第25話 純白の琴(ダウルダヴラ)

電話が鳴る。

「もしもし、十六夜君、すぐに行けるか?」

局長がそう尋ねる。

間に合わなかったか……

もう少し早ければ……

俺はそう後悔する。

「首相官邸ですよね。」

俺はそう聞き返す。

「そうだ。さすがだな。」

彼が私を褒める。

案の定予想は当たっていた。

「いえ、未然に防げなかったのはこちらのミスです。」

俺はそう申し訳なさそうに言う。

「いや、仕方ない。そもそも防衛省がもっと早く情報を開示していればこんなことにはならなかった。君が気に病む必要はない。」

彼はそう言う。

「まあ、確かに自業自得ですけど。」

俺は納得しつつも否定する。

「すぐに巫女を向かわせます。」

俺は一旦電話を切り、月城たちに連絡を入れる。

「首相官邸で爆発。怨霊の仕業と思われる。すぐに準備して。」

「了解。」

俺は局長に再度電話をかける。

「それで状況の方は?」

「封筒を開けた途端爆発したらしい。」

「さっきこっちでも同じことがありました。おそらく同じ手口でしょう。」

「その可能性が高いだろうな。」

「それで怨霊は今どこに?」

「皇居へと移動中だ。」

「次の爆破対象(ターゲット)は天皇ってことか?」

「おそらくそうだろうな。」

「封筒に警戒せよと連絡をお願いします。」

「ああ、分かった。すぐに連絡する。」

「お願いします。」

そう言って俺は電話を切る。

ここから皇居まではそんなに離れていない。

すぐに行ける距離だ。

俺は皇居へと急ぐ。

段々皇居が見えてきた。

が、目に写る光景は真っ赤だった。

辺り一帯が既に火の海と化している。

その中心に5体の怨霊の姿を確認できる。

とうとう派手にやり始めたか?

「出でよ、ダウルダヴラ。」

白いハープが目の前に現れる。

「ニ長調 G線上のアリア。」

俺はその弦をはじく。

無数の水泡が現れる。

やがてその水泡は爆発する。

水しぶきが飛び散り、火の勢いは段々と弱まっていく。

これなら逃げ道は確保できただろう。

民間人の避難ができる。

近くに正の霊力の気配を感知する。

一つ、二つ、三つ。

どうやら到着したみたいだ。

あとは、あいつらに任せればいいだろう。

「お待たせしました、司令官。」

月城がそう言いながら近づいてくる。

「お怪我はありませんか?」

佐藤が心配そうに尋ねる。

「ああ、問題ないよ。」

俺はそう答える。

「後は私らに任せとけ。」

北条がそう言う。

「ああ、頼む。」

俺はそう言って彼女らの邪魔にならないようその場から離れようとする。

が、何か嫌な予感を本能的に感じる。

気になって振り向く。

すると、4体の怨霊が1体の怨霊に吸収されている。

5体の怨霊が一つになる。

あれが本当の姿なのか?

発せられる霊力が全然違う気がする。

俺は辺りの霊力値を調べる。

フェイズ1……

道理で厄介なわけだ。

フェイズ2にしては手こずり過ぎたのはそういうことか。

普段分裂していたから個々はフェイズ2と判断されていただけ。

とはいえ、彼女らの力で勝てるのだろうか?

フェイズ0相手に勝った巫女は存在しない。

フェイズ1相手に勝った巫女は存在するが、ベテランの巫女でさえかなり苦戦を強いられている。

彼女らには荷が重いはずだ。

「撤退しろ。」

俺は彼女らにそう指示を送る。

「嫌です。」

「お断りします。」

「全然戦えるぜ。」

が、彼女らは引く気配がない。

「フェイズ1だぞ。初任務には荷が重すぎる。」

俺は彼女らを止めようとする。

「そんなのどうでもいいんだよ。」

「私たちだって戦えます。」

「いつかフェイズ0に勝つんですからこんなところでひるんで居られません。」

が、そう言って彼女らは戦闘を始める。

「風斬。」

月城がカーテナを構える。

そして、上から縦方向に振り下ろす。

5本の風の斬撃が放たれる。

一瞬で消え、また現れる。

が、怨霊の横にわずかにそれる。

やはりダメだ。

惜しかったが、まだ使いこなせていない。

フェイズ1相手にこちらから隙を作る余裕なんてないのに。

「水流操作(アクアハンド)。」

佐藤が周囲の水を操る。

蛇のように自由自在に揺れ動く。

その水は怨霊に命中する。

が、あんまり効いてない様子だ。

その間に、北条が怨霊の背後へと回りこみ剣で切りつける。

背中を傷つけることに成功する。

が、それと同時に体の一部が爆発する。

「蛍ちゃん。」

「蛍さん。」

彼女はそのまま吹き飛ばされる。

今回炎技は使えない。

使うと相手の霊力を増幅させてしまうからだ。

だから、剣技だけしか彼女は使えない。

となると、まともに戦えるのは佐藤ぐらいか。

「冠。」

怨霊が術式を放つ。

花火の弾頭のようなものが打ち上げられる。

やがてそれは空中で爆発する。

きれいな光が夜空を彩る。

少し遅れて大きな音が聞こえる。

そして、火花が雨のように降り注ぐ。

射程が広い。

彼女たちはもちろん射程内だ。

「烈風。」

月城が横方向に刃を振るう。

辺りの風を操り、暴風を起こす。

無数の火花は風に遮られ、軌道を変える。

どうやら術式を防ぎきったみたいだ。

俺は少し安心する。

が、続けて術式が放たれる。

「飛遊星。」

また、花火の弾頭のようなものが打ち上げられる。

やがてそれは空中で爆発し、無数の火花が落下する。

が、様子がさっきと違う。

不規則に落下している。

「烈風。」

月城がまた辺りの風を操る。

無数の火花を風で遮ろうとするが、不規則に落ちて来る火花を完全に防ぐことはできない。

火花がいくつか彼女らに命中する。

数千度の炎だ。

掠っただけでも致命傷になりうる。

「漣。」

佐藤が大量の水を放つ。

「烈風。」

月城が風を操作して渦潮のようなものを作り出す。

それは怨霊に命中する。

が、あと半分ほどといったところか?

「千輪。」

また花火のような弾頭が打ち上げられる。

やがてそれは空中で爆発する。

無数の火花が落下する。

遅れてまた小さな爆発が起きる。

遅れてその火花も落下する。

一発目を防ぎきっても二発目は防ぎきれないだろう。

「れ……」

「デクレッシェンド。」

一瞬で火花が消える。

俺の防御術式だ。

効果の範囲内のものは全部消えてなくなる。

それが、核だろうと何だろうと。

どんなに小さくても、大きくても。

塵一つ残らず消え失せる。

そういう術式だ。

「本物の爆発ってのを見せてやるよ。そんなちっぽけなのじゃなくてさあ。核にも勝る威力のとっておきをね。」

「ハ長調 プレリュード。」

俺は弦をはじく。

巨大な一つの全音符が空中に浮かぶ。

そしてそれは空中で爆発する。

いくつかに分かれた音符と、衝撃波が襲う。

跡形もなく辺り一帯が吹き飛ぶ。

焼け残った建物さえ残らないぐらい。

辺りは平地と化した。


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