第69話 「悪役令嬢と姉 後編」
「良い姉弟なんですね」
紗耶香さんは尊いものを見るような顔をして俺らの様子を見ていた。
でもその顔は少しうらやましさも帯びている気がして……たぶんそれは姉さんも感じたんだろう。
「何言っているの?ね、恭弥」
「そうだねぇ」
俺も美桜ねえも多分考えたことは同じ。
紗耶香さんだけが困惑した顔を浮かべている。
「確かに私たちは姉弟だけど、宝生さんが疎外感を感じる必要なんてないのよ?」
「疎外感なんて私は…………」
「そう?それならいいのだけど。じゃあこれは私からのお願い、ゆっくりとでもいい。お互いにいろんなことを今後話し合って悩んで喧嘩として、恭弥の家族になっていってくれないかしら?」
「この制度が続く限りは彼の許嫁で、ゆくゆくは妻として家族になっていこうと考えています。まだ今は好き…………とかはあまりわかりませんがでも家族というものにはなっていけたら、とできる限り頑張ります」
そこは正直なんだね。
好きかわからない、かいいんじゃないだろうか。
「頑張る必要はないけどね……じゃあ嫌い?」
面白そうに姉さんが紗耶香さんを見る。
「いえ嫌いではないですが」
嫌いじゃない、か。何とも不思議な気分だ。
最初は嫌いっていうのを露骨に出されていたあの時とは大違いで。
行動で分かっていたことではあるけれど、それでもやっぱり言葉にされると違うね。
「じゃあいいんじゃないかしら、ゆっくりと、でいいのよ。気持ちも家族も育んでいけば。これは頑張るものでもないしね。ま、恭弥が何とかするわ」
「ゆっくり…………」
「ま、物事には急に何か変わることもあるしね、なんとも言えないけれど。何もないうちはそれぞれのペースでやっていけばいいんじゃないのかな?」
「わかりました…………遅くはなってしまいましたが許嫁として隣にいさせていただきます、今後ともどうぞよしなにしてください」
「こちらこそよろしくお願いします。…………今はまだ姉として、挨拶させてもらうわね?」
姉として?
ただ宝生さんにはピンと来たのか、そうなんですか、と一言言った後、
「そ承知しました。これからもご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「することないけどね?ご指導できることといっても恭弥のおふくろの味くらいかしら?」
「そんなにレパートリーあったっけ?」
全部がそれなりに美味しいって感じではあった気がするけど…………
「余計なこと言わない恭弥!」
でも確かに久々に美桜ねえの料理食べたいな。
ここ1年以上はもう食べていない。
「そういえば美桜お姉さまにはお話があったと思いますが──」
「──美桜お姉さま!」
なんか美桜ねぇが叫んだ。
「恭弥さんのお姉さまですしそうお呼びするのがいいかな、と思ったのですが美桜様の方がよろししいでしょうか?」
「ううんお姉さまでいい!いえお姉さまがいいわ、なんか上流階級みたいな感じがしていい!」
そういう美桜ねえの感覚がもう庶民なことを物語っている気がするけどね。
あと学年としては同い年なんだけどね二人とも。少し不思議な感じだ。
「よ、よかったです」
ほらちょっと紗耶香さんが引いちゃったじゃん。
「じゃあ私は宝生ちゃん…………いえなんかそれだと遠い感じがするなぁ、紗耶香さん…………うーんこれも遠いな?…………じゃあサヤちゃん!サヤちゃんはどう?」
「ぜ、全然私はかまわないですけど」
もう距離の詰め方がすごいな美桜ねぇ。
俺が一か月以上かけて作った距離感をぽぽぽーんと通り越してったよ。
「良かった!というかいつまでも立ち話もあれだし座ってすわって~、あ。サヤちゃんはこっちこっち」
美桜ねぇはそういって自分の隣に紗耶香さんを座らせる。
「は、はい」
あの紗耶香さんが終始おされっぱなしで主導権をにぎられているのって珍しい。
美桜ねぇの前には覇王職のオーラも形無しだ。
「え、ちょっと待ってサヤちゃん」
「な、なんですか?」
すこし紗耶香さんが身構える。
俺も美桜ねぇが何を言い出すかわからないからちょっと怖い、たぶん大丈夫だと思うんだけどなぁ…………
「サヤちゃんとっても肌綺麗なのね、きめ細かくて化粧乗りよさそう…………これってなにしてるのかしら?教えて?」
美桜ねえが今日一番真剣な瞳で訴えかける。
「え、ええっと…………特段何かをしているということはないですよ?宝生家で作っている、化粧水、美容液、乳液を普通に使っているだけですけど…………肌に合うかはわかりませんがお試ししますか?」
「サヤちゃんすき!!」
圧に負けたんだと思う、姉さんの。
「…………っ」
美桜ねえが抱き着いた、ほんとすごいなこの人。
わが姉ながら驚いちゃう。
「肌もぷにぷにでいい匂いもするわね~、ちょっとおっぱいも触っていい?」
「セクハラやめい!」
それは詰めすぎだよ!距離感バグってる!
「なによもう!サヤちゃんのおっぱいは俺のものだってもう独占欲働かせてるの?」
しょうがない子ねぇ、と困ったように首をかしげないで?
「そんなこと言ってないよ?!」
捏造やめて!
あとさりげなくつつくな、ふよふよしない!
いつまでも姉さんのペースに乗せられてたままだとまずい。
「そういえば紗耶香さん、さっきなにか言いかけなかった?姉さんの件でどうたら、とか」
怒涛のペースに巻き込まれて紗耶香さんもいい時を見失っていたらしい。
渡りに船、と釈迦さんが話始める。
「そうでした、お姉様はもう知っているでしょうけど、恭弥さん。お姉さま近いうちに病院を退院していいそうですよ?」
えっ?!
「えっ?!そうなの?」
「このまま容体が良くなっていけば、って話らしいだけどねー」
そんな期待しないで、と手を振る姉さん。
少し気恥しそうだ。でもよかった!!
「そっか、でもよかった本当に良かった!」
うんすごいい話を聞けた気がする。
「だからまだ決まってないのよ?」
「分かってるって」
「ほんとかなぁ…………」
よくよく見れば確かに姉さんの顔色もいい気がする。
姉さんも表面上隠してはいるけど、嬉しそうにしてるし……
「退院なさったらいろいろなお話をおうちでも聞かせてください」
「したら、ね?ねぇ恭弥?」
「ん、なに?」
姉さんの顔がほほ笑んでいた。
これはなんか言い出すときの顔だ。
具体的には自分がほめられていたたまれなくいなって、他の人に話の主題を移そうとするときのやつ。
すごいいやな予感がする。
「恭弥あなたが前に言っていたのと違って、サヤちゃんめっちゃいい子じゃない?」
「…………あらそうなんですか、恭弥さんが私のことをなんて言っていたのか気になります」
紗耶香さんも自分が話題の主軸から離れられると思って乗ってきちゃった。
「……なんていったっけ?」
秘儀すっとぼけ。
「お見合いに大失敗して、癖の強い見た目だけは綺麗な女の子!」
「そこまでは言ってなくない?癖がちょっとあるくらいしか言ってないよ!お顔とかも整っているってだけでそんなセクハラみたいなことまでは」
「ですが癖があるっては言ったんですよね?」
秘儀失敗!!
「…………」
「言いました、ね」
二人して笑っている。
姉さんは「あらら言っちゃった」と紗耶香さんも「まぁ!」とオーバーなリアクションをしている。
「ま、そういわれても当然ですけどね?」
しかしけろっとした様子で紗耶香さんが話し出す。
「あの時はすぐに婚約破棄されると思っていましたし、お世辞にも態度がいいとは言えませんでしたから。そういわれても当然かと、逆にあれで諦めず続けていてすごい、と恭弥さんは思います」
姉さんのためだ、どうってことない。
「最初のお話もっと聞かせて?恭弥ったらあんま話してくれないから」
「そうですね、これは私もお恥ずかしい話ですがまぁ懺悔としてお聞きしていただければ、と」
紗耶香さんが最初のお見合いの件について要点をかいつまみながら流暢に話していく。
紗耶香さんは本当に話すのが上手い、とおもう。
ついでにこの間のことも踏まえて話していってくれる。
紗耶香さんが話し終わることにはあたりが暗くなっていた。
「……濃厚な1月だったわね?」
話を聞いた姉さんの感想はそんな感じだった。
「じゃあ二人ともいったんお疲れさま、よくやりました!」
笑顔で姉さんがうなずく。
ほんとこういう時は聖母のような笑みだ。
「でも俄然興味が出てきたなぁ、他の許嫁さんたちにも」
「皆さんいい方々ですよ、私同様癖はあるかもですが」
さっきのことを少し根に持ってるよね?これ。
紗耶香さんも笑ってるし。
「じゃあまた話をできるのを楽しみにしてるわその許嫁のことたちとも」
できるようになるかなぁ…………まぁ橘さんならいけなくもなさそうだけど。
「あまり恭弥が仲良くなるのが遅いと………」
「遅いと…………?」
怖いなんか。
「私がその子たちに会いに行っちゃうから」
小悪魔のような笑顔だった。
この日と絶対あれだ、いったらおっぱいもみそうな気がする。
うんがんばろう、そう心に決めた。
その後少し雑談を続け、時間も時間だったので、紗耶香さんと一緒に帰ろうと話始めたら……
「恭弥はちょっと待ちなさい?」
「……ん?」
「なに、とぼけた顔してるの? お説教まだしてないよ?」
忘れてなかったかぁ…………。
このまま逃げようとしてたのに。
「さ、さや──」
「──私は車で待ってますから終わったら来てください、本日はお体のこともあるのに、ありがとうございました。重ね重ねにはなりますが、今後とも末永くよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします♪」
そそくさと紗耶香さんは出ていった。
場に残されたのは満面の笑みの美桜ねえと俺。
「み、美桜ねえ?」
「お話…………しよっか?」
暴走した件についてちゃんと怒られた。
美桜ねぇが起こるとやっぱ怖い。
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