第29話 「宝生さんの事情3」

「後日談として、もちろん婚約は破談に、その後あちらも会社をやられておりましたが、うちからの支援は無くなり、ほとんどわが社との取引で成り立っていたような会社でしたのですこし取引量を減っただけで、廃業寸前に陥りました」


 「親の会社がそんな状態なのに、婚約を破談にするのはなかなかなんというか、ね」


 一体何を考えていたというのか。


 「理解できないですよね、本当に頭が弱い」


 「……それでその会社はつぶれたの?」


 宝生家に泥を塗ったような形なわけだ。

 まだ取引量を減らすことなんて、初歩の初歩な気がするけどな。


 「いえ、なんとか細々とではありますが続けられております」


 「へぇ、親御さんの経営手段かな?」


 「いえ違います」


 はっきりと拒絶するじゃ?。


 「高遠の両親はどちらかと言えば人情味ある人で、経営とかは部下に任せております。ただ高遠が高跳びした際には、すぐに謝りに来て、でもその際には【息子の恋愛を尊重さしてあげたいんです!】と頭を地面につけて謝っていました。人間としては好ましい方たちでしたが……子供が関わると人は変わるものですね、お嬢様のことは謝るだけでどうこうしようとはしませんでした」


 「親、かぁ……」


 俺は前世も今世もまともな親というものに育てられたことは無いけど、じいちゃんたちがいたからなぁ。

 でも親だからこそ、ちゃんと叱って子供が道を逸れそうだったら、正してあげるのは分かる。

 猫かわいがりするのが親じゃない、ってことも。

 まぁこれも宝生家サイドからの話だから何とも言えないけど。


 「まぁそんなわけで高遠の両親は会社よりも子供を優先しました。それで会社がつぶれてもいい、とそうも言っていました」


 「でも結果今も会社は残っている?」


 なぜ?


 「お嬢様のおかげです、宝生家は潰すつもりでしたが、お嬢様が段階的に取引量を減らすような猶予を持たせたのです、その間に別の取引先なりを見付けて、従業員等の生活を守ってあげなさい、と」


 えぇ、嘘だろ?


 「自分もきついはずなのに、そんな状況でも相手のことを憎まず、相手の会社の、ほとんど関係ない他者のことまでまで考えてあげるのか」


 なんて優しい、というかお人よしというべきか。

 いや美徳なんだろうな。


 「後日、なぜそんなことをしたのか、お伺いしたことがあります」


 「……そしたら宝生さんはなんて?」


 「お嬢様は、【今回の件で悪いのは、高遠と九頭竜でしょう?それに心を引きとめられなかった私。それ以外の人は巻き込まれただけなのだから、迷惑かけては申し訳ないでしょう?】、と」


 そう気丈に笑われました、と黒川さんが目元にハンカチをやりながらつぶやく。

 

 聖人か、宝生さんは。

 どこが悪役令嬢だよ、見た目だけじゃん。


 「お嬢様は目つきも悪いし、口調も硬いですけど、悪い人ではないんです」


 「うん十分わかるよ」


 「これが高遠様との因縁です、そして今日……」


 今日俺がいなくなった後のことを教えてくれる。

 というか聞いてしまった。


 【俺がお前の旦那になろう!!】

 

 【私がその男を取るのも一興か?】


 【このアマっ!俺たち男という希少な人種に対して!】


 え?なにそれ?


 普通に怖いんだけど。

 

 「え、俺もターゲットなの?これ」


 死ぬほど嫌なんだが。

 俺女の子が好きだし。


 だから否定してほしかったんだけど。


 「はい、どうやら」


 速攻で肯定された。


 「御愁傷様です、恭弥様」


 「マジかぁ……でも今回のこともあったし、すぐには行動に移さないでしょ」


 宝生さんが警戒するのも分かっているし。


 「普通ならそうですけど、でも警戒だけしておいてください、もちろん我々もお守りしますが」


 「はい、分かりました」


 「何かほかに聞きたいことありますか?」


 「いえ聞きたいことは……ただ一つお願いが」


 「お願い……ですか?」


 少し怪訝そうな顔をする。


 「また今月中に宝生さ案とのデートをリベンジさせてください、ディナーだけとかでもいいので」


 「……ふふやはりあなたは変わった方ですね、承知いたしました。日程についてはまた佐藤花咲凛さんと調整させていただきます、それで問題ないですか?」


 「ええ、私で大丈夫です」

 

 「ではまた近いうちに。今日はお疲れ様でした、おやすみなさい」


 黒川さんは優雅に一礼して部屋の外へ。

 かつかつと、足音が遠ざかっていく。


 「なかなか壮絶な過去でしたね」


 「そうだね……でもこれでまだ半分、だもんね」


 「もう一人いらっしゃいますもんね、黒川様の話によれば同レベルの屑が」


 「うん」


 傷ついたはずの宝生さんを、さらに傷つけたやつが。

 

 「……怖い顔してますよ、キョウ様」


 花咲凛さんが落ち着くように、腕に手を置いてくれる。

 細くしなやかな手。


 「ごめん、ありがと」


 「怒るなら、キョウ様が幸せにしてあげましょう、なんてたって許嫁なんですから。……みんなで幸せになる、目的は最初と変わらないでしょ?」


 そう、許嫁だからと言って、形式だけみたいなことにはしない。

 出来る限り幸せに。


 そう思って来た。


 だから思ったよりも事情が重くたって気にしない。

 

 「ありがと花咲凛さん」


 自然と、顔をお互いに近づけ、啄むようなキスをする。

 そのまま舌を絡めようとして、


 「ダメです、今日は休みましょ?キョウ様はお疲れなんですから……」


 「マジ?」


 「マジです」

 

 ちゃんとお預けをくらった。

 


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

宝生さん事情終わり!!


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