第56話 再起する意志と繋いだ希望
時間は少し遡る。
これはとある「男」の話し。
「憧れ」だった。
子供が「ヒーロー」に熱中するような感覚。
それは「大人」も「子供」も関係ない。
色褪せない「憧憬」を抱いた。
あの日、あの時…三年前の出来事。
変わり果てた地球で、最愛の彼女が不浄の生物に穢されそうになった時。
アタシは、俺は――救われた。
《探索者:ホロウ》という「英雄」に。
・
・
・
ピクッ
壁を背中に頭を垂れ、グッタリと倒れる東の指がピクリと確かに動いた。
「っ。アタシ、は…あぁ、化物に…っ」
意識を取り戻して周りを見渡す。周りの凄惨な光景を見て思い出す。自分の役目、願い、やるべきことを今一度、思い出す。
(そうだ、彼の、ホロウ様の背中を追いかけた。探しても見つからない、その背中を…)
「英雄」としてもてはやされる彼は決して慢心などしない。
「最強」の称号を持つ彼は見返りを求めず、強気を挫き、弱気を救う。
「不動」の心を持つ彼はその信念を曲げることなく、迷わず突き進む。
その在り方がとても眩しかった。
「カッコイイ」と思ってしまった。
出会って、その想いは強く増した。
所詮、自分は救われた多くの人々の中の「一人」でしかない。
それでも恩を仇で返すことはしたくない。叶うことなら、彼の役に立ちたい。
東千紘。お前は、救われて、憧れた彼に何を返せる? 何を捧げられる?――決まってる。
答えは直ぐ、そこにあるだろ。
・
・
・
「ッ。ゴフッ!?!?」
不快を齎す胃の内容物と血反吐を無理矢理吐きだし、残る左手で壁を伝い…立ち上がる。
(…決まってる。ホロウ様に――繋ぐ…っ)
東は死の淵にいた。
損失した右肩の傷口から止めどない血が流れ、風穴が空いた腹から臓物が見える。
それでも立ち上がる。それは単純な理由…自分の敬愛する「英雄」に未来を繋ぐため。
「…体…肉体を、隕石に――【変化】」
【変化】
手で触れた箇所に己が見たことのあるモノを思い描く「変化」を与える(一部例外あり)。
それを、自分自身に使った。“己が身を「隕石」となり「
生涯で最後だと思われるスキルを行使。
表面的は何も変化はない。
それでも本人は自覚してした。
己が、己自身が「弾丸」となり「
(…なんと、してでも、死んでも、壊す…っ)
力の入らない足腰に自重をかけ、悲鳴を上げる肉体を黙らせ、突撃の態勢を作る。
始めから「目」に入っていた。
地下施設の最奥の壁に嵌る物体――「
それさえ壊せれば、自分の役目は終わる。
「!」
突撃する直前。体がフワリと軽くなる感覚。怪我の痛みが引く感覚…。
「…ふ、ふふふ。なんとか、致命傷は、さけましたっ。簡単な、止血しか、出来ませんが…東、様。どうか、海君に、届けて…っ」
声のした方角に横目を向けると
なのに目は笑っており、もう口が動かず、言葉を発せないのに…その言葉が鮮明に伝わった。
『みんなで、生還しましょう』
「っ。ふんっ!!」
顔をぶん殴り、弱腰になっていた意識を切り替え、腰を屈め、その想いに応える。
(馬鹿だな、俺は…アタシは。自分が死んだら、彼女たちが助からない。アタシの願い。それは、女性が苦もなく幸せに過ごせる世界を作ること。彼女たちを、守ること…っ)
「…化物、舐めるな、ゴラアッ!」
腹の底から獣の如く雄叫びを上げ、全神経を足裏に、地を駆ける。
何も障害物はない。
ただ、進むのみ。
(届け、届け、届け、ホロウ様に――っ)
『――いけーーーーーーー!!!!』
背後から聴こえる声援に押され、到達する。
「――メテオ、ブラストっ!!!」
まるで「隕石」の如く「
想いは実り、三つ目の「
最後の「
「…大丈夫。他の、二人なら。だから、お願い。ホロウ様、この想い、届い、て…っ」
また、フワリと自分を包む暖かい感覚。それは彼女――黒椿シアが何かをしたと安心して身を委ね、主人に後を託し、意識を手放す。
そんな東の後ろでは…こちらも力を使い果たしたことで意識を失い安心した顔で眠るように倒れる姉を支える妹の姿があった。
∮
場所は変わり、避難区域の校庭。
『『探索者育成学校』に設けた「装置」。それは嘘偽りなく作動し、生命を奪うもの。その奪った
校庭の真ん中にそれは突然現れた。
会場…『武道館』で見たようなホログラム。
そこには名取海と天堂尚弥の二人が映る。
『……』
化物が消えたことに疑問を抱いた。ただそれは直ぐに解消する。人々の体調は戻り「装置」から解放されたことを知ったから。
今は「真実」をその目で確かめるべく、「一般人」『探索者』【十傑】【虚】関係なく画面に映る二人の会話に魅入っていた。
『名取海。今からでも遅くはない。俺の仲間になれ。お前の【黒炎】と俺の【白炎】が合わされば敵うところなし。こっちには「鬼神」もいる。仲間もいる。悪くない条件だと思うが? アレなら上に掛け合ってお前を幹部に――』
その質問に緊張が走る。
『断る』
誰もがわかりきっていた答え。ただその安心感に人々は安堵した。
『「鬼神」に借りを返させるべく貴様を殺害させる…とも思ったが、それではあまりにも芸がない。ならば、もっとも貴様に相応しい死に場所を提供しよう。光栄に思えよ、人間』
空に舞い上がる超常の存在を見た人々は現場に居ないにもかかわらず、恐怖から震える。
『「神」の名を冠した「
変貌を遂げた天堂の姿を見た人々は先程よりも怯え、震える。ただし誰一人としてその場から逃げようとしない。それは現場にいる彼が…名取海が一度も身を引く姿を見せないから。
『粛清せよ、咎人を。無に返せ、天命を。「神」に抗う愚か者に――鉄槌をっ!!』
ただ、その光景を見て理解させられる。
彼、名取海が負けたら「未来」はないと。
「に、逃げたほうがいい。お、俺たちだけでも逃げるべきだ。アイツは、自己責任だろっ!」
切羽詰まったように誰かがそんなことを叫んだ。そんな彼に意見できる人など居ない。なんせ、ほとんどの人間が同じ気持ちなのだから。
「あ、アイツ、名取海には…俺たちも悪いことをした。でも、もう“勝つ”とか“勝てない”とかの次元じゃないだろ! 俺は、逃げるぞっ!」
立ち上がり声を上げたのは…橘洸夜。
海の振るった【黒炎】で「洗脳」が解けた。
三鷹が残した音声と映像で真実を知った。
だからと言って、自分たちも同じ未来を辿る必要はない。それは当然のこと。
他の何割かの人々も彼と同じ考えは持っていた。ただ、自分から発言ができずにいた。
「――勝手にすればいいよ」
「!」
由仁と辻が仲裁をするべく立ちあがろうとした。その時、近くからそんな声が聴こえた。声のした方向に自然と人々の視線が集まる。
「俺は知ってるんだ。にぃちゃんが強くて、誰よりも優しくて、あんな奴に負けないことを」
少年、拓人は「信用」「信頼」という揺らぐことのない目を向け断言する。
そんな彼の声に反応して、周りの少年少女たちも立ち上がり、そこにある夫婦も加わる。
「さっきも言った通り勝手にすればいい。でもさぁ、もっと信用しなよ。あんたたちを救ってくれた恩人。海にぃを、信じてあげてよ」
『……』
その言葉に返す言葉は見つからず、橘はその場で立ち尽くし、橘と似た考えを持つ人々は子供に言われた恥ずかしさから目を伏せる。
『――羅生、
画面の先では動きを見せる。
紫色の破壊の塊は天堂の手から放たれ、海が立ち尽くす真下に投下された。
「…やっぱり、無理だ――」
『――親愛なる、我が主人に告げる』
動きを見せなかった名取海は一瞬笑う。すると唯一動かせる左手を天に掲げる。
そこには、この場に居る誰もが目にし、焼き付けた――【黒炎】が灯る。
「――ね? 海にぃは、絶対勝つよ」
少年は微笑み、兄の勝利を確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます