第65話 「転校生ってつらいよね」
「はい皆さんおはようございます。本年度もよろしくお願いいたします」
目の前の教室から朝礼の声が聞こえてくる。
主導しているのはもちろん秋月さん。
秋月さんの家での傍若無人な感じは少しなりを潜め(もしかしたら教師という職のおかげで厳格な感じに見えるだけかもしれないけど)、凛とした声が廊下にも漏れ聞こえる。
そんな秋月先生が担任をしているクラスはどうやらめちゃくちゃ荒れているとかは無いらしく、みんな静かに朝礼を聞いている。
そしてそんな教室の前でたたずむ俺。
もうすぐ俺が紹介されるはずである。
もう心臓はバックバク。この転入生として、異物として入っていく感覚は慣れない。
しかも男が少ない社会だと、なおさら注目されるからよりきつい。
もしかしたら漫画とかにある美少女転校生とも内心注目されるのを嫌がりながら入ってくのかな?……いや入ってくよな普通。
ってことは俺って貞操逆転版美少女転校生ってこと?
……ないな。花咲凛さんにいったら死ぬほど馬鹿にされそう。
「自意識過剰過ぎません……?」
みたいな感じで。しかも冷めた目のおまけつき。
あー現実逃避はやめやめ。
そのあとも秋月先生は淡々と連絡事項を伝えていく。
この感じ、俺の話は最後に伝える感じかな?
「…………では本日の連絡事項は以上となります、皆さん初日ですが浮かれて怪我とかしないようにしてください」
あ、あれ?
お、俺の紹介は?
もしかして…………忘れてる?
まさか……ね?
「では1限目の授業の準備をしてくださいね、まぁ最初は私の授業ですけど…………あれ皆さんどうされました?」
俺の圧が伝わったのか、それとも教室の何かの雰囲気を察したのか。
秋月さんが異変に気付いた。
「あ、あのーせんせ?…………」
お、この声は橘さん。
さすがに橘さんは俺のこと忘れてないはず……助け船来た?
「はい、どうしました?橘さん」
やはり家と外では橘さんへの当たる態度も違う。
外の方が家よりももっと声の感じが固い。
「風の噂で聞こえてきたんですけど~」
お、お?
やっぱ信頼できるのは橘さんだよね?
「はい?」
俺が来ることを橘さんがさりげなく伝えてくれ……
「一限目ってオリエンテーションだけ、ですよね?教科書使ったりしない……ですよね?」
気まずそうに話す橘さん。
もしかしなくても教科書忘れたのか?
「……教科書忘れたんですか?」
「い、いやそういわけではないんですけど……ほ、ほらみんなの準備の手間とかあるし?」
それはちょっときついんじゃないか橘さん。
というか教科書忘れても大丈夫か聞きたかっただけか!
「ミズリそれはきついって」
「莉緒ちゃんおこだよおこ」
「はやくげろっちゃいなー」
クラスメイトからもいじられてる。
というか俺の存在は?
廊下に立たされたまま放置なんて平成通り越して昭和の時代みたいなことしてるんだけど?
「まぁ橘さんが教科書忘れたことは置いておくとしても──」
「──忘れてないってば!」
「1限目は使わないです、色々決めないといけないこともあるので」
「よかった~」
橘さんの露骨にホッとした声が聞こえた。
やっぱ忘れてるじゃん。
「まぁ2限目は使いますけどね」
「なっ……?!」
その場にいればガーンとでも音がしそうな声が聞こえた。
ぬか喜びさせて落とす、秋月さんがしそうなことだ。
うんやっぱドエスだよあの人、学校でも遺憾なく発揮されてる。
「じゃあそういうことで」
「あ、あとひとつー」
「なんですか?」
少し辟易としてそうな秋月さん。
それはそれとして俺もう帰ろうかな?悲しくなってきた。
もう花咲凛さんの胸でなこう……ついでに吸おう。
「あのー風の噂で転校生来るって聞いたんですけど……」
橘さんありがとう、本当にありがとう。
もう俺の足は家に向いてたよ、やっぱ忘れられてなかったらしい。
感謝感激だよ俺は。
「あ、私もきいたー」
「しかも男の人なんでしょ?きになるよねー」
「どんなひとなんだろー」
やばいなんか期待値高まってる気がする。
これはこれできついな。
そして秋月さんは……
「あ…………はいではここまで溜めに溜めましたけど、みなさんも我慢の限界ぽいので入ってきてもらいましょうかね」
いや普通に覚えてます感じ出してるけど絶対忘れてたよねこれ。
最初に「あ」っていったし、「あ」って。
秋月さんは生徒たちにそんなことを悟らせないようにすぐに言葉を続ける。
「では入ってもらいましょう、ご期待の男子武田恭弥君です」
え、何その紹介。
すごい入りづらいんですけど。
ご期待とかやめて~
「武田くーん?」
秋月さんから武田君って呼ばれるの違和感がすごい。
……というかあれ?
秋月さんに名前呼ばれたことってあったかな?
あったような気もしないでもないけど……いやないか。
一応この度正式に許嫁候補になったはずなんだけどなぁ。
「あら、何してるのかしら?」
あ、物思いにふけって秋月さんのこと放置してた。イライラしてるな?さては。
なんかさっきよりの秋月さんの声音が固い気がする。
もう入るしかないか、思い出すんだあの許嫁投票の時のことを。
今回あいさつに失敗したところでなにかあるわけでもなし。
堂々と行こう堂々と。
さわやか笑顔意識!
「失礼します」
軽く礼をして中に入る。
うわきれいな人多いな、少しは男子もいる。
ただこっちは少しなんていうんだろう、自身なさげな子が多い。
あといいにおいする。
そん感想を抱いていると……
「わっ、本当に男だぁ」
「ね、ね!」
「さわやか知的系だ」
「身長高くてちょっとなぁ」
「眼鏡きちゃ!」
もう率直な意見が突き刺さる。
全部聞こえてるんだよね。
「転校することになりました武田です。2年生の時期から皆さんと一緒にやっていくことになりますが、どうかよろしくお願いします!気軽に話しかけてください?皆さんと仲良くやれたらと思ってます!」
ぺこりと一礼し前をむく。
あっ一番後ろに橘さんが座ってる。
「みんなこんなこと言ってるが、節度を持った対処をするようになー。たぶん変なこと、特にセクハラをしまくるとかじゃなければ大丈夫だと思うけど、もし怒らせたらあとがこわいから。先生も庇いきれないと思う」
え、とみんなキャッキャうふふしてたのが静まり返る。
というかなんだその俺がやばい人みたいなのは。
「これは事前に話していいと言われているので伝えるが、武田君は許嫁制度に登録しているぞ」
「「ですよねぇぇぇ」」
教室からは少しの落胆と納得の声。
ちなみに俺も笑顔を保っているが心では驚いている。
え、それいうの?みたいな感じで。
教師と許嫁というのはまずくない?みたいな。
え、大丈夫なの?
「そしてその許嫁は……」
ごくり。
俺含め固唾をのんで次の言葉を待つ。
「あの……宝生家のご令嬢、宝生紗耶香が許嫁だ」
「「「ああ」」」
全員が納得の声を上げる。
そりゃ大企業のバックがいる、いると思われるよなそりゃ。
まぁ実際は話したこともないしなんかあったときに助けてくれるかもわからないけど。
「だから適度に友達として付き合ってやってほしい、ま距離感なんてよほど間違えなければ大丈夫だから一応いっただけだけど。まぁゆっくり探っていきなさい」
「「「……」」」
まぁそうなるよね。
「あ」
何かを言い忘れたらしい。
なんかいやな予感がする。
秋月さんが思い出したように言うときはろくなことがない、今日はとくに!
「こないだのばずった動画の啖呵切ってたの、あれ武田君だよ?」
ほら。
自分でさらしたとはいえみんなに広められた。
もうお嫁にいけない、違うお婿か。
「え」
誰かが口火を切った。
「「「え、ほんとに?」」
男女それぞれの驚きの声が響き渡る。
横にいる秋月先生は手で口元を隠しながら笑ってる。
おいどうしてくれるんだこの状況。
そう、目線で抗議の視線を送るが意にも解されない。
それどころか、
「前を見てみなさい」
「前……ですか?」
前を見ればさっきの恐る恐るの目から、好奇の視線を感じる。
「武田君その話詳しく!」
「めっちゃスカッとした!」
「あいつマジで名前の通りクズだったねー」
「あの後いろいろクズエピソードが許嫁から出てきたんだよねー」
などなど笑顔で話しかけてくれる。
もうクラスメイト達の感情がジェットコースターみたいになってるな。
橘さんもそ知らぬ顔で話を聞こうとして来る。
あなたは知ってるでしょうに。
ここではそういう感じなのね?あくまで隠しておく、と。
「そういう話は休み時間にでもしなさい、武田の席は……後ろでいいわね、橘の隣に座りなさい?あ、橘ってのは後ろで手を振ってるあれだ」
「先生あれよばわりひどーい」
秋月さんもとりあえずは協力してくれるらしい。
とりあえずは橘さんの横の空いてる席に座る。
「ミズリずるーい」「いいなぁ」「かわれー」
非難囂々の橘さん。
それに対して、
「やーだよー」
にこっと嫌みのない笑顔。
そして俺にも、
「これからよろしくねきょーくんっ」
満開の笑顔で握手をもとめてくるいう橘さん。
「うわーあざとーい」
「距離感のつめかたすっご」
ただ橘さんの意図はわかった。
こうすることによって俺がクラスに入りやすくしてくれてるんだ。
「よろしく」
俺も笑顔を浮かべ触れるような握手をする。
「それはそれとして……あと教科書見せて?」
「やっぱ忘れてるじゃん!」
みんなからも笑い声とともに突っ込みが入る。
「はー授業はじめますよ」
色々あったが、何とか俺の生活が始まった。
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