第55話 最悪な融合


 会場内。


「…あはは、アハッアハハハハっ!!!」


 あれから何度も、何度も何度も海を攻撃しては一向に倒れない状況に焦りと不安が攻撃の手を鈍らす。そうかと思えば天堂尚弥は身動きを止め、突如として壊れたように笑い出した。


「…何が、おかしい…」


 狂ったように不気味に甲高く笑う奇妙な光景を見て違和感を抱き、攻撃の手が止んだことに少しでもコンディションを整える。


「おっと、これはすまない。少し、面白いことが起きてな…あぁ、一人だけ楽しむのはフェアじゃないな。特別だお前にも教えてやろう。悲惨な運命を辿った…愚かな女の話を」


 海の了承を得ることなく、自分が今すぐにでも誰かに話したい、吐き出したいという気持ちを抑えきれず、嬉々として話し始める。


「その女は裕福な家庭に産まれた。両親は優しく、歳が離れた姉は彼女の「憧れ」だった。姉と自分の間に「才能」という優劣はあれど、それは些細なものに過ぎない。そんなものだけで彼女たちの絆が壊されることはない。彼女は何不自由なく、溺愛される生活を送った」


 自らの白炎を操り人型を二体作り出すと話す内容に似せて白炎人形が互いに手を取り合い仲睦まじげに手を繋ぐ様子を描く。


「ただ、そんな幸せの時間は長く続かない」


 手を繋いでいた二体は互いに手を離し、一人は新たに作り出された白炎人形たちに囲まれ、もう一人は一人残され、頭を抱えて蹲る。そんな時、一人の白炎人形が寄り添う。


「…歯車が狂い出したのはとある人物と出会った時から。家族が知る間も無く彼女は人が変わったかのように豹変し、何もかも忘れた彼女は「憧れ」だった姉を憎み、両親を怨む。ただ一人…自分を肯定してくれる人物のためにと。操られ、洗脳された彼女は…。植え付けられた偽物の感情から開放をされなかった彼女は自らの意思で最愛の姉を手に掛け、見殺しにした。そして、自分の過ちで…これから多くの人々が――死ぬ」


 白炎人形たちは苦しみだし、斃れる。


 バリン


 劇に見入っているとそんな音が聞こえた。音がした方角に意識を向ける間もなく、“それ”は天堂の横に並ぶように立つ。


「『探索者育成学校』に設けた「装置」。それは嘘偽りなく作動し、生命を奪うもの。その奪った生命エネルギーは何処に行くと思う?…答えは簡単。俺の横に立つ――「鬼神」に注がれ、完全復活への手助けとなる。お前らも馬鹿だ。「コア」を壊せば観客を救えると注視して、他のことを何も見ようとしない。お前たちが戦う振るうその力そのものすら「コア」が吸い取り、「鬼神」の力の源として還元していたことなど知らず…っ」


 「鬼神」の復活、登場に嬉しさが抑えきれない天堂は両の手を広げ、子供が親に見せびらかすように自分の計画を赤裸々に語る。


「…っ」


 こういう抜け目のないやつは裏のルール、を作る。例に挙げるなら…装置を壊さないで自分がやられた瞬間、観客たちを道連れとか。その点、ルールは守る天邪鬼と来たもんだ。

 今回はそれが…考える最も最悪な展開を作り出しやがった。「コア」を壊さないとどのみち観客は救えない。「コア」を壊すなら戦闘は避けられない。その戦闘で…「鬼神」は確実に蘇る。


「…「鬼神」が復活する前にお前のお仲間が「コア」を破壊していたら…そんな起こるはずのない未来期待に縋ることすらさせない。俺の条件を飲んだ時点でどのみち積んでいた」


 天堂は満面の笑みで甘い言葉を語りかける。


「名取海。今からでも遅くはない。俺の仲間になれ。お前の【黒炎】と俺の【白炎】が合わされば敵うところなし。こっちには「鬼神」もいる。仲間もいる。悪くない条件だと思うが? アレなら上に掛け合ってお前を幹部に――」


「断る」


 差し出された手を取ることなく、拒絶の意思を示す。天堂はその「答え」が始めからわかっていたからか肩を少し窄めるだけに留める。


「考慮する時間すらいらない。そもそも取引ってのは両者に「徳」があるから成立する。お前の差し出す提案になんの徳がある?…何一つない。僕の…僕たちの願いは“人々の安寧”。お前はその“人々”を天秤にかけた。この状況下でよくもまぁ…いけしゃあしゃあと言える」


 「敵」を睨み断言した。


「…1%の期待を込めて話を振ったが、こうして正面から断られるとくるものはある。あぁ、悲しい。悲しいなぁ…この心を少しでも晴らすため、その原因を作った貴様には死んでもらう」


 右腕に纏っていた【白炎】を消し、唯一残した左腕に纏っていた【瘴気】を広げ…真横に立ち動かず、話すことのない「鬼神」を包み込む。


「「鬼神」にを返させるべく貴様を殺害させる…とも思ったが、それではあまりにも芸がない。ならば、もっとも貴様に相応しい死に場所を提供しよう。光栄に思えよ、


 自分諸共己の【瘴気】で包み、それは竜巻となり暴風を撒き散らし、天に昇った瘴気の竜巻は空を曇天に、黒色に染め上げ嵐を呼ぶ。


「…何が…っ」


 その様子を見て予想がつかず、ただ目を離すことなく、変化する様子を茫然と眺める。

 

「ッ」


 突然殺気がヒシヒシと増した。それに…なんだこの嫌な感覚は…【黒炎】を…【焔〈黒〉】というスキルを得てから終ぞ感じなかった…「恐怖」。これは、流石にまずいかも…。


 血を流し、視界が揺れるなか、肌に感じるピリつく感覚に戸惑う自分がいた。

 そんな心情を消し飛ばすほどの圧が押し寄せ、瘴気が晴れる時、それは現れた。


「――」


 そこには赤黒い体を持つ「人外」が立つ。


 天堂尚弥の面影は残すもの、身に纏っていた制服に変わり上は半裸、下は白い腰巻きだけを纏う姿。何よりも…額にある角。そしてその身に纏う強大な力が「鬼神」の力を取り込んだ物だと印象深く感じさせざるをえない。


「「神」の名を冠した「鬼神魔物」。そして「神」が如く愛されし「オレ」。二柱が合わさった存在こそ――正しく「神」と言えよう」


 顔を上げたそれはニターと口元を開け、到底「神」とは思えない表情でしゃべる。


オレの目指す世界は強者だけが住まう楽園。弱者など…貴様という弱者はオレの向かう未来に、不要。オレに逆らう。それはつまり「神」への反逆行為。これは見せしめだ。名取海。貴様を“天堂尚弥”という…神の名の下に裁く」


 白炎と瘴気が背中から吹き荒れ、それは翼となり羽ばたき天堂の体を天上に上昇させる。


「粛清せよ、咎人を」


 左手に紫色の鬼火を作る。


「無に返せ、天命を」


 右手に紫色の鬼火を作る。


「「神」に抗う愚か者に――鉄槌をっ!!」


 両手を合わせ、二つの鬼火を融合。

 手を離すと一纏りとなった鬼火は意志を持ったかのように回転し、天に、天にと上昇。


 カッ!


 黒雲に到達した鬼火は見えなくなり発光。そこにあった雲を一つ残らず消しとばし、太陽とは違う眩い光の塊――紫色の灯火が生まれる。

 それは会場を悠に覆い尽くすほどの大きさと熱量を帯びており、落ちてしまえば一巻の終わりだと誰もが思う脅威が迫る。


「…くそっ、たれが…っ」


 阿保か…あの灯火一つで佐島(怪物)が放った破壊玉なんて比じゃないくらい威力を持つぞ。そんな威力のもん問答無用でぶっ放してみろここは愚か…この学校近辺を巻き込む…っ。


 選択を迫られる。


「――羅生、鬼灯ホオズキ


 一つに凝縮された「鬼火」に向けて片腕を天に翳し、振り下ろす。すると下降を始め、死の雫となり反逆者、学校諸共消しとばすべく落下。


 死の足音は直ぐそこまで近づく。


「――っ」


 「観客」を救うには【黒炎スキル】は使えない。「その他」を救うために【黒炎スキル】を使うしかない。ただそれは「観客」を犠牲にすると言ったも同然。そんな選択など到底選べる物では…。


「!」


 違和感を感じた。

 それは気分を害するものではない。

 それはまるで天命のように。


「――


 目を見張り、口角をわずかにあげ、唯一動かせる左手を天に掲げる。


 その手の中には――【黒炎】が生まれる。


 【黒炎】は相手に気づかれることなく内側。そして外側の傷を癒し、失意から反転。決意を新たに勝利を確信した海は詠唱を開始。

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