第57話 焔〈黒〉


「――親愛なる、我が主人に告げる」


 顔を伏せ、動きを見せなかった名取海が唯一動かせる左手を天に掲げた。


「無駄なことを」


(死に損ないが。貴様がたとえ【黒炎】を発動できる段階になったとしても、状況の打破は不可能に等しい。スキルが強くても…それを扱える人間が瀕死では意味がない。終わったな)


 ニマーと嗤い、その無意味な行動に、抗う姿を見て意地汚く吐き捨て、最後を待つ。


「賜りし御力、お返し致します。全能は…【黒炎】は…ただの【無印凡夫】には大きすぎる。僕には人が成せる範囲で十分だった」


 「希望」を胸に決して負けることなく、諦めることなく、確かに言葉を紡ぐ。


 紡ぐ言葉に応じて左手に灯る黒炎は徐々に徐々に薄れ雫ほどの極小サイズまで縮む。

 その残りカスのような黒炎の雫を優しく握り、胸に押し当て再度、願う。


「ただ、一つ願えるのなら、最後に叶えられるのなら…この場の全てを守るべく、力を振るいたい。だから捧げる――


 宣言。それに呼応し…消えかかっていた黒炎は息吹を吹き返し、燃える。燃える。その「焔」は海の心象を表すように燃え盛る。


「…神名、開放。【〉】」


 その瞬間、名取海を消し飛ばすべく下降する「鬼火」は跡形もなく――消え去る。


「…は?」


 その光景を見て目を丸くさせる。


 己の「勝利」は揺らぐはずかない。

 なのに、どうしたことだ。

 己が放った一撃は消し飛び。

 消える存在は活力を取り戻した目で笑う。


「本当の名前…神名は【焔〈黒〉】。天堂尚弥。それが貴様を葬るスキルの名だ」


 かけていた瓶底眼鏡は黒炎となり海の体を包み、黒髪を燃え上がらせ、体中から誰の目でも視認できるほどの【黒炎】を解き放つ。


 危なかった。結果オーライと言っちゃあなんだけど…ココからは、僕の舞台だ。

 残念だけど、招かれざる客は即刻御退場願おう。それが僕の――物語シナリオなのだから。


 伏線は全て回収済み。

 校内の「コア」の破壊。

 観客を救う。

 自分の最後。


 これで【黒炎】は消え失せ、名取海or一ノ瀬涼が《探索者:ホロウ》だとバレない(はず)。


「…よく頑張ったよ、ほんと」


 自ら放出していた【黒炎】を膨れ上がらせ、校内全体に――「負傷」した彼らに届きわたるように癒すためだけに「力」を使う。


「うん。これで僕が勝てば全て収まる。。言っただろぅ?」


 校内に居る自分の仲間…負傷していた佐島や東、黒椿シアと…の治療を施し安堵し、人差し指を立て、小馬鹿にしたように笑う。


「――っ」


 その仕草、存在が気に食わない天堂は周りに紫色の――【瘴気】を灯す裁きの刃を生成。


「ふーん、で?」


 上空に浮かぶ刃の群集を見て鼻で笑う。


「裁きの刃をその身に受けろ、痴れ者がっ!」


 腕を振り、刃を飛ばす。裁きの刃は容赦なく海の元に降り注ぎ、


「いやー、残念残念。惜しかったなぁ。あと少しだったよ。あと少し…ほんの一メートルほどの差を埋めれたら僕の身体に到達できたね。その少しの差が埋めれないんだけど、ね」


「ふ、ふざけるなっ!!」


 宙を蹴って右手に羅刹棍を生成し、近づき振るう。その一撃は振るわれた衝撃波だけで周りの建物を崩壊させ、地面を抉る。


「ッ。ヌゥッゥッ!?」


 ただ、不可解なことに名取海に到達する直前で止まり、天堂がどんな力を加えようとそれ以上ピクリとも動くことはない。


「馬鹿言わないでくれよ。お前みたいな雑魚と対峙するのすらしんどい――この手を退けろ、黒炎纏闘、桜花空刹」


 腰を屈め、黒炎纏う拳で羅刹棍を砕き、無謀にも近づいた愚か者の土手っ腹に裏拳を当て、舞い上がった体に空圧拳を当てる。


「っ。ウガ、フゥッ!?」


 吹き飛び会場の残骸に頭から突っ込む。直ぐに立ち上がった天堂は殴られた痛みが引かないもの余裕の表情を見せて歩行を開始。


「…不死身のオレには…うっ、ぶはぁっ!?」


 突如、口元を押さえ青い顔で蹲ると不快感が押し寄せ、胃の内容物を吐き出す。


「あぁー、汚っ。てか、お前がそういう性質を持ってるのも知ってる。受けて理解したと思うけど…僕の【黒炎】は


 口から吐瀉物を吐く天堂に嫌そうな顔をしつつ近づき、その頭を踏み潰す。


「っぁ!?」


「散々馬鹿にしてくれたよなぁ。僕はお前みたいに悪趣味に残酷なことはしたくないけどさぁ…これはもう僕だけの問題じゃない。お前のせいで苦しんだ多くの人間が居る。これからも悲劇は生まれる。だからさぁ、容赦はしない」


 踏む力を強め、抗う天堂を嘲笑うかの如く――自分で吐いた嘔吐に顔からダイブさせる。


「ゴミが人に勝てると思うか? 勝てないよな?…あぁ、違うな。確かお前…「神(笑)」だったか…ゴミとさして変わらんなぁっ!」


「っ。うぶっ!?」


 力が緩んだ内にこれ幸いと吐瀉物から解放されようと頭を上げるが、許すはずがない海は徐々に、徐々に力を強めて、頭をグリグリとこねくり回し、顔全体に満遍なく擦り付ける。


「…うん、やっぱ辞めだ」


 あれだけ楽しそうに天堂の頭を踏み台に遊んでいたと思えば、真顔に戻り動きを止める。


「…?」


「あぁ、僕には「悪役」が向いていないってこと。清廉潔白な身でね、仕方ない。それとお前を「許す」ということは違うけど、なっ!」


「んぎいっ!?」


 不思議そうに顔を上げた天堂の顎を蹴り上げ、片手で頭部を掴み地面に強打。


「ッァァァッィ!?」


 地面に埋まる頭部から手を離すことなく掴んだまま地面に引きずるように突き進む。地面が削られると同時に顔面は削り取られ、過呼吸となる天堂を宙に投げつけ、胸元に触れる。


「黒炎纏闘、蓮紅」


 溜めていた黒紅の焔を胸に触れ手のひらを一捻り、放出された黒紅炎は爆散。


「!?」


 黒紅く煮えたがるマグマのような焔は天堂の胸元で爆裂し、燃やし、吹き飛ばす。


「ぁ、あぁ、痛い、熱いっ。何故だ、治ら、ない…っ。傷が、塞がらない。オレの肉体が…」


 一撃を防いだようだがその熱は防ぎようがない。天堂の体を溶かし、溶解させる。


「どうだ? それが「全能の力」か? お前の無様な姿が本当に「神」なのか?」


 ゆっくりとした足取りで近づき、治らない傷に困惑する天堂を上から見下ろす。


「ぐ、くそっ。貴様に、何が、起きたっ!」


 怯え切った目で睨みつけてくる。そんな彼の弱々しい目から視線を逸らし、空を見上げる。


「…大きすぎる「力」は身を滅ぼす。扱うにはそれ相応の代償が必要不可欠。某バトル漫画のように「限界を越える」…だとか「覚醒」…だとかそんな虫の良い展開は、望めない」


「では、何を…」


 その質問に自分の体を指差す。


「望んだのはこの身一つを捧げること。あぁ、正直に言うよ。。だから、主人――ホロウ様に力をスキルを返還し、加えて自分の「命」を代価にした」


「…なっ!?」


 名取海が取った行動を聞き、茫然実質に言葉を発し、その行動が何処まで救いがないことか天堂は眼を見張る。


「普通はそんな思考に陥らない。でもさ、こうでもしないとみんなを救えなかった。僕一人の命で救えるなら、やる価値は大いにある」


 少し悲しそうな顔をしながら、それでも間違えではなかったと清々しい顔で語る。


「…ありえない。いや、。この世に生きる人間が…それ以前に【無印ノーマ】の貴様がそんな選択ことできるはずがないっ!! 嘘だ、嘘をつくな。せっかく手に入れたスキルを自ら失う…そんな行為、自分を殺すのも同然、今までの生活を棒に振る…狂っている…っ」


 “スキル取得”それとは別にスキルを失くす――“スキル損失”はありえない話ではない。

 実例は無いが…天堂は尚のこと。

 自分が辿るかもしれないという妄想をして顔面蒼白となり、震え上がる。


「…僕だってこの選択をするには…かなり悩んだ。苦しんだ。でも、今後、後悔をすることはないだろう。だってそうだろ? 元々、スキルという代物は貰い物――だ。何も損失なんてしていない。


 その言葉を顔を見た天堂は歯を食いしばり、歯茎から滴る血すら気にせず、立ち上がる。


「認めん。認めるものか。スキルが貰い物だと? 借り物だと?…そんなわけあるかっ!」


 立ち上がった天堂は反抗的な目を蘇らせ、自分の琴線に触れ、呪い殺す勢いで睨む。


「スキルとは潜在的な唯一個性。貴様が貰い受けた紛い物と同等だと思うな。オレのスキルは神々に選ばれた証拠。民草であるお前ら一般人はオレを慕い、讃え、崇むべきなんだっ!」


 体から赤黒いオーラを放出し、それは傷ついた傷を癒やし、欠損した肉体を回復させる。そして、周りを支配するかのように渦巻く。

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