとかかな?


 「さ、どうかしら?」


 興味なさげに聞く橘さんと、そっけなくかわす秋月さん。


 「わぁえっちいことだぁ?」


 「健全な大人のおでかけ、よ?」


 「わぁお、響きが甘美だね」


 「……あなたテキトーにしゃべってるでしょ?」


 「いんや真剣真剣だよー」


 絶対テキトーだ。

 ゆるーく脳死で会話してるそんな気がするもん。

 朝だからしょうがないかぁ。


 「全くあなたを教育する担任の教師は大変そうね?」


 「私の担任の先生、放任主義だから気にしてないよーこないだ転入性のこと忘れてたし」


 おっと秋月さんに鋭いカウンターが飛んでいった、そしてちょっと俺に飛び火してる。


 「あえてに決まってるでしょ?」


 「いやそれはうっかりであってほしかった!」


 思わず気持ちが漏れる俺。


 「まぁクラスに溶け込めてるしいいじゃない?男子とも仲良くなって青山さんたち女子とも話してるでしょ?結果的に問題なければいいのよ」


 まぁそれはそうですけどね?

 でもなんというか釈然としない気持ちもあるけど。


 「そろそろご説明させていただいても?」


 今日もきっちりスーツ姿の椎名さんがいつのまにかタブレット片手に俺らを見ていた。

 いつのまにか壁にはスライドが映し出されている。


 「お願いします」

 「お願いしまーす」

 「どうぞ」


 紗耶香さんの言葉を合図に、椎名さんが話し始める。


 「それではご説明させていただきます。改めてにはなりますが、許嫁候補から無事、許嫁、となり皆様とまたこうしてお話できる機会があることをうれしく思っております。今後もより一段と皆様のサポートをしていけたらと思っております」


 「そういう形式ばった話はいいから中身の話をして?」


 相変わらず端的さを望むね、秋月さんは。

 でも学校でもそいう感じだった、理路整然としている感じ。


 「では前口上はこのあたりにして……。前回は許嫁候補、として相手を見極めるためにも同じ屋根の元共同生活、デート、二人でお出かけをする、など相手の人となりを知ることが主な目的でございました。やはり結婚にはそれぞれ愛がなければいけませんからね」


 ハーレム制度自体が既存の男女の結びつきとは異なるけどね。


 「ただどうしても生理的に無理、という場合もございますから。それを図るための許嫁投票でございましたが、無事第一次関門を突破された、ということは即ちお互いに結婚しても良いくらいの異性である、と全員が認めたと同義でございます。生理的に無理みたいなのはとりあえずなくなったわけですね」

 

 途中までその第一次関門すら突破できそうになかったけどね?

 なんなら最後まで不安だったし。


 「ただこれはお互いをちょっと知った、程度に過ぎません」


 俺もすべてを知った、とか言うつもりは毛頭ない。なんならスタートラインに立ったぐらいの認識だ。

 紗耶香さんはそれこそ少し深入りしたからあれだけど、秋月さんと橘さんは話しづらい状態からちょっと話せるようになった、それくらいの関係になったわけだし。

 なんなら秋月さんとはデートもしてないわけだし。

 まぁしたらしたでまだ気まずい……かも。


 「なので今回はお互いのことをより深く知っていただく機会、を準備させていただいております」


 「お互いのことを知る機会……?」


 「これ以上?」


 まぁ一緒に共同生活していたらわかることもまぁまぁある。

 橘さんがグーたらしてるように見えて実は早起き、とか。秋月さんが意外とだらしない、とか。

 宝生さんが寝起きは弱い、見たいこととか。

 今のままでも続けていけば知れる気はする。


 「今まで以上に中を深めるため、促進するためです。基本はこの共同生活で、この共同生活で分からないことを知るための三者面談でございます。許嫁の前の姿とご両親のの前だと違ったりしますから」


 「そういえば三者面談をするってだけは通知は来てたわね、詳細については触れられていなかったけれど」


 「さようでございます。今回の三者面談は武田様と許嫁の方々、それに許嫁のご両親、三者で行っていただきます」


 「えっ」

 「…………」

 「っ…………」


 三者三様の反応。


 橘さんは純粋な驚きを露わにし、紗耶香さんはある程度予期していたのかわからないけど大した反応を見せなかった。

 一方で反応を見せたのは秋月さん。


 露骨なまでに顔をゆがめている。


 「やはりご両親、ご家族の方は幼少期から知っていますからね。それらを知ることによってより深い絆で結ばれ、しかもご両親方の応援を受けることによって、より男女の愛の力を確信できる、ということでございます」


 まぁこれ要はあれだよね。

 前世で言う、両家顔合わせ、みたいなことだよね??



 …………え、めっちゃ緊張するやつじゃん。

 【娘はやらん!】ってぶん殴られる確定演出のあれでしょ?


 しかも3家にやるわけだよね?

 間違いなく不誠実じゃん!しかも3人の許嫁たちのご両親っていうと世代としては一つ上。

 40代後半から60台くらいでしょ?ハーレム制度、というか一夫多妻制に反感を持っている世代ともいえる。

 現在の政府の方針に難色を示した層、ってこのあたりだったはず。

 その世代に対する企画でもあるのかもしれない。


 「う、うちはあれかな?しなくてもいい、かな?」

 

 「私の家もそうね、しなくていいわ。もう成人しているし両親もこの制度に参加させた時点で了承しているようなものだし」


 「私の家は構いませんが…………ただ両親にも仕事のスケジュールございますのでそちらとの兼ね合い、にはなりますが」


 橘さんと秋月さんは明確に来てほしくなさそう。

 紗耶香さんは…………わからない。


 「承知しております、皆様のご両親からは色よい返事をいただくことが既にできております。皆様「早く会いたい」と回答されておりました」


 大丈夫かな?

 「早く会いたい(指ぽきぽき)」みたいな感じじゃないよね?


 「そそうなんだ……あはは」

 「またあの親どもは勝手にっ!」

 「それなら問題ないです」


 橘さんは俯き、秋月さんはいら立ちをあらわにしている。

 二人とも両親とは不仲、なのかな?


 「まぁただいきなりご両親に会わせる、というのも少しハードルが高いかもしれません」


 すこし、というかかなりだけど?!


 「ですのでGW中に皆様には温泉地を用意しておりますのでそちらで仲を深めてください」


 「温泉?」


 「ええ、本来の制度ですとやっておりませんが、各種ご両親への対応など皆様考えたいかと存じますのでご用意しました…………というのは建前です。これは政府からのこないだのお詫び、というのも含まれております」


 「ちなみに宝生家関連の施設ですのでごゆっくりいただけると思います」


 九頭竜たちの件…………か。そりゃ宝生家としても当然…………いやこれでお金とかでも賠償してる、とかなのか?

 家的な問題を解消させる狙いもある、とならほかの家にも何か賠償してるのかも。


 …………まぁ俺らにはあんま関係ないけど。

 俺としては、温泉地で休養しながらも対策でもしたら?みたいな話で考えとけばよさそう。


 「ただご両親たちは皆さま賛成的な方が多いかな、と思いますので、まぁゆっくり温泉を楽しんでいただけたら、と。それが終わり次第ご両親たちに夏までを目安に、お会いしていただきます。なにか疑問等ありますでしょうか?」


 「……拒否権は?」


 「皆様の結婚生活の上でご両親というのは大事、かと。お互いに知っておくことは必要ではないか、と」


 「会わない夫婦だっていると思うけど?」


 「結果的にそうなってることの方が多いのではないですか?相性というものもあります、ただ一度は会うのが筋では?」


 何とかして秋月さんは会わせたくなかったらしい。

 両親のことを苦手にしてる…………そんな感じか?


 ただ論理としては椎名さんに筋がある。


 「私は別にないです、もう1度人を通して話してはいるようですし」


 紗耶香さんの家はそれはそれで怖い。

 宝生家だよ?こないだ黒川さん勝手に伝言役にしたし助力して、とかお願いしちゃったし。

 それはそれで怖い。


 「わか…………った」


 橘さんも乗り気ではないけど、理解はしたっぽい。

 となると反対してるのは秋月さん、だけ、ということになり。


 「……わかったわ」


 さすがに旗色が悪いと感じたのか、うなずく秋月さん。


 「よかったです、ではまずは直近の温泉をお楽しみください。何かあればいつでもご連絡ください」


 にこりと、一礼して出ていこうとして椎名さんは立ち止まる。


 「一つ言い忘れてたことがありました」


 全員がなにか、と椎名さんの方を向く。


 「これに関係するのは秋月様と武田様でございますのでお二方は大丈夫です。」


 …………なんだ?俺と秋月さん?

 なんかあったっけ?


 秋月さんも心当たりなさそう。


 「お二方はまだデートをされていませんよね?ほかのお二人とは違って」


 あ。

 たしかに前回は秋月さんの場合は体調崩して代わりに白石先生が来てたな。


 「で、でもあれはこないだの許嫁投票をするまでの話、もう終わったんだから」


 「いえほかの皆様はしていて少しは仲が良くなったと客観的に見えます、対して秋月様たちはあまり最初と変わっていないご様子。ですので一度やっていただきたく。またほかの皆様と足並みをそろえる必要がございます。足並みをそろえる必要性については教諭をされている秋月様には重々ご承知のことでしょう?」


 「仕事もあるんだけど」


 「ですからGWまで期間の猶予を作りました、それでもなにか?それでも暇が作れないようなら学校にも問題がある、と他のことも考えないといけませんね。そういえば以前も体調崩されていましたし」


 これ椎名さんが言ってるのって、要は、体調崩したお前のせいやぞ?大人なんだからちゃんとしろや?期限も広めにしてやったやろ?って言ってるわけだよな。


 「まぁ国にいろいろ無理言われるのは今に始まったことじゃないものね、なんとかするわ」


 うわぁこちらも皮肉たっぷりだ。

 いつも、とは多分教員全体が少ない問題、とか教えることだけ増えていくのに教える時間は変わらない、とかそういう全体的な皮肉だ。


 「そうしてください」


 「そちらもお役所仕事ばっかだけどこの間みたいになるから気を付けてね?」


 「ええ重々承知しておりますので」


 にっこりと椎名さんは笑顔。秋月さんも笑顔。

 こっわ。



 そんなわけで三者面談の前に秋月さんとのデートが決まった。

 …………あれ?俺ダイジョブこれ?

 三者面談の前に死なない?

  


 



 

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