第58話 歪んだ忠誠心


 この世はスキルが全てだ。


 スキルがない人間など人であり人でない、欠陥品は不要。

 スキルがあるのにも関わらず「格」が低い劣等種など不要。

 スキルがあり、オレに選ばれた強者だけが生き残る理想の世界。


 オレが正しい。

 全てが間違いだ。

 この世界は馬鹿ばかり。


 だから、オレから何も奪うな、邪魔をするな、嗤うな、微笑うなっ。オレをその顔で見るな、蔑むな。オレの、オレの、俺の未来を、奪うなっ。


「……」


 「鬼神」の力。そして【白炎】と【瘴気】の力をフル活用して全てを無に消し飛ばす。それは名取海には届かない。眉一つ動かさない顔で、普通なら誰もが恐れる天堂尚弥の「力」を目の前にして、見て…蔑んだ目を向けるだけ。


 その「目」が過去のトラウマを呼び起こす。


 そして蘇る、忘れたはずの記憶。


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 天堂尚弥は裕福と呼べぬ家庭に産まれた。

 生まれつき身体が弱かった。

 拍車が掛かるように両親も仲が悪い。

 悪辣な環境に身を置いていた。


『気味が悪い』


 それが「母親」の口癖だった。


 自分たちが「黒髪」なのに対して「白髪」で産まれてきた息子の天堂を「母親」は毛嫌いした。病気という理由もあったと思う。


『尚弥、父さんはお前の“白髪”好きだぞ!』


 それが「父親」の言葉だった。


 救いなのはそんな病気持ちである天堂を天堂の「父親」は見捨てなかった。そのことを理解している天堂自身感謝をした。


 全てが変わったのは、突然。


 三年前のあの日。

 世界に「ダンジョン」が産まれた時。


 その日は珍しく父親の帰りが遅かった。久方ぶりに快調な体調の天堂は母親に小言を言われないように自室の布団で静かに過ごしていた。

 父親が帰ってきたらいつもの日課である会社の出来事、同僚の話を聞く。そんなありきたりで小さな楽しみ。それは――終ぞ叶わない。


 と知らされたのは地球に「ダンジョン」が出来て「魔物」が出現して《探索者:ホロウ》という人物が全てを納めた三日後。


『…ふーん。


『…は?』


 自室にいると外から聞こえてきた言葉。それが自分の母親のものだと理解するのに数分を要し、意味を理解した上で生まれて初めて…誰かに「殺意」という感情を抱いた。

 内から湧き出るドス黒い感情。ただそんな感情を湧こうが身体が弱く、自立出来ない自分では何も出来ない。頼れる人もいない。亡き父に真実を知らせることももう、叶わない。


 元々嫌っていた母親を更に嫌った。ただ反抗など出来ず、悶々とした感情のなか過ごした。

 父が元々稼いだお金もあり、保険もおりたため二人なら十分に暮らせるお金はある。


 その日から「母親」を通して「女」という人種を信じられなくなったのだろう。


 そんなとある日のこと。


『そうそう。あんたのスキル結構レアなんだって? 個人の守秘義務があるとかで全部は教えてもらえなかったけど…親孝行してみない?』


 何日かぶりに顔を見せ、話しかけられたかと思えばそんな的を得ない話をされた。理解に苦しむもの、機嫌を損ねないため微笑む。


『…ヘラヘラ笑って気持ち悪い。はぁ…実は私今度再婚するの。あんたは邪魔だから養護施設に預ける予定…だったけど、私の実息子となる子は残念ながら【無印ノーマ】なのよ。せっかくだから…あなたのスキルをしてくれない?』


『ど、どうゆうこと?』


 「再婚」とか他にも色々と聞きたいことがあったもの「譲渡」という言葉を聞いて嫌な予感を感じた天堂はそんな質問をしていた。


『この間、【無印ノーマ】の人間にスキルを「転移」出来ることが発見されたみたいなのよね。どうせあんたが持っていても宝の持ち腐れだし、死ぬ前に私の息子にあげてよ?』


 その質問をされて嫌な予感は的中した。


(い、いやだ、そんなの絶対にいやだ。何も持たない僕に唯一残った「父さん」との繋がり。それすら奪われたら、僕は、何が残る…っ)


『い、いや、それは…』


 一抹の希望を込めて抵抗を試みる。


『あはは、


 そんな強引な言葉で押し切られ、自分の意見など聞き入れてもらえず、トントン拍子に会ったことも話したこともない見知らぬ子供に自分のスキルが渡る話になってしまった。


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 スキル譲渡当日。


 無機質な小さな小部屋に三人の人間がいた。一人はスーツを着た男性。一人は椅子に座る小学生くらいの男の子。そして、天堂。


『――では、尚弥君。彼の額に触れてくれ』


 母に連れてこられた探索極棟役員と名乗る男にそんなことを言われた。

 天堂は言われるがまま…同じく椅子に座る目の前の小学生くらいの男の子の額に触れる。


『はい』


 この時にはもう抵抗する余力もなく…“死ぬわけでもないから、早く終わらそう”。そんなことを思っては無感情で少年の額に触れる。


『お兄ちゃん、ありがとね!』


 少年の純粋無垢な微笑みを見て、唇を強く噛み、額に当てていない方の手を握り、我慢した。おそらく、爪が食い込んで血が出てる。


『ッ』


(やめろ。この子は悪くない。この子は悪くない。に唆されただけだ。怨むのは、恨むのは、怒るのは…間違いなんだ…っ)


 なんとか理性で自分自身を押さえ込む。


『次に、目を瞑って己のスキルを言葉に――』


 役員の男性が何かを話しかけた途端。その言葉はピタリとやむ。おかしいと思って瞑っていた目を開き、そこで見た。


『…へ?』


 椅子に座ってさっきまで触れていたモノが無い感覚…少年の首は上から先が無かった。


『! うっぷ!?』


 その酷い光景を見て、遅れてやってきた血生臭い異臭に口元を押さえて喘ぐ。


『勝手ながら君の窮地を救わせて貰った。突然の無礼、すまないね』


『!』


 瞬間、部屋中に蔓延していた異臭は消え失せ、その言葉に釣られるように顔を上げる。そこには役員男性がいた位置に陣取る和風姿に身を包む人当たりが良さそうな男性がいた。


『君のことはよく知ってるよ。【白炎】と【瘴気】という珍しいスキルを二つ所持する特異体質。身体が…心臓が悪くそのスキルも十全に使えないときた。母親にも虐待を受けたようだ。可哀想に。ただ、もう平気だ。君を不幸にする対象は消した。。そして――』


 男性が呆然実質となる天堂の頭に触れる。


『っあ?!』


 その瞬間、今まであった身体の不快感、慣れたもの確かに痛む心臓の痛みが消える。


『これで君の病気ともおさらばだ』


 何事もなかったかの如く話す。


『さて、君の障害となるモノは全て消えた。君はこれからどうしたい? もちろん。君の母親を殺したのは私だ。その罪は償おう。だから、なんでも聞き入れよう。どうしたい?』


『…あなたと、ともに、ありたい』


 気づいたらそんなことを口にしていた。


『…ふむ。君の答えだ。断れないな。では、私と共にきなさい。私の名前は…そうだな。それはまた機会がある時にでも話そう。それまで私のことは――「先生」と呼べばいい』


 それが生涯を共に誓うと決め、自分の全てを捧げると決めた…「先生」との出会い。


 ・

 ・

 ・


 そうだ。そうだ。誓った。


 あのお方が何不自由なく過ごせる「世界」を作るために、俺は邁進した。

 病気を治してもらい、父との繋がりを守っていただき、「鬼神」という力を賜った。

 「女」は嫌いだ。そんな「母親」と同じ蔑んだ「目」をする愚者は…消さねばならない。


 あのお方の「恩賜」を賜ったオレは、スキルを持たない【無印クズ】を、自らスキルを手放す無能を、スキルを借り物だと騙る、オレの邪魔をする愚か者などに――負けるはずが、ないっ!!!


 答えを得た。


 「正義」とは何を犠牲にしてでも勝利することであり、己が決めた理想に辿り着くこと。


 天堂尚弥は名取海が訝しげな目で見つめるなか、【白炎】と【瘴気】を最大開放し、――自らを包み、喰らい、変身する。

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