第59話 「許嫁投票⑤」 SIDE 悪役令嬢
「き、気色悪い?」
あまりの武田さんの言いっぷりに、九頭竜、高遠のみならず橘さんたちも絶句している。
確かに普段の彼はこんなストレートな台詞は言わないので驚くのも無理もない、それだけ怒ってるっていうことなのでしょうけど。
私も事前に計画を聞いていなければ同じような心境だったでしょうね。
「ああ気色悪いよ?逆にお前ら自分が気色悪くないとでも思ってんの?」
笑顔で毒を吐き続ける。
「いや別に同性愛に対しては100歩譲っていいよ? 俺が標的にされてなかったら別にどうでもいいし、勝手にちちくりあってくれって感じだし。まぁただ女性の同性愛は相手がいないからそういう風な人も多いっていう前提があって、お前らのそれは女性のとは違うし、マイノリティであることは自覚した方がいいと思うけど……あぁいや自覚してるからこそ、心と心の関係とか言って虚勢を張っているのか?」
秋月さんなんかは露骨に不満げにしているけど、まぁ社会的にはそういう人も多いのは事実ではありますね。
「虚勢なんかじゃない!俺とコウは真のパートナーだ!これは自信を持って言える!」
「でもお前らには女性のパートナーもいるだろう?それにちゃんと正妻もいる」
「そんなものはお飾りだ。真の正妻はコウに決まっている!それ以外はしょうがなく、そう制度上そういう立場にしてやっているだけで女性が正妻なんて不本意に決まっている。せめて側室程度で女が正妻なんてありえない!」
「こ、コウ君……」
うれしさと戸惑いを織り交ぜたような複雑な表情を高遠は浮かべている。
自分のことを好きだと言ってくれてうれしい、でもどこか場の雰囲気を感じ取っている、そんなところでしょう。
九頭竜自体はそもそも気色悪いと言われて頭に血が上って周りの雰囲気の変化にさえ気づいていなさそうですけど。
「つまり女性なんてどうでもよくて男性が愛しあうための、お金を稼ぐための手段でしかないと? そこに愛なんてあるわけない、と?」
「そうだ!いや逆に感謝してほしいくらいだ、男性の貴重な精を施してあげているんだからな!側室でも分不相応なくらいだよ」
当然ことのように言い捨てる。
もっと男性を敬え、と。
そう主張している、いや武田さんがそうさせた。
「俺はそう思わないけどね。法律的には確かに男性は優遇されているかもしれないけど、でもそれは数が少ないからだ。保護されるために優遇されてるだけだよ。今この社会を作り上げているのは女性で、俺らは保護されているだけだ、別に優れているわけじゃないぞ?」
「何を馬鹿なことを!男の方が偉いに決まってるだろ!」
武田さんのような考え方をしている人がどれだけこの社会にいるんだろう。
そしてこの男たちは気づいているのでしょうか。
会場の、それも私たち以外の女性も含めて、九頭竜たちへの視線が冷ややかなものになっていることに。
いやきっと気づいてないんでしょう、本当はそういうことを教えてあげるのは正妻であるあなたの役目なんですよ、高遠。
「……あぁわかったなるほどだからお前は宝生さんを陥れようとしたのか」
ぼそり、と武田さんがつぶやく。
「え」
「な、なんのことだ」
「お前が高遠を奪った理由だよ。要はただの嫉妬だろう、なんだお前女性よりも女々しいなぁ?九頭竜」
「お、おれは──」
「──女性なのに自分より立派に生きて頑張っている宝生さんの話を聞いて嫉妬したんじゃないか?男性としてしか誇るものないお前とは違って。だからその許嫁を奪ってその虚栄心を満たそうとした、宝生さんの顔を曇らせてやろうとした」
「何を馬鹿なことを、俺はコウをこの性悪女から──」
心外だと言わんばかりに大きく目を見開く。
本心がどうかは分からない。ただこの場の流れでは見にくく嫉妬した男、ということになった、武田さんによってされた。
「──だからまた絡んできたんだろ?宝生さんが折れずに立ち上がるから、だからもう1回自分の手で折ってやろうとした」
「違う!俺はコウを愛してるだけだ!」
ははは、と武田さんは九頭竜の反論を一笑に付す。
「なんでそんな強気に反論してるんだ?俺痛いところでもついちゃったか?」
【僕何かやっちゃいましたか?】なんて昔流行った小説みたいなことを武田さんが言い始めた、これ絶対わざとやってますよね?
そしてこれにまんまと引っかかる人もいる。
「せ、誠一君?」
少し不安げに九頭竜の顔を見上げている高遠。
「心配するな、あいつの言っていることは全てでたらめだ!!」
「そうかぁ?本当にそうならお前は慎ましやかに二人で暮らしておけばよかったと思うが?」
「違う!灰崎がお前らのことを教えてくれたからだ!」
「九頭竜様!!」
慌てて灰崎が九頭竜を静止させようとしているけどもう遅いですね。
「別に俺が率先してやったわけじゃない!灰崎が許嫁制度をやっているときに、言ってきたから俺は友達になろうとしたに過ぎない。断じてその性悪女に固執したみたいな言い方はやめてもらおうか!」
反論してるけど、もう武田さんの視線は別の場所へ。
「へぇ、政府から情報漏らしたんだぁ?積極的に情報漏らすってなると話変わるよねぇ、ねぇ灰崎さーん」
今度は慌てて灰崎が否定する。
「ち、違います!私は男性の友達が欲しいって九頭竜様から!」
「なっ、それはおまえが」
あいつがおまえが、とそれぞれに責任を擦り付け合う。
醜い。ここに来るまでは仲間だったはずなのに、この話し合いで一気に敵に変わった。
いや敵同士にさせられた、というのが正しいですかね。
九頭竜と灰崎だけじゃない。高遠もさっきの件で疑心暗鬼になっている。
みんながみんなそれぞれを疑う地獄絵図のような状況。
そしてそんな状況をつくりあげたのは紛れもなく武田さんなわけで……えっ。
「笑ってる?」
言い争う二人を見て、楽しそうに、嗤っている。
「醜いなぁ、醜悪だ」
ただ言い争っている3人には聞こえてないですけど。
「そんな言い争いにしててもしょうがなくないか? お前らの行く末なんてもう決まっているのに」
今度は注意を向けるように、あえて彼らに聞こえるように武田さんは声を張った。
「……決まっている?」
「ああ決まっているよ、破滅だ」
にっこりと言いつける。
3人は破滅、と聞いても納得できていなそうで。
「俺は男だぞ?たとえ捕まったとしても、軽い刑になるに決まってる」
「ぼ、僕だってそうだ!男だもん」
「私だって政府の人間、それに私には灰崎家の力もある、それに私にはまたもっと上の──」
──タイミング悪くそこで警察のパトサイレンの音が遠くから聞こえてくる。
もっと上の?
……灰崎家以外にも何かあったりするのかしら?
彼女は今いったい何を言いかけたの?
灰崎も口走りかけたのに気づいてか口を閉ざしているし……。
武田さんも一瞬怪訝そうな表情を向ける。
「軽い刑で本当に済むとでも?」
「俺は男だぞ、すむに決まっている!それに来るのは灰崎家の息のかかったものに──」
「──本当に?」
悪魔のような笑みを浮かべて、猜疑心を煽っていく。
「なんで前回の婚約破棄でお前らが追われなかったかわかるか?ただ単純に宝生さんがそう命じただけだ、優しいからな彼女は。だが今回は違う、灰崎家の息が警察にかかっているならば宝生家もかかっていて当然だよね?今回の件で、先に動けたのも宝生家だぞ?さぁここから迎えに来るのはいったい誰の息がかかった警察だろうなぁ?」
多分普通の警察だと思いますが。
ただそんなことは本人たちには分からない、目に見えるほど九頭竜の頬が引き付いた。
「さてお前らの罪を列挙してみよう、まずは脅迫罪、暴行罪、あとは結婚目的略取・誘拐罪とかもいけるんじゃないかな?」
さっきまでとは違い、笑顔はなく事務的に罪を列挙していく。
それが逆に怖い。
「そしてそれらすべて男性に対して、という但し書きがつく。罪はもっと重くなるね?二人とも」
「そ、それでも二人なら俺とコウなら刑務所でも乗り越えて!」
「表向けは刑務所だろうけど、たぶんお前らが行くのは刑務所じゃないんじゃないかな?本当にお前らがやるのは性的奉仕なんじゃない?知らんけど」
「せ、性的奉仕?」
「噂では富裕層の女性には男性のペットというのを欲しがる人がいるらしいよ?やっぱ無機質なものよりも反応あるのがいいらしいね。それも所有されたがるのは妊娠可能性のない女性が所有するってことが裏であるらしいよ?お前らは違うタイプの男だから、引く手あまただろうね、年老いた人達には。まぁ二人一緒に買われることでも祈っておきなよ」
「ひっ」
二人の顔がみるみる青ざめていく。
もう私が見ていて哀れになるほど。
ふと、高遠と目があう。
「さ、紗耶香さん、ぼ、僕……」
すがるような目をしている、ああ見たくなかった。
どうせなら最後まで意地でも張っててほしかったですね。
「あなたの恋人に頼んでみたらどうです?何とかしてくれるのではなくて?」
突き放す。そんな助けてあげる義理なんでとうに終わってる。そして前回がそれんわけで。2回目は無いのですよ。
まぁ高遠頼みの九頭竜は茫然自失としていて、何とかできそうには無いけど。
そのまま警察が入ってくる。
事情はもう知っているのか、3人に手錠をかけ、連れていこうとする。
「ああ待ってください、2つ言い忘れてたことあって」
女性警察官も武田さんの言葉に律義に止まってくれる。
「……?」
二人とももう反論する気力さえわいてこないらしい。
「宝生さんは性悪女なんかじゃないめっちゃいい人だったよ、すごく素敵な人を逃したな」
少しだけ悔しそうな高遠の顔。
「それじゃ一つ目」
あ、私のことは一つ目じゃないのね。前置きなのですね
「うちの姉さんは不出来なんかじゃない、最高の女性だ。お前らごときが侮辱していい相手じゃないんだよ。姉さんを不出来といったことは許さない。姉さんが不出来ならお前らは男性失格、人間失格ですらある」
人間失格とはすごいことを言うわね、武田さんから狂気じみたものまで感じる。
「じゃあ続けて二つ目。姉さんを馬鹿にしたから
それだけ吐き捨てると、「もういいですか」と武田さんが女性警察官に声をかける。
3人はうなだれたまま外へ。
残されたのは私たちのみ。
とりあえず許嫁投票は後日再度実施されることに。
「あーなんか怒涛だったなー、と、とりあえずかえる?」
雰囲気を少しでも変えようと橘さんが明るい声を出してくれる。
「帰りましょっと……馬鹿な男のせいで疲れたわー、あー余計嫌いになった」
橘さんと秋月さんは帰り道に。
武田さんを見れば、メイドの佐藤さんに何かを手渡し指示している。
「この度は申し訳ございませんでした、また許嫁投票はまた後日」
椎名さんの顔色もかなり悪い。
そんな椎名さんの謝罪を受けて、私は一抹の不安を覚えながらも帰途につく。
【これはまだ始まりだぞ?】
ただどうにも武田さんのその言葉が頭を離れない。
これ以上彼らになにをするというのか。何かをするつもりなのわかるけど、何をしたいのかは分からない。
「ねぇ何をするつもりなのですか?」
私の疑問に武田さんは笑顔を浮かべて、
「後始末だよ ー」
優しくでも突き放すような言葉。その顔からはこれ以上言うつもりはない、そんな感情の読めない笑顔をしていた。
「そうですか…………」
だから私もそれ以上何も言えなかった。
そしてそんな私の不安は的中した。
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