第10話 月城颯香3

「では司令部に向かいますよ。」

そう言って彼女は再び手を握ってくる。

何気安く触ってんだよ……

このクソビッチが……

死ね。

さっさと滅べ。

「司令部に着いたら、みんなを紹介しますね。」

「いや、別にいい、もう資料に目を通した。」

「あ、そうでしたね。まあ、一応紹介させていただきます。」

「……」

「そういえば大学はどちらを卒業されてるんですか?やっぱりAAI関連の専門学校なんですか?」

「いや、専門学校は行ってない。東大。」

「やっぱり凄いですね。超エリートってことですね。」

「いや、勉強以外何もできない人間の間違いだろ。」

自虐するようにそんな言葉を吐き捨てる。

さっきから褒めてくるのがお世辞にしか聞こえなかったのが限界を迎える。

本当に人が嫌いになったものだな。

昔とは全く違う。

「そんなことありません!」

急に大きな声で彼女が叫んだ。

周囲の人間がこちらの方を見ている。

こんなに大きな声を出せば注目を浴びるのも当然だろう。

「こっち。」

俺は彼女の手を引いて人気の少ない路地へと入る。

「ごめんなさい。私のせいでご迷惑をおかけして。」

彼女が申し訳なさそうに俺に言ってくる。

「……」

この感じどうやら本気で言ってたみたいだ。

「その……そんな風に自分のこと卑下しないで欲しくて……まだ出会ったばかりでよく分からないですけど、欠さんは他にもたくさん良いところあると思いますから。それにその頭脳は実際私たちの役に立っているんですから、もっと誇っていいと思いますよ。欠さんじゃないとできないことがありますから。」

彼女がそんなことを言う。

久しぶりに俺の壊れ切った心に響いた言葉だった……

まだこんな俺のことを必要としてくれる人間が居たんだ……

こいつは心から俺を必要としてくれているんだ……

久しぶりに嬉しかった気がする……

久しぶりに信じてみたいと思った気がする……

でも、たぶんこいつもいつか俺を見捨てる……

消えていったあいつらと同じように……

変わっていったあいつらと同じように……

永遠なんてないのだから……

絶対なんてないのだから……

信じなければ、裏切られない……

期待しなければ、落ち込まない……

関わらなければ、失わない……

だから、信じない……

期待しない……

関わらない……

もう決めたのだ……

今さら曲げてはこれまでの計画が台無しだ……

人が嫌いだ……

潰したい……

壊したい……

奪いたい……

自分がそうされたように……

そして、必ず後悔させる……

命乞いさせて……その希望をぶった切る……

自分がそうされたように……

無慈悲に……

そして、残虐に……

そう自分に言い聞かせる。

だが、瞳が段々と潤んでいく。

また、変な感覚に襲われる。

立ち眩みがする。

どれだけ言葉で否定しても心は誤魔化せないみたいだ。

もう信じないと決めたはずなのに……

もう期待しないと決めたはずなのに……

「欠さん?」

その声でまた我に返る。

あれ?

今まで何してたんだっけ?

また記憶が途切れている。

さっきまでカフェに居たはず。

「どうかした?」

状況が吞み込めないから俺はそう尋ねる。

目からたまっていた雫が落ちる。

「大丈夫ですか?」

彼女が俺にそう問いかける。

「……うん。」

俺はそう答える。

いつもよりさらに息の多い掠れた声で。

だが、一度あふれ出した雫は止まらない。

「大丈夫じゃないじゃないですか。」

彼女が心配する。

と同時に困惑している。

それもそうだろう。

俺も何で涙が溢れたのか分からないのだから。

でも、何か昔を思い出していた気がする。

「何か気に障りましたか?」

彼女は不安そうに問いかけてくる。

まあ、心配されても困るのだが。

彼女は全く関係がないのだから。

「……別に月城が何かしたわけじゃないから……」

俺はそう言って彼女を安心させようとする。

が、彼女はそれでも心配そうにこちらを見ている。

まあ、そんなこと泣きじゃくってる奴に言われても説得力ないもんな。

俺は心の中で納得する。

「そうですか……」

彼女は呟くようにそう言う。

そして、何を考えたのか分からないが、抱きしめてくる。

俺は彼女に包まれる。

小柄な俺は彼女の胸の中にすっぽり収まる。

普通こういうのって逆じゃないか?

まあ、この際どうでもいいか?

「気が済むまで泣いてください。誰も見ていませんから。」

その後10分ほど彼女の胸の中で泣いた。

久しぶりに人のぬくもりを感じた気がする。

いや、初めてかもしれない。

今までのとはどこか違う気がするから。

「ごめん、ありがとう……」

俺は彼女に礼を言う。

あれだけ醜態をさらしてどこか恥ずかしいが、すっきりした。

「いいですよ。」

彼女は何もなかったように平然と答える。

聞いてくる様子が全くない。

「何も聞かないんだな?」

俺は逆にそれが不自然に思えて気になって聞いてみる。

「別に話したくないことを無理やり聞くつもりはありませんよ。話したくなった時でいいです。それとも聞いてほしいですか?」

彼女はそう尋ねる。

「いや、別に。」

俺はいつもの調子で答える。

「そうですか。では、行きましょうか。」

そう答える彼女の顔はどこか残念そうだった。

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