第68話 「悪役令嬢と姉 前編」


 手をつないだ。

 もうこれは画期的進歩といっていいんじゃないだろうか、許嫁制度においてはじめてまともな進捗といえる。

 …………まぁ手をつなぐのも建物にはいった瞬間にやめたけども。


 時間としては30秒。

 30秒。カップルだったり夫婦にとっては小さな一歩かもしれない。

 しかし非モテかつ許嫁制度が絶賛マイナス状態から始まった俺にとっては非常に大きな一歩といえる。


 ニール・アームストロング風に言うならこんな感じかな?


 「恭弥さん、なにしてるんですか?」


 前を見ればもう紗耶香さんは少し先を進んでる。

 中を見渡せばこの建物が何かわかる…………あぁ病院なのね。

 

 ただ夕方ということもあって患者さんはもうほとんどいない。

 三階くらいまで吹き抜けのロビーになっていて開放的な雰囲気を作り上げている。

 今は窓から夕日が差し込んできてきれいだ。


 「あぁごめんごめん考え事してた」


 「考えるのはいいですがちゃんとついてきてください……いやですよ?私館内放送して迷子の人を探すというのは」


 「館内放送じゃなくてまずスマホに連絡して?」


 なんで初手が館内放送なんだよ。

 あれじゃん、○○よりお越しの大きなお子様、武田恭弥君17歳。って呼ばれるやつじゃん。


 「ほらはやくいきましょう?約束の時間にもうすぐなりますから」


 「や、やくそく?」


 今日約束なんてしてたんだ、というかなんで俺が今日暇だって紗耶香さんは知ってるんだ?


 「花咲凛さんにはちゃんとお伝えしてるので大丈夫です、彼女も「承知しました」って言ってましたよ?」


 なんで花咲凛さんは承知していて俺は承知してないんですかねぇぇぇ。

 なんというかこういうところに主人とメイドの力関係が現れてくるよね、もちろん俺が下なんだけどさ。

 まぁ重要な話とかは伝えてくれるんだけどさ。逆を言えば小さなことは悪戯で言わなかったりする。

 そうやって俺が困るのを楽しむわけだ、あのサディスティックメイドめ!あとで懲らしめる!


 そんなことを決意しているうちにエレベーターは最上階へ。

 ここはどうやら12階が最上階らしい。

 エレベーターを降り、一番奥の角部屋へ。


 部屋の前にはボディーガードらしき女性が二人ドアの前に立っていて、宝生さんの姿を見ると一礼している。


 「いらっしゃいませお嬢様、それに恭弥様も」


 きょ、恭弥様?

 もう先方には俺のことが伝わっているらしい。

 紗耶香さんは慣れた様子で、楽にして、とボディーガードたちに言う。


 「様子は?」


 「順調です、ただ部屋が広く高級感もあって、少し居心地は悪そうにされていますが」


 「そうですか、分かりました」


 部屋の表札には名前はない。

 こんな厳重な警備をされる人に会うのか…………ちょっと緊張してきたな。


 そんな俺の様子を見て宝生さんは薄く微笑む。


 「何をそんなに緊張されているのですか?」


 「いやだってだれと会うかまだ知らないし、せめて粗相のないように、と」

 

 粗相…………ですか。

 と小さくつぶやく紗耶香さん。

 

 「ああ、花咲凛さんはサプライズがお好きなんですねだから言わなかったんでしょう。…………恭弥さんは大丈夫ですよ、どちらかといえば緊張しているのは私の方です」

 

 あ、あの紗耶香さんが緊張?

 そんな相手ということなの?

 ちょっとお腹痛くなってきた。


 「では行きましょうか、あまり相手を待たせてもいけませんし」


 コンコンコン。


 3度のノック。

 少しして返事があった。

 

 「はーい」


 少し間延びしたようなおっとりとした声。

 声だけで優しい感じが伝わってくる。


 あぁ確かに。

 それなら紗耶香さんが緊張するというのもわかるな。

 そして花咲凛さんが黙っていたのもわかる。たしかにこれは嬉しいサプライズかも。


 だって――


 「恭弥さんお先にどうぞ?」


 「そうさせてもらうね」


 病室の扉に手をかける。

 会うのは久しぶりかな?いやそんなこともないか。

 許嫁投票の前に話してはいるもんな、でも体感では長くあっていない気がする。

 いろいろあったもんなぁ……話したいことはいっぱいある。


 「姉さんはいるねー」


 中は広々とした空間になっていた。

 キングサイズのベッドに、高級そうなチェアとデスク。

 それに来客用のソファとかもおかれている。


 部屋の側面の窓ガラスからは、都心の展望が見えて大変景色がすばらしい。

 姉さんは窓の淵に立って、こちらを見つめていた。


 「いらっしゃい恭弥、そちらの方が、今日会いに来る約束をもらっていた宝生さん、でいいのかしら?」


 姉さんが柔らかく微笑む。

 まるで聖母のように、夕陽と相まってもう昇天しそう。


 「そうだよ、この人が許嫁でもある宝生紗耶香さん」


 「お初にお目にかかります、宝生紗耶香と申します。今後とも末永くよろしくお願いいたします」


 宝生さんは優雅に一礼した。

 さすがお嬢様、こういった姿は堂に入っている。


 姉さんも背筋を伸ばし、


 「恭弥の姉、とはいっても義理にはなりますが。武田美桜です、今回は色々お世話になったみたいでありがとうございます」


 「お世話だなんてそんな…………今回は元をたどれば私の不始末が招いた件ですから。これくらいの手配は当然のことです、逆に謝らなければならないのは私の方です、私のせいで恭弥さんを危険にまきこみ美桜様にもご迷惑をおかけしました、大変申し訳ございません」


 今回はさっきとは違い、90度に謝罪する。

 謝る必要はないよ、俺がそういうよりも早く


 「顔を上げて?それこそ謝る必要はないわ?話を聞く限りあなたは完全な被害者じゃない?責めるべきはいけないことを知った相手であって被害者のあなたが謝る必要はないわよ」


 「しかし私には…………」


 「もっとできることがあったって思ってるのかしら?」


 「はい……」


 「そんなのは結果論でしかないわ、「ああできたな」、「こうできたら──」っていうのは終わって初めてわかることだもの。それに結果だけ見たら何もなかった…………それじゃダメかしら?」


 「だめ、なんてことはないですが…………」


 「もしそれでもそのことを気にするなら、今後同じような失敗を繰り返さないようにすればいいだけよ?だって人間は失敗を重ねて学習する生き物なんだから」


 「……はい」


 「だからこの件はそれで終わり、私は何とも思ってないから。今後その話で謝るのは禁止ね?…………なんなら部屋が大きくなってちょっとラッキーくらいに私は思ってるし」


 テレビとかソファとか、ふかふかなのよ?と楽しそうに話す。

 

 ほんと姉さんの笑顔ってずるいよなぁ。

 話す人の心を軽くさせる。


 うんうん、と二人の会話を笑顔で聞いていると…………


 「あ、恭弥は後でこの件についてお話することあるからねー?」


 「え」


 姉さんの顔は笑顔のままなのに、出てくる雰囲気が変わったんだけど。

 あ、やばい、これあれだ。絶対あれだ。

 怒られるやつだ。

 怒られる前の雰囲気に似てる。

 

 「今回の件絶対あなたならもっとうまくやれたでしょ?というか相手に殴られる必要ってあったのかなぁ?というか恭弥あなた普通に護身術できたわよね?私そうやって自分の体を囮にするような方法は関心しないかもなぁ」


 「で、でもさぁ」


 「でも…………なに??」


 笑顔の圧が高まった。


 「こうしないと捕まえらんないかなぁって」


 ちゃんと理由はあった。


 「で、本音は?」


 「…………」


 「ほ・ん・ね」


 表向きの理由、でも本音で言うと、


 「破滅させたかった」


 「そうよね?別に破滅させるのはいいのよ」


 あ、それはいいんだ、みたいな顔を紗耶香さんがしている。


 「でも恭弥には自分の体をもっといたわってほしいの、私の体だけじゃなくて、ね?」


 「うん」


 「たぶんこれは予想だけど、私のことを人質にするとか、侮辱されたか、なんかしてぷっちん来たんでしょ?」


 「…………」


 返答に窮す、ただそれだけで美桜ねえには伝わっちゃうんだけど。

 昔から恭弥はそうだからなぁ、と困ったような顔をする美桜ねえ。


 「自分のことでは怒らないくせにねぇ…………でも私のために怒ってくれてありがとう」


 最後には優しく微笑んでくれる。本当に美桜ねぇは昔からこうなのだ。

 でも美桜ねぇも人のことは言えないと思う、美桜ねえだって怒るのは誰かのためとかだから。


 「良い姉弟なんですね」


 紗耶香さんは尊いものを見るような顔をして俺らの様子を見ていた。


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