第60話 「許嫁投票⑥」
「武田さんこれはいったいどういうことか、ご説明いただいてもいいですか?」
許嫁投票の翌日。
部屋に入ってきて開口一番、そんな強い口調とともに宝生さんが部屋へとやってきた。
しかしそんな気が急いているときでさえも、ノックをして部屋に入ってくるあたり育ちの良さを感じる。
「どういうこと、っていうのは?」
「そ知らぬふりをするんですね、まぁいいですならこれをみてください」
宝生さんから見せられたのは一つの動画。
タイトルには【衝撃!政府肝入りの政策、あまりにも杜撰な許嫁機関の対応と増長した男性の真実!】と書かれている。
再生数はかなり伸びているみたいで、急上昇動画にもなっている。
コメントも九頭竜たちに対する批判と増長させた灰崎たちへ。
そしてSNSではすでに名前と顔とかを特定する動きも出ているらしい。
早晩、住所とか全部さらけ出されるのも時間の問題だろう。
にしても、なかなか過激なタイトルつけたなぁ。
宝生さんは動画はそのまま再生する。
【俺とコウは真のパートナーだ!】
【でもお前らには女性のパートナーもいるだろう?それにちゃんと正妻もいる】
【そんなものはお飾りだ。真の正妻はコウに決まっている!それ以外はしょうがなく制度上そういう立場にしてやっているだけで女性が正妻なんて不本意に決まっているだろう。せめて側室程度だ!】
動画にはこないだの九頭竜と俺たちの会話がしっかりと載っている。
一応申し訳程度に顔が隠されたりもしているけど、容易に特定しようと思えば特定されるだろう。
【つまり女性なんてどうでもよくて男性が愛しあうための、お金を稼ぐための手段でしかないと?そこに愛なんてあるわけない、と?】
【そうだ!いや逆に感謝してほしいくらいだ、男性の貴重な精を施してあげているんだからな!側室でも分不相応なくらいだよ】
他にも散々言ったひどい内容が余すことなく乗せられている。
まぁあえてひどいことを言わせるように誘導したんだけどね?
でもそれにしても──
「──うわぁ改めて聞くと、中々聞くに堪えない内容だね?」
「あの時は恭弥様に厳命されていたので断腸の思いで我慢しておりましたが、普通だったら即意識を刈り取っていましたね。いやぁ我ながらよく我慢いたしました……」
うんうん、と花咲凛さんも満足げにうなずいている。
いやそうはいってたけど、あの時あなた無表情ながらかなり殺気立ってたよ?
護衛の花咲凛さんが介入してこないっていう不自然さを隠すために、めちゃくちゃ挑発したんだから。
ほのぼのと花咲凛さんと話す。
動画については驚きもしない、知ってたことだし、なんならやったことだし。
「……それで何か言うことはありますか?」
「うんひどいね」
「ひどいですね」
はぁ、とため息をつく宝生さん。
「これを公開したのはあなたたちですよね?なぜこんなことを?」
あらもう断定されていらっしゃる。
あの場にいたならだれがやったかなんて一目瞭然だよね。
「それにこれたぶん黒川も協力してますよね?」
「協力って言っても、動画をもらっただけだけどね?確認したいからって言ったよ」
信じている感じはなかったけど。
「そろそろちゃんとお灸を据えるべきですかね勝手が過ぎる……まぁそれは今はいいです、ではあなたたちが公開したことは否定しないのですね?」
「否定しないよ?なんなら俺が公開するように言った」
「どうして?」
宝生さんの顔はより厳しさを増す。
「どうして、っていうと?何が聞きたいの?」
もう少し具体的に言ってほしいかな、何が聞きたいのかを。
「なんでこんなことをしたのですか?こんなことをしなくても彼らの罪は法が裁いてくれるじゃないですか?」
「ああ、確かに法律でも裁いてくれるんじゃないかな」
裁いてくれないかもしれないけど。
「ならこんなことをする必要はないじゃないですか、私刑みたいなことする必要は。だって適切に裁かれるのですから。100歩譲って彼らはいい、でもこんなことをしたら彼らだけじゃない、彼らの家族とか周りにいる人まで巻き込んでしまうでしょ、その影響まで考えたらこんなことをすべきじゃないのでは?」
ああ、そういえば思い出した。
彼女は前もそうやって高遠の家族を守っていたな、そういえば。
会社の取引量を下げたのもしょうがない、と言えるくらいでとどめていたと聞いた。
たぶん彼女は優しすぎるんだ、九頭竜と高遠のことは許せなくても。
その家族まで巻き込む、みたいなことができない、許せない。
頭がいいからきっと他人の事情を慮ることができる、できてしまう。
だからたぶん自分の評判とかそういうのはわかっていても気にしないのだ。
そして彼女には彼女の家にはそんな評判程度、気にしなくても何とかなる力があるからそう考えられる。
宝生家の力があるから。そして実害が出たら止められるから。
彼女は強いのかもしれない。
その心はきっと高潔なんだ。
誰だ彼女のことを、悪役令嬢だなんて言ったのは。
悪役令嬢ぽいのなんてそのきつそうな見た目だけじゃん。
うんとても、すごくいい人だ。
俺みたいな人間にはもったいない、こんな人間ができていない俺なんかでは。
でも……
「宝生さんの言いたいことはなんとなくわかったよ、宝生さんはめっちゃいい人だ」
俺の言葉に、宝生さんは露骨にいぶかしむような目線を向けてくる。
「……皮肉でしょうか?」
「いや本当にそう思ってるよ、俺にはできない考え方だから」
「もう少し詳しくいってくれないとわからないです」
「つまり俺はそんな誰にでも優しくはないんだよ」
「武田さんは優しいと思いますが?」
「そんなことないよ?そういってもらえるのはうれしいけど」
「女性だからってそれだけで私たちの話を聞かなかったりしませんでした。 それは世間一般に言うと優しいと思うのですが、こないだの美術館とかでも私のつまらない話をきいてくれましたし」
俺の中ではそんなこと優しいに含まれないんだけどな。
この世界だとそうなのかもしれない。
「でもそれは多分宝生さんが俺の許嫁候補だからだよ」
「……?」
「宝生さんを勝手な言い方すれば、仲間って言い方はちょっと違うかもしれないけど、許嫁という共同体というか、まぁそんな感じに思ってるから」
うまい言葉が見つからない。
「……それが今回の件とどう関わってくるのですか?」
「極論を言えばそれ以外はどうでもいいんだよ」
なんかの物語みたいに誰にでも優しくしたいわけじゃない。
ただ自分の近い範囲さえ平和ならそれでいい。
知らない人がどうなろうが正直興味もない、それも姉さんに害をなした人間なんか不幸になればいいとさえ思ってる。
「周りを巻き込んじゃいけない? でも親とかならそうだね、彼らを止められなかった責任があると思うよ? それこそ宝生さんの時にも同じ状況をさせないようにしたはずなのに、ダメだった。これはしょうがないんじゃない?」
「それはそうですけど……でも」
「それにそもそも今回喧嘩を売ってきたのは九頭竜たちだよ、それがどんな影響を及ぼすか考えないまま、ね?」
「……」
被害者なのに、加害者のことを考えてあげてしまう。
だからきっと彼女は善性なんだきっと。
「ほかにも理由はあるよ、単純な。……徹底的にやりたかったからだ」
「……つぶしたかったってこと?」
「そうなる」
「でもそれは捕まってすでにつぶれたといってもよくないですか?」
宝生さんの言いたいこともわかる、でもさ違うんだよ。
「国を信じきれないからっていうのはあるかな。……まぁ公平に判断するとは思うけど。だけど別に俺はあいつ等に罪を償ってほしいわけじゃない、社会復帰なんてしなくていいとさえ思っている」
だからあえて罪を重くしたんだし、挑発したりして。
簡単に戻れなく、おもちゃにされるように。
「ですがそれは……」
何とも言い切れない顔をしている。
納得しきっていないような顔。
まぁもっと穏便に済ませる方法もあったけどする必要も感じなかった。
彼女はきっと思ってるんだろう、相手の家族まで巻き込んで罪にまですることなのか、って思ってるんだろう。
炎上させることなのか、って思ってるんだろう。
「まぁついでにいえば──」
「──いえば?」
理屈じゃないんだ、感情なんだ。
「俺の姉さんを馬鹿にしたんだ、普通に考えて自分の家族が安全でいられるわけなくない?」
これでも優しくした方だ。
直接的にはやってないんだし。
そりゃこれから死ぬほど苦労するだろうし彼らは恨まれるだろうけど、でも命まではとってないんだから。
「……っ?!」
宝生さんが息を呑む。
あれ?なんでだ?
なんで怖がっているんだろう。
自分の顔を触ってわかる、ああ笑っているのか。
意識していなかった。
「……そういうことですか。あなたの考えは分かりました……今日はありがとう、少し考えさせて」
宝生さんはそのまま俺の顔も見ずに、部屋を出ていく。
「……嫌われちゃったかな?」
「あの笑顔は失敗でしたね、キョウ様も抑えきれなかったんでしょうけど」
「はは」
死ぬほど姉さんを馬鹿にされて腹立っていたからね。
「でもキョウ様は優しいですよやはり」
「ん?」
宝生さんに話したことの続きかな?
「確かに今回の件は九頭竜が原因です、しかし元を正せば今回の件は前回の婚約破棄の時に適切な対処をすればよかった話なはずです、間接的に言えば宝生様のせいとも言えますよね?」
「……」
「にも関わらずキョウ様はそれに関して何もおっしゃっていませんよね?」
「まぁ言いたいことはわかるけどね? でも彼女は被害者だから」
そこまで求めるのは酷だとも思う。
「それに女の子には贔屓しないと、さ」
「だから優しいと言っているんですよ?……その裏返しのように敵には苛烈ですけど」
「普通だよ、普通。普通の日本男児の考え」
「キョウ様みたいな人が普通なんてどれだけおかしなこと言っているか自覚はありますか?」
残念そうな目で見られる。
でも、前の世界では考え方は普通だったよ。
この世界じゃ信じられなくてもしょうがないけど。
そのまま雑談でもしていると、NAZ機関から連絡が来る。
どうやら許嫁投票は明後日らしい、それはくしくも学校が始まる前の日の訳で。
許嫁投票で思いだした。
「……どうしよう、許嫁投票拒否されたら!」
さっき宝生さんに好かれるようなこと何一ついうの忘れた、宝生さんのは投票はもう期待できない。
うわ、もっとかっこつけとけばよかったぁ!!
あぁ胃の痛くなる許嫁投票が始まる。
「とりあえずねよっか」
「そうですね」
……なんだか久々かも?
────────────────────
久々の主人公視点!
後、1話か2話でこの章終わります!
良ければ作者フォローもしてもらえると助かります……!
沢山のフォローと応援ありがとうございます。
また★とかいただけてめちゃくちゃ嬉しいです。ありがたい限りです!
今後もよろしくお願いします!
なにかわかりづらいところとかあったらお気軽にコメントしてください。
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