第67話 「悪役令嬢と動き出す時間」


 「お迎えに来てくれてありがとうございました」


 「気にしないでください、ついでなので」


 「そ、そうなんですね?一体どんな」

 

 「……行けばわかります」


 あ、これ教えてくれないやつや。


 車内に漂う無言の雰囲気。

 宝生さんの顔にもさっきまでクラスメイトに対して見せていたような笑みは一切ない、なんならしかめっ面をしているまである。

 眉間に皺寄せて運転してるし。


 うーん怖い!!


 車内には殺伐とした今の雰囲気にそぐわない、ゆったりとしたジャズみたいなものが流れている。

 やばいジャズ聞いて落ち着くはずなのに、全然落ち着かない!


 宝生さんは窓を開け片腕を寄りかかるようにして運転している。

 少しけだるそうに見えるその姿がこれまた似合っていたりする。

 ちなみに今はさっきまで髪留めにしていたサングラスをかけ、前髪はおろしている。


 「あーっ」


 少し苛立たしそうな宝生さんの横顔。

 まぁあんまり好かれていないのは知ってるからね、しょうがないよねこないだもちょっと宝生家の力を紗耶香さんには無断で使わしてもらったし。

 

 そしてすぐに彼女はしまった、というような顔をする。


 「……あー、今のはあれですよ?決してあなたに向けていったわけじゃないですからね?」

 

 「そ、そうなんですか?」

 

 「ええ、なんにも口にできない私に嫌気がさしただけです」


 「なにかあったんですか?」


 仕事とか大学とかでなにかあったのかな?

 やっぱり若者の意見は蔑ろにされがちだったりするからなぁ。


 「たぶんあなたの想像していることはないですよ?仕事も大学も順調。なんならこないだの動画の件で、ちょっと誤解してたみたいって謝ってくるような人が増えたくらいです」


 なんでうれしいことのはずなのに宝生さんは少し怒っているんだろう。

 ああ違うな、ふと横顔を見て気づく。

 しかめ面に見えて彼女の頬に朱がさしている。


 どうやらこれは照れているだけらしい。


 「そうなんですね」


 ここで【よかったですね】とかいうと彼女はもっと否定するだろうから。


 「……だからその、今回は…………ぁりがと…………ます」


 「うぇ?」


 なんと言ったか小声すぎて聞こえなかった。

 か細いような声。


 「だからありがとうございます!って言いました!」


 今度は聞こえた。ちゃんとはっきり聞こえた。

 もう半ばやけっぱちになったような感じだったが。


 「それはこの間話した、考えがまとまった、ということですか?」


 たぶんきっとこのお礼は九頭竜たちの件に関してだと思うけど。



 「ええそうです。ですが、その話の前に話し方を変えましょう? 許嫁候補から正式に許嫁になったからいつまでも敬語っていうのもどうかと…………周りにもあまり仲が進展していないように言えるのも問題ですし、あ、私は敬語で慣れているのでこのままでいきますけど」


 「あーなるほど、そういう」


 「だから武田さん…………いえ恭弥さんの方がいいですね、恭弥さんも私には敬意を持ったうえで普通にため口でお願いします?あと呼び方も紗耶香様で」


 「さ、紗耶香様に敬意を持ったため口?」


 それはいったいなんぞや。

 どうしたらいいんだ?


 「紗耶香様をすんなり受け入れないでくださいよ、冗談に決まってます。…………紗耶香さんにしてください?」


 紗耶香様はすんなり受け入れちゃったよ、紗耶香様は覇王色の破棄みたいなものをまとっていらっしゃるから。


 「わ、わかったですやーん」


 「似非関西弁ですらない独自の言葉混ぜないでください!……要するに普通に話してくださいということです」


 「あ、りょかいです」


 「です」


 「了解で……了解」

 

 「道のりは遠そうですね…………まぁいいですそれでお礼を言った件ですね」


 宝生さんはそこで一息いれる。


 「あのあとちゃんとお礼をできてなかったな、と思いまして」


 「九頭竜たちの件、で?」


 「ええそうです、こないだは感情論でお話してしまったので。あの時はごめんなさい」


 やっぱそうだよな。

 なら…………


 「謝らなくて大丈夫だし、お礼を言われるようなことは何もしてないよ、俺はただ自分の敵を排除しただけ。ここできっと宝生さんのため、といえば聞こえはいいけどね。……たしかにそういう側面もなかったわけじゃないけど、大半は自分と自分の家族を守るためだったから。だからお礼を言われるほどじゃないよ、なんなら俺が謝らないといけないくらいで」


 「その必要はないですよ。きっと私に無断で黒川に接触して宝生家の力を使ったことを謝りたいんですよね?」


 さすがに考えは読まれているか。

 ああいう人を陥れて破滅させるようなやり方は好まないと思ったから伝えなかった。


 「最初は、なんでそこまで、とは思いましたし言いましたけどね。……でもよくよく考えれば、あれはやっぱり私が宝生家、だから思えたことなんだなって思ったのです」


 宝生家だからそんな罵詈雑言、実力で何とでもできたわけだ、ただしなかっただけで。

 できないとしないじゃ違う。

 たぶん宝生家だからこそ、この人は自分のふるう力の大きさをちゃんと知っていた。


 「あなたの立場でああするしかないのは馬鹿でも理解できます」


 相手の方が立場も力も上だったから。

 

 でもそれはあくまで論理の話、感情とは別問題だと思うんだけど。


 「それに私の甘えは結局誰も救えなかったって……見掛け倒しになっていたって気づかされたので。お父様たちに自分が我慢すればいいなんてやめなさい、と言われてしまいましたし」


 自己犠牲は美しい。

 でもちゃんと周りにいる人たちのことを考えたのか?


 そういわれてしまったと、なんとも俺には耳が痛い話だ。だって俺は姉を守るために自己犠牲してるんだから。

 宝生さんは信号で車が止まった間に、こちらに向き直り…………


 「まぁどんな理由があろうともその結果として私たちは救われました…………だからちゃんとお礼は言わないと、運転席からで申し訳ないけど、いろいろ迷惑をかけてごめんなさい、あとありがとうございました」


 「こちらこそ勝手にいろいろやってすいません、それと姉の件もありがとう」


 「病院の手配とかのことですか?あれも当然のことをしたまで感謝されるほどのことじゃ──」


 「──それでもありがとうございました」


 「強情ですね……承知しました、宝生家として受け取っておきます」


 私は何もできなかったから、と語尾につきそうな感じだ。


 「……私ね確かにあの時従業員とかほかの人の生活とかどうするのか、とかも考えました。ただ本音を言うとあなたが九頭竜たちに啖呵をきったとき結構すっきりしたのよね」


 「……そうだったんですか」


 心優しいこの人のことだからああいうのは毛嫌いされると思ってた。


「あぁこれは報告ですが彼の実家の会社は潰れることになりました。ただ従業員などはうちでも雇用の保証はするようにしてるのでご心配なさらないでください」


「それが甘さ、のこたえなんだ」


「ええ」


 「それにしても後の九頭竜の醜態は見るに堪えませんでしたね」


ちょっと笑える話題に、と紗耶香さんが話す。

彼女の顔に曇りは一転もない。もう完全に消化できたようだ。

良かった。


 「あれはひどかった」


 二人してあの時のことを思い出しあきれたように笑う。


 「私はもうあの件に関してなにもあなたに含みとかはないです、感謝しているといってもいいですね」


 「……でもあの時確か答えは△じゃなかった?」


「違いますよ?あれは△に見える〇ですから」


「なんともまぁ…………」


 わかりづらいことを。


「自分でも子供じみたことをしたな、とは思っています」


 少し気恥しそうにする紗耶香さん。


 「まだ感情の整理がついてなかったので、ただ×にするのは筋が通らないと考えました。…………私は宝生紗耶香ですから、×にするなんてそんな器量の小さい真似なんてしないですよ」


 紗耶香さんは少し胸をはり誇らしげに言った。

 

 宝生家のプライド、か。

 気高いなぁ。


「でも子供じみた真似はするけどね?」


「余計な一言は災いのもとですよ?」


やっぱり氷の笑みは健在だった。

車はゆっくりと都心部から外れていく、のどかな景色が流れる。

車内も穏やかな時間が続く。


 「そういえば世間では男性の行き過ぎた配慮傾向とかについて議論が紛糾しているらしいですよ」


 「らしいね」


 「あら他人事なんですね?自分が端を発したというのに」


 他人事かぁ……。


 「まぁ正直他人事だから、俺と俺の周りに問題が波及しなきゃどうでもいいよ」


 「あなたはやっぱりそういう考えなのですね…………あ、つきました」


 そういえば結構長く走っていたな。

 目の前には見慣れない大きな建物。


 「さ、いきましょう?」


 車を降りた紗耶香が手を出してくる。


 「…………これは?」


 「あなた鈍感系主人公でも目指しているのですか?」


 対して彼女はあきれ顔。

 というか鈍感系主人公って…………


 「手をつなぐってことでいいんです、か?」


 「それ以外何にみえるのでしょうか?それと敬語外してください?」


自分は敬語なのになんて理不尽!

 

 「だ、だよね」


 いや手の意味は大体わかっていたんだけど。

 彼女がそんなことをするとは思わなくて、まさかという気持ちが大きかった。


 「で、つなぎます?つなぎません?」


 「そ、それでは失礼して」


 そっと彼女の手を握る。紗耶香さんの手はひんやりとしていて、思ったよりも小さい。


 「…………手おおきいんですね」


 「…………普通だよ」


 「「…………」」


 二人して頬が熱い気がする。

 寒いからだんきっとうん。


 「早くいきましょ?」


 「だね」


 紗耶香さんとの止まった時間が、それこそあのデートから止まった関係がまたゆっくりと動き始めた気がした。


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