第25話  「ファーストデートの結末」

「宝生さん、ごめーん時間が……うん?」


 戻ろうとしたら、宝生さんと黒川なんか2人の男に絡まれている。


 ってえ?黒川さん??

 なんで?

 

 って今はそんなことどうでもいいか


 どうやら遠目から見てわかるくらい、かなり険悪な雰囲気になっている。

 なら……


 「あ、お巡りさん、こっちです!!喧嘩が起きてまーす!」



 久々に声を張った。

 無論警察なんているわけがない、ただドラマでやってた通りにやっただけ。

 ついでにパトカーのサイレンを動画サイトで流しておく。


 少しは信憑性出たかな?


 こんなんで上手くいけばいいけど。

 その音を聞いて、男の二人は慌てだす。

 

 「……ちっ、一回帰ろう」


 「う、うん」


 男二人は何事かを相談し、一目散に近くの車へ。


 

 まるで誘拐犯が失敗した時みたいだな。

 目出し帽とかはさすがに被ってなかったけど。


 「はぁ」


 「お嬢様、私たちも」


 ため息をつく宝生さんと、この場を離れようとする黒川さん。 

 しかし宝生さんがそれを止める。流石に俺と分かっているらしい。


 「大丈夫ですか?宝生さん黒川さん」


 2人の様子を見るに、何か乱暴されたりしたような形跡は無い。ひとまずは一安心かな。


 「ええ大丈夫です」


 「恭弥様でしたか、これは失礼いたしました」


 2人の肩の力が少し抜ける。

 そう、少し。


 「ひとまずは別の場所に移動しましょう、ちょっと目立ってしまったわ」


 公園とはいえ、ある程度人はいる。

 こちらをちらちらと伺うような人たちも多い。

 男が3人もいたわけだしな。


「そうですね、一旦はお嬢様の車に戻りましょうか」


「そうね、もそれでいいかしら?」


「え、ええ」


 さすがにこうトラブルがあった後にはご飯を食べに行こうとはならない。

 行きでは宝生さんが運転してくれた車を、帰りは黒川さんが運転し、後部座席に俺と宝生さんが座る。


 宝生さんは何かを考えているようで、窓の外を頬杖をつきながら眺めている。


 大して俺も、特段と今話すことはない。

 さっきのことを聞きたくても、宝生さんは話す気がなさそうだし。

 心理的な距離も遠い気がする、美術館の時よりも。

 

 あぁ気まずい気まずい。


 さっき事情を聞こうとしたら、またちょっと落ち着いてから、話させて欲しい、と黒川さんに言われてしまったしな。もうこうなったら話すことは無い。今更、「美術館良かったねー」なんて空気が読めないにも程がある。


 気になるといえば、宝生さんの態度もそう。

 大丈夫?とか声掛けても、「大丈夫です」とか、反応はしてくれるんだけどどことなく返答が硬い気がする。


 あれこれの迷走しながらいたら、どうすることも出来ないまま、車は自宅前へ。

 着いた時には夕方。


 黒川さんは車を置いてくると行って、俺らを下ろし、車庫へ。

 

 しょうがないし、家の中に入ろうとしたところで、後ろの宝生さんが入っていない。


 「……あれ?中に入らないの?」


 「入りますけど…………」


 何かを言いづらそうにしているけどすぐに顔を上げ、


 「本日は申し訳ありませんでした」


 宝生さんが頭を下げる。

 さすがというべきなのか、謝罪すら優雅である。

 これが根っからの上流階級か…………。

 

 じゃなくて。


 「…………いや、え、なにが?」


 謝られる意味が分からない。

 最後が微妙な形で終わってしまったのはそれはそうだけど。

 そこに至るまでは十分に楽しかったし、いろんなことを知れた。


 「本日のことです。不本意ではありますが、私の事情もあり、それを優先したために、中途半端な状態で、お出かけが終わってしまいました。それに私はを試すようなことも致しました。大変失礼なことだったと思います」


 理由を述べるときの彼女の眼は微動だにしていなかった。

 まっすぐと俺の眼を見つめていた。


 「いや途中で終わっちゃったけど、十分楽しかったよ、それにその件はさっき終わったでしょ?」


 全然気にしていない、と。

 今日はとても楽しかった、と・

 笑顔と表情で伝える。


 「逆にこっちがお礼言わないと、素敵なところを色々教えてくれて、ありがとうございます」


 俺も頭を下げる。


 「お礼を言われる筋合いなんてありません。謝罪をしなければいけないのはこちらなので」


 だが彼女の声音は変わらない。

 というよりもどこか彼女の心が壁をつくっているように見えて。


 「いやいやそんなことないよ。謝る事なんてない、最後のことは分からないけど、きっと何か事情があったんでしょ?」


 「…………過去にちょっとした因縁があっただけです」


 因縁、ね。

 過去の事だと婚約破棄がらみかな?


 ここは踏み込むべきだろうか、これはきっと彼女の傷に触れるものだ。

 人の傷なんてそうそう踏み込むべきものじゃない。

 そこにずかずかと踏み込まれる醜悪さを俺は身をもって知っている。


 だからこそ悩んだ。

 そして口を開こうとして機先を制された。

 

 「……事情があるとかないとかはあなたにとっては関係ないでしょう。大事なのは迷惑を私のせいでかけてしまったという事実だけ。ですので謝罪させていただきます。無論言葉だけでもあれですので、後日何か送らせていただきます」

 

 「いやいらないよ、なにも」


 「しかしそれでは示しがつかないでしょう?あなたもこの前は、橘さんに物を送られたというじゃないですか。それと同様です」


 まるで平行線。

 譲らない、という意思が伝わってくる。


 これでこの件はここで終わりにいしたい、それこそもので黙らせてでも。

 だからこそ。


 俺は知っている。その行為の愚かさを。

 その行為の卑劣さを。

 あえてそれを分かったうえで踏み込もう。


 だってこれは多分、彼女の傷だから。

 でもその傷を知らないと、彼女を篭絡できないだろうから。


 さっきまではいい感じだった。

 あの男たちが現れるまでは、名字で呼んでくれるようになっていた。

 だがあれ以降、あなた、としか言わなくなった。

 これは明確に彼女の中で、線が、壁が引かれた、ということ。

 あのまま行けば多分触れなくても、いやいずれ触れなくてはいけなかったかもしれないけど、もっと柔らかに触れられたはずなのに…………。


 あぁあの男たち、はっきり言って嫌いだ。

 


 「…………なら二つお願いしたいことがあるのだけど」


 「私は何か物を送るつもりでしたが…………」


 「ものはいらないよ、ただお願いを二つ聞いてほしい」


 「無理なものは無理ですよ、それに2つですか。なかなか強欲ですね」


 いぶかしむように、こちらを見てくる。


 「もらえるときにもらっておかないとね」


 「……非はこちらにありますからね、どうぞ」


 「一つは今日のデートの続きをまたさせてほしい」


 その要求は彼女をかなり驚かせたらしい。

 宝生さんは珍しく、目を丸くする。


 「…………あなたも物好きですね、ええ、ではいつか機会があれば。……それでもう一つは?」


 「では。さっきのことは結局どういうことなんですか?…………事情を教えてください」


 聞いた瞬間、変化は劇的だった。

 雰囲気がとげとげしくなり、目も鋭くる。


 「……あなたはもっと頭がいいと思ってました。私の意図を把握しているもの、だと」


 「意図、ですか。それは事情を聞かないでほしい、というあなたの意図、のことですかね」


 「…………っ分かってて言ってるならより、醜悪ですね」


 彼女は見下すように、そう言い放つ。

 普段の彼女からは聞けない言葉。


 「醜悪なのは理解してますよ」


 自分でも自分がむかつくから、な。

 ただ聞かなきゃいけない。

 そう思った。今を逃しては行けない、と。


 「…………はぁ彼らは元婚約者、とその恋人、パートナーです」


 やはり、か。

 婚約破棄された元許嫁ね。


 「詳しい事情は黒川から聞いてください、別に私が話さなくても問題はないでしょう?条件にも入ってませんし」


 そうして彼女はこちらに見向きもせず、家の中へと入っていった。

 その背中は怒っているはずなのに、でも同時に、震えているようにも見えた。

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