第58話 「許嫁投票④」 SIDE悪役令嬢


 「あはははははッ!」


 武田さんの哄笑。

 皆が皆反応の違いはあれど、突然の豹変に困惑している、それは私も含めて。


 「お言葉に甘えてじゃあ存分にやろうかな」


 前を向いた武田さんの顔には暗い笑顔。

 どことない不安感が頭をよぎります。


 「な、何をするっていうの?」


 灰崎の困惑気味の声。

 しかしそれには目も向けず、武田さんは自分のペースで話始めた。

 

 「それで?なんだっけ?お前らが馬鹿みたいに笑えた理由は、ああそうだ。まずは、【この会場の様子を録画してるけど、そんなものは自分たちの権力で何とでもなる】とか言ってったっけ?そこの灰崎家のは」


 【灰崎家の落ちこぼれ。】

 

 そういった瞬間、露骨に灰崎の顔がこわばった。

 

 「なんとか頑張ってNAZ機関の部下とかに根回ししたりして情報とれるようにしてたみたいだよね。だから今日のカメラの様子もどうとでもなると思ってたんでしょ?違う?」


 「……」


 ここでの沈黙は肯定と同意ですね。


 「そもそも俺らの新しい家での様子をカメラであんたに見られているんだ、録画もどうにかなると考えて当然だよね?ね?落ちこぼれさん」


 「……人のこと落ちこぼれ落ちこぼれいうのやめたほういいですよ?浅く見えます」


 「そうかな?でも事実そう呼ばれたでしょ?それこそ宝生さんを婚約破棄に追いこむ前くらいまでは」


 逆にそれ以降彼女の家での立場は少し改善したそう。まぁそれでも立場は下だったそうですけど。

 ……涙ぐましい努力ですね、ただそれが彼女の家での限界ともいえますけど。


 「え、ちょっと待ってそれより私たちの様子見られてたの!?」


 あ、橘さん気になるのそこなんですね。

 ……でも考えればそうです、こんな灰崎なんて橘さんからしたらNAZ機関の知らない人。

 興味もないですか。


 「ええ。1度ご説明したとは思いますが、本来は皆様の安全のために設置したというのが主な目的ですので担当の者しか見ておりません。ここで言えば私です。何かあったときに駆け付けられるようにというのが主目的です。そしてプライバシーもあるので共用部のみとなっていました。どうやらそれを盗み見たらしいですね。……これに関しては私のアシスタントが裏切っていたことが確認されております。申し訳ございません」

 

 「そ、そうなんですか……」


 「落ちこぼれさんは白銀というNAZ機関のアシスタントにお願いするつもりだったのかな?あぁそれとも他にも協力者がいるのかな?」


 「そんな協力者なんてものはいませんけどね?」


 「じゃあさっき知人に教えてもらえるって言ってたのは別の人のことかな?」


 「……さぁそんなこと言いましたっけ」


 「あ、水掛け論をするつもりはないよ?そもそも白銀があんたと内通してた証拠は別にあるし、それに仮にそれを消されたとしても政府のものではない別のカメラで撮ってたから、それ見ればわかることだからさ」


 「えっ」


 これに真っ先に驚いたのは灰崎……ではなく椎名さん。

 まぁそれはそうでしょう、言ってませんもの。

 NAZ機関の誰が信用できるかわからないならもういっそ誰にも言わない、ということにしていましたから。


 「だからそこのクズ、じゃないや間違えた九頭竜の俺への暴行もきちんと残ってる。消すことなんてできないよ、もう別のサーバーにも転送されてるし」


 「そ、それはお前が挑発したからだろ!!」


 たまらず九頭竜が言い返す。

 ただそれに対して武田さんは、


 「なんのことかさっぱりわからないけど、あれかな?あんたには俺が気持ち悪いって言ってるように見えたのか?だとしたらそれは潜在的にあんたが自分達のことを、いけないことをしている、男性同士の愛が気持ち悪いものだと認識してるからなんじゃないのか?だから仲間を増やそうとしたんだろ? ほらなんだっけ、数集まれば怖くない、みたいなことだろ?」


 武田さんは少し逡巡させ、一言。


 「ダサいよね」


 今までのお返しとばかりに九頭竜のことをこれでもかと嘲る。

 しかも自分は何も言ってない、九頭竜が勝手に思ったんだという言いっぷり。


 「なっ……なな」


 あまりの言われっぷりに九頭竜は言葉も出ていない。


 「そもそもお前も屈折してるよなぁ、人の婚約者を寝取るなんて普通に唾棄すべき行為だろ。その点に関しては倫理観のかけらもないなとは思ってるよ。あぁでもそもそも男性っていうだけで偉いって言ってるやつにまともな倫理観してるわけないかぁ、じゃあごめんその点っていうのはうそ。全体的にだね」


 もうこれまでの鬱憤を爆発させるかのように吐き捨てる。

 遠慮のかけらもないですね。



 「おまえぇぇぇえ、調子に乗るなぁぁぁぁ。僕の誠一君を馬鹿にするなぁぁぁぁ!」



 感情こらえきれず殴りかかったのは九頭竜ではなくて、高遠。

 ただ普段は運動しないからかそのスピードはそんなに速くない。

 これなら避けられるはず。


 感情を爆発させちゃだめでしょう、特に今の武田さんには……

 多分武田さんは──


 「──いったいなぁ」


 そのまま殴られた。


 「……あ」


 高遠は初めて人を殴ったんだろう。

 自分が殴ってしまった、ということに驚き顔を青ざめさせている。


 「さて無事お前も俺に暴行したな?」


 計画的に殴られたといわんばかりの顔。

 殴られたにも関わらず、笑顔のまま。

 それが逆に怖い。

 間近で体験している高遠は蛇に睨まれた蛙みたいになってる。


 「というか人を殴るならもっとちゃんと殴れよ。 あれなの?男性同士の恋愛でネコになったから全体的に弱々しくなってんの? そこまで凝ってるなら逆にすごいと思うけど。まぁ努力の方向性の間違い方はすごいね」


 「え、えぁえ」

 

 「俺のコウをかえせぇぇぇぇ!」


 「いやこいつからこっち来たんだけど何言ってるの?こんなやつこっちから願い下げなんだけど、俺殴られただけだし。はやく戻れよちんちくりん」


 もう武田さんが辛辣すぎます。

 しっしと、子虫でも追い払うようにしている。


 「あとこれもちゃんとお前の担当なんだから管理しておけよ、灰崎家の落ちこぼれさん。そんなこともできないの?」


 灰崎のことを徹底的に見下す。

 彼らはそろいもそろって穴でも開くんじゃないかというくらい武田さんを睨みつけている。


 「そ、そんなこと言っていいんですかねぇ?こっちにはあなたの不出来なお姉さんを──」


 「──へぇよく言えるね?さっきの電話聞いてなかった?」


 「そんなはずない失敗するはずがない。NAZ機関の情報では増員が事前情報より多くなったなんて書いてなかったそんなにいるはずがない、それなのになんでいまだに……」


 「私も増員はしたけど、あんな声の人いた覚えは……いやもしかして」


 椎名さんもやっと思い付いたらしい。


 「もしかして宝生さんちの?」


 「……ふふ」


 「そもそもなぜ襲撃されるってわかったの?」


 椎名さんの疑問。


 「信頼してたんですよ、灰崎を。こういう出来損ないの下種は脅したりしかできないだろうなって。ほらうちの姉のことを不出来な、とか言ってましたし。やると思ったよ?」


 なんと嫌な信頼なんでしょう。


 「こっそりと別の病院に移しといたんだ。だから今日緑が丘病院にいたのは別の人、まさかこんなに引っ掛かるなんて思わなかったけどね?」


 悔し気に歯噛みする灰崎。


 「それ私知らないのだけど」


 抗議するような椎名さんの目。

 ただ武田さんは悪びれることもなく、


 「言ったら意味ないでしょ?敵を欺くには味方からっていうじゃないですか?」


 「じゃあ必死に増員したり調査したりしたのはいったい……」


 「椎名さんが頑張ってくれたから灰崎が油断してくれたんだと思いますよ」


 「……そう」


 納得は言ってなさそうですね。

 ただそれを言わないだけの分別はありますか。

 

 まぁある意味囮にされたみたいなものですしね。

 情報とられ放題なのを利用したともいえますがけ。


 「……釈然としない気持ちも分かりますが、こんなことしなくてもいいようにはしてほしいですけどね」


 チクリと刺すのも忘れない。

 怒りたくなるくらいのことなのでこれは言われても仕方ないだろうけども。


 「申し訳ございません」


 椎名さんからは視線を外し、また目線は戻る。


 「今も姉さんは元気にしてますよ?まぁあんたらのせいで移動させることになったけどね。……ということでうちの姉を脅しの材料に使うこともできないけど──」


 「──それでなんだっけ?俺の愛人になれ?ハーレムに入れ?担当変われ?男同士が真の愛?」


 ニコリととっびきりの笑顔を浮かべて一言。


 「そろいもそろってお前ら気色悪いよ」


 

 

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