第54話 「奴らが来る」


 「ふぅぅぅ」


 「言わずともわかります、緊張されていますね?恭弥様のこんな姿を見るのなんていつぶりでしょうか…………昨日ぶりですか」


 昨日ぶりってなんだよ。

 というかなんかここ最近毎日緊張している気がする。まぁそれくらい何かイベントがあるってことなんだけどさ。


 「そりゃ許嫁投票の日だからね、いくら結果がある程度わかっているといってもするものはする」


 緊張しないほど、強いメンタルなんて持ってないから俺も。

 

 「そういえば前もここの場所で緊張されていましたね?」


 花咲凛さんが言っているのはお見合いの時のことかな?

 あの時もめちゃくちゃ緊張した。

 どんな人が来るのか情報しか知らなくて、しかもその情報も不安しか感じさせないものだったし。


 「お見合いの時と同じように、行ってらっしゃいのキスとかいりますか?」


 ……。

 あれ?


 「あの時そんなロマンチックなことしったっけ?」


 普通に行ってらっしゃいませ、お待ちしてます、みたいな感じじゃなかったっけ?

 一方やったと言い張る花咲凛さんは愕然とした様子で……


 「……私とのことなんて忘れてしまったんですね、別の女性との思い出で、例えば昨日の女性とのキスとか」


 ぎくり。

 どうやらそれもちゃんと把握しているらしい。

 まぁそれもそうか、花咲凛さんは俺のメイド兼でもあるからな。


 「恭弥様は本当に女性をたぶらかすのがお上手ですね」


 なんかすごいちくちくされている気がする。


 「褒めているんですよ?ハーレムを作ろうとされているお方ですから、色々な女性に手を出して当然ですから」


 これ怒ってる?怒ってるよね?!

 

 なんか浮気した男性が奥さんに攻められる心情を味わっている気がする。

 いやまぁ実際その通りなんですけどね?!許嫁候補でもない女性と気づいたら、キスをしてしまったわけだから。


 「ふふ冗談です、怒ってなんてないですよ?」

 

 それに私にはそんな……


 だけどそれ以上は聞こえなかった。


 「何か言いかけた?」

 

 「いえ、それよりどうです?緊張なんて吹き飛んだでしょう?」


 「吹き飛んだ代わりに冷汗もかいたけどね?」


 「なにはともあれ緊張がなくなりよかったです。大事なのは結果ですからね?」


 にこり、とつくったような笑顔を花咲凛さんが浮かべる。

 

 「ではいってらっしゃいませ、恭弥様」


 扉に手をかけ、開けようとしてくれる花咲凛さん……だけど。


 「前はそうだったけど、今回は一緒でしょ?」


 「ええ、そうでしたね?」


 扉を開けて、そのまま後ろに控えてくれる。


 「俺の緊張がなくなったのは、花咲凛さんが一緒に入ってくれるからだよ」 


 「……ほんとにお口が達者ですね!」


 照れ隠しなのか、つん、としながらも少し頬が緩んだ気がした……一瞬だけど。


 「じゃあ行きましょうか、一緒に」


 「いこっか一緒に」


 会場には前回と違い、もう許嫁の全員が勢ぞろいしていた。

 宝生さん、橘さん、秋月さん。


 それぞれ俺を見て、三者三様の反応。

 宝生さんはそもそも顔を合わせないし、橘さんは出てくる料理にワクワクを隠しきれてない。

 そして秋月さんは、風邪の影響なのかマスクをしているけれどその眼光は衰えることもない。

 というかなんならにらまれている気がする。


 ……なんで?


 心当たりなんて──


【──大人のキスよ?】



 あるかぁ。


 今度は俺が思わず目をそらす。

 なんか眼光強くなった気がするけど、気のせいだよね?


 そして──


 「──恭弥様、お待ちしておりました。お席の方にご着席ください」


 パンツスーツ姿の椎名さん。

 前は速攻で態度を崩していたが、ちゃんとした公共の場だからか、態度もちゃんとしている。

 顔色が微妙に悪い気がするけど、この後のことを考えたら胃も痛くなるか。


 3人の許嫁候補の対面の席に座る、俺の席の対面に座っているのは橘さんか。

 斜め後ろには花咲凛さんが控える。


 「皆様本日はご多忙の中お集まりいただきまして誠にありがとうございます」


 深々とお辞儀をする。こういうところちゃんと役人なんだなぁって感じがする。


 「許嫁投票を始める前に、まずはお食事でも致しましょうか」


 その言葉がでた瞬間、橘さんの目がきらりと光った。


 「本日は記念すべき日となるため、お食事もフルコースでご用意させていただきました。その後、許嫁投票をさせていただきます」


 「……色んな意味で記念すべき日になりそうだけどね」


 宝生さんがぼそりとつぶやく。

 結局宝生さんとはちょっとしたやり取りをした以降はまともに話してすらいない。


 「皆様によって良い日になる日を記念しての前祝でございますので」


 「……私にとっていい日になるといいわね」


 秋月さんも不穏なことを言い始める。

 そして橘さんはそんな二人の様子には興味もないのか、目の前のお皿とメニューに目が釘付け。

 どれだけお腹減ってるんだよ。


 思わず苦笑いしちゃう。

 そして椎名さんもそんな許嫁候補の乗り気でない様子に顔が引きつり始めてる。

 

 今まで担当してきた、こんな非積極的な許嫁なんていなかったんだろうなぁ。

 まぁほかにも事情はあるけれど。


 「そ、それでは1か月のこれまでの思い出などを語り合いながら、コース料理をいただきましょうか」


 椎名さんの合図とともにコース料理が開始され、ものが運ばれてくる。

 前回は味を感じられなかったけど、今回は味を感じられる。

 緊張してるとはいっても、もうやれることはやったし、天命を待つだけだからね。


 黙々とご飯を食べる。

 そう、黙々と。


 もう会話が弾まない、というか一切ない。


 普段家だともう少し誰かしら話してたりするんだけどね。

 今日はみんな少し硬い……橘さん以外。


 というか何を話したらいいんだよ。

 

 「全くしょうがないわねぇ……このまま無言もあれだし、デートでの印象でも話しましょうか」


 無言だと食べづらいし、と秋月さんが話題を振ってくれる。

 振ってくれるけど……

 秋月さんあなた俺とデートしてなくね?!


 「話を振ったのは私だしじゃあ私から。私は生憎と風邪で行けなかったから話せることないのよね、残念ながら」


 全員が、「じゃあなんで言った?」みたいな目線を秋月さんに送る。

 ただ対する秋月さんはどこ吹く風。


 「その代わり別の女性とデートしてたけどね?どう?楽しかった?」


 秋月さん見たこともないような満面の笑顔。

 逆にそれが怖い。

 秋月さん絶対嫉妬してるよね。でももし仮に「白石さんとのデートつまらなかったです」、とか言っても切れるやつだ。

 所謂八方ふさがりの状況。

 それならもういっそ……


 「楽しかったですよ、でも秋月さんとのデートも楽しみにしてたのでそれは残念でしたけど」


 本心をぶちまけちゃう。


 「あ、あらお世辞かしら?」


 「いえ本心ですけど?嘘なんて基本つきませんし」


 「……そ、そう」


 秋月さんの勢いが止まった。

 でもこのあとどうしよこれまた気まずくなった。


 「あ、先生が照れた」


 「て、照れてないけど?」


 「はいはーい先生はいつも通りの感じだね~、私は普通に楽しかったかなぁ?まぁこれは女子会でも話したことだから今更だよね」


 何それ女子会ってこわぁ。日々俺の悪口でも言ってるのかな?

 秋月さんも宝生さんもどうやらデートの詳細を知っているらしいし。


 「なんか青春って感じしたわよね?いいところ選ぶなーって思ったわね」


 「一番デートっぽかったかも?センスもよさげでしたね」


 二人の反応も上々。

 まぁ白石さんのセンスもあるから当然っちゃ当然だよね。

 というか秋月さんと白石さんってやっぱ相性いいのかな?


 「私の話はその後特にいうことはないですね、もう話しましたし、何か進展があるわけでもありません」


 「皆さんとデートをさせていただいて、とても楽しかったです。また行きたいなってそう思ってます」


 それでデートの話は終わった。

 みんなまた無言になった。


 「……」

 「……」

 「……」


 きまずぅぅ。


 「そ、それではご自宅での共同生活はいかがでしたか?」


 頑張って椎名さんが話を振ってくれるけど。


 「そうですねぇ、まぁ新鮮ではありました、存外悪くなかったかな、と」


 「最初こそ困惑してたけど、途中から生活にも慣れたし、お互い尊重できてそこそこ悪くなかったわね」


 「みんなと話しながら一緒においしいご飯食べたりできてよかったかなぁって思うなぁ……」


 そこからしばし1月で会ったことを思い出す。

 お風呂場での順番、とか他愛ない会話とか、そんなこと。

 どうやら女子同士で出かけたりもしていたらしい。

 何それおれ知らない。


 まぁそういうのもあるよね、いいもん俺だって花咲凛さんと話したりしてるもん。


 「ちなみにわたくしも女子会なるものでお話させていただきましたよ」


 花咲凛さんが上手くやれてたみたいでよかったです……ええ本当です。


 少し場の雰囲気も和やかになってきた。

 そのままコースを食べ終える。


 この場のほとんどの人間がこのまま何事もなく許嫁投票を行って、良くも悪くも前に進もう、そう考えていると思う。

 何事もなく終わって明日からの新しい生活へ。



 イヤホンをしている椎名さんの顔が若干こわばる。

 ただどうやらそんな個々人の思いは実を結ばなかったらしい。




 ばん!!!!


 


 勢いよく音を立てて開け放たれるホテルのドア。

 ずかずかと強引に音を鳴らして、入ってくるのは2度と見たくもない顔。


 「どうやら間に合ったみたいだなコウ」

 

 「そうだね、誠一君」


 来ると言っていた二人。

 本当に奴らが来た。

 

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