第7話 記憶2

『「ほら、早く行くよ、欠。」

女の声が頭の中で流れる。

今はもう聞くことのできない女の声だ。

何度も聞いたことのある忘れられない声だ。

「ちょっと待って。そんなに急がなくても間に合うって。」

俺は戸惑いながらそう返す。

こうやっていつものように振り回されていたのが懐かしく感じる。

昨日のことのように蘇る。

「だって楽しみなんだもん。欠は私と一緒に居て楽しい?」

嬉しそうにそして俺を少しからかうように彼女は聞いてくる。

この無邪気な感じ、変わらないな……

「うん。」

少し恥ずかしいが、俺ははっきりと肯定する。

まだこの頃は笑えていたんだっけ?

「私も欠と一緒に居られて幸せだよ。」

脳内で満面の笑みを浮かべる彼女の姿が鮮明に再現される。

あの時は確か秋葉原に行ったんだっけ?

わざわざこっちまで会いに来てくれたんだよな。

関西の大学に通っていたのに。

いろいろと当時のことが思い出される。』

「どうかしましたか?」

赤城の声で俺は現実に戻される。

気が付くと俺はその場に倒れ込んでいた。

だいぶ自分の世界に入っていたみたいだ。

昔のことを思い出していた気がする。

楽しかった頃の。

もう少し現実逃避させてくれても良かったんじゃない?

俺は途中で途切れた朧げな記憶を呪う。

「いや、別になんでもない。」

俺は何もなかったかのように返す。

「そんなことないですよ。急に倒れたんですから。」

彼女が心配そうに言う。

「大丈夫だから。たまにこういうことあるし。」

俺はそう言う。

実際なんともない。

ちょっと立ち眩みがしただけである。

いつもよくあることだ。

俺は昔から平衡感覚がおかしかったりする。

「そうですか。それなら、早く店に入って休みましょう。」

彼女に連れられて俺は歩き出す。

その目がなぜか少し潤んでいるのを隠しながら。

久しぶりに誰かと一緒に居るのになぜかどこか寂しさを感じながら。

「着きましたよ。ここです。」

俺が連れてこられたのは最近流行りのカフェだった。

ネットでもかなり話題になっているらしい。

女の子だし甘いものでも食べたいのだろうか?

普段こんなところには来ない。

連れてきてくれる人間も今はいない。

でも、昔はこういうところに来た気がする。

誰かと一緒に。

それが誰だったか今はもう思い出せない。

まあ、とりあえずついていくだけでいいよな。

そのうち席に案内され、彼女がメニュー表を見だす。

俺もメニュー表を見て選ぼうとする。

が、俺にはこういうのはよく分からない。

見たことがあるものがいくつかある気がするけど。

面倒なので、あいつと同じものを注文することに決めた。

パソコンを出して研究の続きでもして時間を潰す。

しかし、5分ほど経っても彼女はそのままだった。

ずっとメニュー表とにらめっこ状態である。

迷っているのだろうか?

俺は聞いてみることにした。

「迷ってるの?」

俺は彼女にそう尋ねる。

「はい。どれもおいしそうで。」

彼女は嬉しそうにそして、少し困った顔をして答える。

「それで何択にまで絞り込んだの?」

「マンゴーパフェとチョコレートパフェの二つです。」

このまま待っていても埒が明かないだろう。

俺が一方を頼んで彼女がもう一方を頼んで、分ければ解決する。

「じゃあ、俺マンゴーパフェ頼むから分ける?」

俺は彼女にそう提案する。

「いいんですか?」

輝いた赤い瞳が俺に向けられる。

その目はまるでルビーみたいだ。

よっぽど両方食べたかったのだろう。

この子見た目に反して意外と食い意地張ってるのか?

俺の心の中でそんな疑問がわく。

「うん。」

俺はうなずく。

「ありがとうございます。」

そう言った彼女は嬉しそうだった。

しばらくするとパフェが来た。

「いただきます。」

そう言って彼女が食べ始める。

それにしても本当に美味しそうに食べるな……

頬張る顔が非常にかわいい。

思わず見とれてしまいそうなほど。

巫女とはいえ、それ以前にやはり女の子なのだろう。

パソコンをいじりながら彼女の様子をさりげなく見ていると彼女が話しかけてきた。

「食べないんですか?」

あんなに食べたそうにしていたから満足行くまで先に食べてもらって、残りをいただこうと思って待っていたのだ。

「先に食べて。あんたが食べた余りをもらうから。それにあんまりお腹空いてないし。」

俺はそう答える。

するとなぜか彼女がスプーンを差し出してくる。

「はい、あーん。」

「ちょっと……」

俺はいきなりのことに動揺する。

カップルでもないのにここまでするの?

ただただからかっているのか?

それとも俺に気があるのか?

おそらく絶対後者ではない。

そう言い切れる。

なぜなら、俺に好かれる要素がないから。

25年間彼女はもちろん友達もほとんどいなかったことがそれを証明している。

まあ、俺に関わってくれたわずかな人間もあいつらなりの気遣いだったのだろう。

ただ俺にはその記憶はほとんど残っていない。

「ほら、口開けてください。おいしいですよ。」

彼女はそう言って俺の口の近くにスプーンを差し出したままだ。

これって付き合っている奴らのすることだよな……

何で照れずにこんな恥ずかしいことができるんだよ……

あいつでもちょっと頬が紅潮していたのに。

慣れているのだろうか?

待てよ……あいつって誰だ?

そんな人居たっけ?

また変な感覚に襲われる。

立ち眩みがして、7年前の記憶が蘇る。

そういえば昔してもらったことがあったっけ?

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