第56話 「許嫁投票②」 SIDE悪役令嬢
「……おまえぇぇっ!!!」
九頭竜は大股で近づき、思いっきり武田さんを殴り飛ばした。
殴られた勢いで、彼は思い切り吹き飛び、テーブルへとぶつかり、料理の皿などがはじけ飛ぶ。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「武田様?!」
まさかの行動に会場には悲鳴が巻き起こる。
私はすぐに駆け寄り、武田さんの状態を確認しておく。
……これなら大丈夫、かしら?
椎名さんは一拍遅れて、吹き飛ばされた武田さんと九頭竜の間に立ちふさがり、それ以上行かないように秋月さんも一緒に立つ。
橘さんは後ろで、口を押さえて信じられないと震えている。
「いきなり何をなさるんですか!あなたは!」
椎名さんが厳しく追及する。
ただ九頭竜も怒りが収まらないのか、目を血走らせたまま。
対して隣の高遠は九頭竜のいきなりの行動におろおろとしている。
「こいつがいきなり失礼なことを言ってきたから!!」
「失礼なこと……?」
「そうだ!いきなりこいつが俺らの関係に対して【気持ち悪い】と口走り、そして侮蔑的な目で見てきたんだ!」
憤懣やるせないと九頭竜は前に進もうとするが、それは二人の圧によって踏みとどまらされている。
「……それで?」
「許せるはずないだろう、俺らの真剣な愛に対してそんな侮蔑的な言葉!なぁコウ!」
「あれは殴られても仕方ないよ、恭弥君が悪い!」
高遠は全自動肯定マシンか何かになってしまったんじゃないのでしょうか?
「いやどう考えても殴るほうが悪いでしょう」
椎名さんが何を言っているんだ、と何度目かわからないあきれた目を返す。
「うるさい女風情になにか言われる謂れはない!」
「あなた……」
隙あらば女性を下げてくるこの男。
なんで頭がこんな残念なのでしょう。
「……っ」
そこで吹き飛ばされた武田さんが身体を起こす。
「……大丈夫?立てる?」
「ええ、ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすいませんね」
武田さんがゆっくりと立ち上がる。
「ハンカチ使ってください? 血がでてます」
殴られたときに口が切れたのか出血している。
「え、あ、ほんとだ、ありがとうございます」
私のハンカチで口元を拭いながら、ニコリとこちらに微笑みかけてくる。
「……
ちゃんと血が取れているか、ではないですよね。
うまくいっているか確認しているのですね。
「ええ、大丈夫よ。ちゃんととれてるわ」
「よかったです、じゃあもうこんなのはいいですね」
派手に吹き飛んだとは思えないほど軽快に動き出す。
それには言い合いをしていた椎名さんと九頭竜たちも目を向けてくる。
「いきなり殴るなんてひどくないですかね?血が出ちゃいましたよ」
殴られたにもかかわらず笑顔で九頭竜たちのもとへ行く武田さん。
それが逆に彼らに恐怖を煽る。
「それはお前があんなこと言うから」
「あんなこと?……何か言いましたっけ?さっき殴られたから記憶なんて飛んじゃいましたよ」
「お前!しらを切る気か!コウも聞いたよなぁ?」
「うん確かに!」
「ほらな!」
そんな怒り心頭の二人とは対照的に、武田さんは笑顔のまま。
「まぁそりゃ人を殴ったんだから、人のせいにしたくなる気持ちもわかりますけど。……宝生さん何か僕が何言ったか聞こえましたか?」
「いえ私はなにも」
「お前ら!!」
彼は怒りすぎたのか言葉にもならない。
でもやったやりとりはさっきまでのあなたと一緒なのですけどね?
はぁ、と武田さんは笑顔を崩しため息を一つ。
「感情的な人と話すのは疲れますね、今まではそうやって癇癪を起こせば何とかなったんでしょうね」
「何っ?!」
「椎名さん。先ほどの件は法律的に見れば暴行罪に当たりますよね?」
急に話を振られたからか、椎名さんは少しどもりながらも、はい、とうなずく。
「ぼ、暴行?!そ、そんなつもりはない……というかそもそもお前が!」
彼らは何を慌てふためいているのか。
今更自分のしたことにでも気づいたんだろうか。
「ただの暴行では済みませんよ。今回は男性に対する暴行ですからね?当然罪は重くなりますよ。なんてたって、そこの九頭竜の言葉を借りるなら
あ、椎名さんが「さん」をつけなくなりましたね。
「そ、それは女性が男性を暴行した時の話じゃ?」
確かに男性を襲おうとして女性が捕まることの方が多い、重罪になるから。
よくニュースとかでもそういう事例は取り上げられたりする。
ただ法律的には男性が男性を襲った場合でも変わらない。そもそも男性が男性を襲うなんてことがまず少ないのですけど。
「女性に限った話ではありませんよ?男性が男性を殴った場合でもそうです」
「そ、それはそいつが挑発してきたからで」
「私には何のことだか。それに仮になにかあなたがたが勝手に聞こえたとしても、あなたが殴ったという事実は変わりませんよ」
「ちっ」
九頭竜は舌打ち以上なにもできない。
このまま九頭竜を追い詰めていくのかしら、そんな風に考えていたら──
「──それ以上うちの九頭竜様をいじめないで上げてくれませんかね?」
入り口を見れば、パーマをかけた一人の女性の姿。
なんだろう、品がないというかなんというか。
「失礼いたします、武田さん。椎名先輩。それとお久しぶりですね、宝生さん」
こちらに向けて挑戦的な笑みを浮かべてくる女。
この女性は確か……
「すいません、どこかでお会いしたことありましたか?」
普通に聞き返す。
そんな私の返答に彼女のぴくっと頬が引くついたのが見えた。
「……っ?!これは失礼いたしました、パーティーで1度お会いしたことがあり、なおかつ母校が同じでしたのでつい。九頭竜様の担当をしております灰崎と申します」
「あぁ灰崎家の……言われて思い出しましたわ。そういえば政府の所に入ったんでしたね、おうちの会社にでも入ればいいものを……あぁ失礼入れてもらえなかったんでしたっけ?」
ぴくぴくと頬を引きつらせる灰崎。
「……またその話は今度でも。今日はそちらの九頭竜様を引き取りにきました」
「引き取りにとはまた……すでに許嫁投票の邪魔をして、さらには武田様に暴力をふるった段階なのだけど?このまま返せるとでも?」
「九頭竜様は熱いお方なので、気持ちが少し昂ってしまったのでしょう。お友達同士ならよくあるすれ違いではないですか?」
よくあるすれ違い……ですか。
よくもまぁ恥もなくそんなことを。
「すみません、誰と誰がお友達同士なのでしょうか。そこの同性愛者の九頭竜と高遠のことを言っているようでしたらやめてくださいね?不快ですから」
嫌悪感をにじませた表情で吐き捨てる武田さん。
これに驚きの声を上げたのは高遠。
「ぼ、僕たちは友達だったじゃないか」
「はぁ?何を言っているんですか?僕らが友達だったことなんてないでしょう?勝手に記憶を捏造しないでもらってもいいですか?」
「……っ?!」
「ああ、それともあなたたちの考えでは人の家の前で出待ちしたりして来ることを【友達】だと思ってるんですかね? なら一つお教えしましょうか。それはね友達とは言わないんですよ?【ストーカー】っていうんですよ?」
あくまで善意で教えてあげましたと、ばかりの武田さんの言葉。
だけどその中身は毒舌そのもので。
「ぼ、僕たちはそんなつもりじゃ……」
「これはねあなたたち
九頭竜と高遠が加害者で、私たちが被害者。そう認識させた。
まぁ本当にそうなんですけど。
これには二人して絶句してなにもいえない。
「まぁまぁその程度にしてくださいよ、友達ではなかったもしれませんが友好を深めたいと思っていたのは本当なんですから」
「ストーカーに友達になりたいといわれても恐怖でしかないですけどね」
「手厳しいですね、ですが先ほどの件も含めてやはりお友達との友情故の
自分たちに圧倒的な不利な状況なのにも関わらず、余裕の表情を崩さない灰崎。
それがどうにも不可解だけれども。
「なぜおれがそんなことを?」
「……なぜって心配でしょう?お姉さんのこと?」
灰崎はにやりと笑い、堂々と脅してきた。
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