第55話 「許嫁投票①」 SIDE悪役令嬢
「どうやら間に合ったみたいだなコウ」
「そうだね、誠一君」
間に合った、か。
二人は手を取り合って、もう二人の世界を作り上げている。
気持ち悪い。
この二人を初めて見る、橘さんは、「えーなになに」と驚きに目を見張り、男嫌いの秋月さんは男が二人も入ってきたからか険しい顔をしている。
本当に迷惑をかけてごめんなさいね。
そして肝心の武田さんは……え?嗤っている?
しかし彼はすぐに笑みをひっこめ、何を考えているのかわからない、神妙な表情を浮かべ直しました。
「何をしにこられたのですか?こちらは許嫁投票の場ですよ、部外者の方はお下がりください!」
椎名さんが、目に怒りを浮かべ、二人に退出を促す。
けど二人はどこ吹く風、それどころか……
「女なんかが話しかけるな、今日用があるのはお前じゃない、そこにいる恭弥君だ!」
「なっ?!」
あまりの堂々とした九頭竜の言いっぷりに椎名さんが目を丸くする。
そうだこの男はこういう男でした。
男が全て偉くて、女は下。
男尊女卑的な考え方に凝り固まっていた。
ただ椎名さんが目を丸くしていたのも一瞬、すぐに理路整然と回答する。
「あなたは確か許嫁制度に参加されている九頭竜様ですよね? このようなことをなさってもよろしいのですか? 政府から処罰されることもあるかと思いますが」
「ふっ、政府からの処罰なんて所詮注意程度でしかないだろう? これだけ政府の人口対策に貢献している俺をどうしようというのだ、実利的にも俺にこれ以上強くは言えないだろ?それに俺には心強く賛同する仲間たちもいるしな」
ここまで露骨に政府を馬鹿にするような発言をするとは……それがどういうことを意味するのか分かっていないのでしょうか。
いえきっとわかっていないんでしょうね……。
「なんですか、このあまりに度を越えた無知さは」
まともな会話にならない九頭竜の言いっぷりに思わず椎名さんが閉口してしまう。
「いつまでも俺と恭弥君の間に邪魔をするなっ!女ごときが!」
「そうだよ、女の分際で誠一君の邪魔をするなんて身の程を弁えなよ!!」
九頭竜の言葉に高遠も乗っかってくる。
なんというか、会わない間にずいぶんと高遠は変わったようです、昔はこんな言い方をする子じゃなかったと思うんですけど……。
一緒に生活するうちに高遠の考え方に寄っていったんでしょう。
本当に金魚の糞っていう言葉がこんなにも似合うようになるなんて……。
「なにその目は。何か言いたいことがあるの?」
何故か今度は矛先が私に来ました。
高遠も短気にもなってるわね、九頭竜に似て。
いやもしかしたら……?
「逆にないと思う方がどうかしていない?どれだけお気楽な頭をしているのでしょうか?何をどう考えたらそんな風に考えられるのかしら教えてほしいのですけど」
「うっ……」
少し言い返したら怯むのは、元の性格が出ていますね。
「そんなに強く言い返すということは不安感の現れなんじゃないか?なぁ宝生紗耶香?」
「不安感?なんのことでしょう?」
「ふっ、今にわかる、そこで見ているといい!」
なんでこの人はこんなに自信満々なのでしょうか。本当に頭にスポンジでも入ってるんじゃないでしょうか?
椎名さんも必要以上に口を出してこないようになっている。
「恭弥君、こっちに来てほしい!」
九頭竜と高遠がさっきまでとは打って変わったような笑みを、武田さんへと浮かべる。
もう彼らの眼中には私も椎名さんも許嫁候補の秋月さんも橘さんも浮かんでいないらしい。
本来ならこんなあやしい誘いになんて彼が乗るわけがない。
乗るわけはないのですけど……
「あんた?!」
「キョウ君?!」
今日の彼は乗る。
二人に誘われ、九頭竜の方へと寄っていく武田さん。
他の人が声上げても、一切動じない。
彼の顔を見ても、さっきと同じで何を考えているか分からない、そんな表情をしている。
普段はあんなにわかりやすいっていうのにね……。
「よく来てくれた、恭弥君!」
「武田君、歓迎するよ! でも正妻は僕のものだからね」
歓迎するのか牽制するのかどっちかにすべきでしょうに。
というかそもそも正妻って何を言ってるのでしょうか。
高遠も男だし、正妻なんて制度的に考えてみたら誰か別の人がいるでしょう。
もう突っ込みどころが多すぎます。
二人は諸手を挙げて、武田さんを迎え入れようと手を挙げるが、肝心の武田さんは彼らの少し手前で止まる。
絶妙に彼らから触れられないような距離。
二人もあげた手が行き場をなくし、微妙な表情をしている。
ここで初めて彼が言葉を発した。
「お聞きしたいことがあります」
「聞きたいこと?なんでも聞いてよ」
無表情な武田さんに対して、嬉々とした表情の二人。
「ではまず用があるのは僕とのことでしたが、どのようなご用件でしょうか?」
「どのような用って、前言った内容で来たんだよ?」
「前言った内容ですか……僕も予想しているのは同じ要件だとは思うんですけど、改めてそちらの口から直接お聞きしたいんです」
殊更に丁寧に、そして少し不安げな様子で。
武田さんと接してきた中で、今まで見たことがないような表情。
普段の彼を知っている身からしたら、違和感がぬぐえません。
が、普段を知らない人なら大丈夫だろう。
ただそれを二人はどう捉えたのかは知らないけど、安心させるように彼らは笑う。
「そうか、不安になっちゃうよなごめんごめん配慮が足りなくて。ちゃんと言葉にしないとね」
本当に彼らはわかっているのでしょうか、配慮の意味を。
「今日来たのは君を迎えにきたんだ、君をこの地獄のような環境から救ってあげる」
「地獄……」
意味深げに下を向く武田さん。
「やはりきつかったんだよね、分かるよ僕も」
そんなに高遠にはきつくしたつもりはないのですけど? 何ならかなり優しくした方ですけど。
絶対遠慮とかしてない、武田さんの方が私にきつく当たられていると思うのですけど。
「救うって……どうやって?」
下を向く彼の声は震えていて──
「ここから恭弥君と一緒に抜け出して、そのまま僕らと一緒に暮らそう。そしたら幸せになれるよ!」
「……なぜあなたと一緒に行けば幸せになれるんです?」
「そりゃ君と僕とコウ、3人で愛しあえば幸せになれるさ!」
……はい?
何を言っているのでしょうかこの方は。
もうこの言葉にはあきれて誰も何も言えない。
ただ九頭竜たちはそれでも本気で言っているのが手に負えない。
「でも俺には姉さんが……」
「わかっている、それも大丈夫だ! 君の不出来なお姉さんが入院しているのは、丘の上に建つ緑が丘病院だよね? ちゃんと専門の施設にも入院できるように整えている」
「……なんで場所を知っているんですか?」
「そりゃ僕には政府の人間からいろいろ教えてくれる人もいるからね」
「へぇ、そうなんですか。へぇ……」
一瞬の静寂。
それをここが押し時と考えたのか、ここぞとばかりに彼らは捲し立てていく。
「僕らと一緒に行けば、肉欲とかに溺れない真の愛を見つけることができるよ! 身体と身体の関係だけで結びつかない、心から繋がり会える関係を作って君を幸せにすることができる!」
「男同士でしか育めない関係がきっとあると思うし、男だけしかわからない関係もあると思うんだよ」
「……男同士だから、ですか」
武田さんは感情が読み切れないけど、まだ不安そうな様子。
「そのお話だと政府の許嫁制度に背くことになりませんか?それに姉の件ですが、専門施設に入院できるっていうことですがどのようにして?……いえ
心配?よく言います。
本当に彼は二枚舌というかなんというか……
「そうだよな、心配だよなわかるぞ。だからその不安を解消しよう、まずは許嫁制度だが、これに関しては俺が基本的に貴重な精子を出すようにしている、まぁ必要最低限は君らにもやってもらう必要もあるがその際には俺らもサポートをできるようにしているぞ、だから下劣な女なんかにはほとんど触れられないぞ」
下劣なのはあなたでしょうが。
そういいたい気持ちをぐっと抑える。
それにしても、ニコリと本人はさわやかに笑ったつもりなのかもしれないが全然そうは見えない、下劣な本性が見えてしまっている。
「そうなんですか……姉の件は?」
「だから万全の準備を──」
「──具体的に教えてほしいです!」
武田さんが初めて強く話した言葉に、二人は面食らい息をのむ。
「ねぇ誠一君、もう少し具体的に言ってあげたほうがいいんじゃないかな?」
九頭竜は逡巡し、声を少し落とし口火を切る。
「それもそうだな。そうしないと安心して俺らと愛を深めることなんてできないものな」
なんでこの二人の中では愛を受け入れることが前提になっているのか本当に理解できない。
男性同士の恋愛が尊い。と本気で信じているのでしょうけど……
「俺らを支援してくれる人たちがいる」
「支援?」
純粋そうな顔で、武田さんは小首をかしげる。
何も知らない、とばかりに。
「僕らが困ったら助けてくれる人だよ、許嫁担当の人とか、あと企業もあるよ」
「もう少し詳細に言えば、恭弥君も話したことがあるだろう灰崎が俺らの担当だ。こないだ話したんだろう?」
「ええ、1度は」
「じゃあ話は早いな、そして灰崎が担当ということはわかるだろう、企業としてバックについているのは
「灰崎グループ……ですか、ははそうですか。じゃあ今回の件は灰崎グループとその担当者である灰崎さん、それにあなたたちで考えたことなんですね。なら姉の治療の件も?」
「ああ灰崎グループが責任をもって、面倒を見よう」
「わかりました」
武田さんが今まで下に向けていた顔を上げる。
その顔に浮かんでいたのは笑み、満面の笑み。
「もういいか……なら」
ぼそっとつぶやき、何を思ったか彼は二人に距離を近づける。
「おおっ」
「やっとだね!」
二人は改めて、手を広げる。
まるで私たちから乗り換えるような行為。
だから
「……」
「恭弥君?!」
「あんたっ!?」
何も知らないはずの二人は驚きに満ちた声を上げる。
私もここから何を言うのかまではわからない、わからないけど……
絶対に肩を組みに行くようなことではない。
「──────────」
武田さんが何かを二人にぼそりとつぶやいた。
その声は小さすぎて聞こえなかったけど、ただ二人には確実に聞こえていた。
そしてその反応は劇的でした。
「……おまえぇぇっ!!!」
高遠はずんずんと近づき、思いっきり武田さんを殴り飛ばす。
殴られた勢いで、彼は思い切り吹き飛び、テーブルへとぶつかり、料理の皿などがはじけ飛ぶ。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
「武田様?!」
まさかの行動に会場には悲鳴が巻き起こった。
────────────────────
お待たせしました!
明日も出していこうかなと思ってます、8時くらいに出すよん。
そういえば☆1000ありがとうございます!これからも頑張りまっす!
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